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十七話「ロクロクロ、八」

 ロクロクロを撃破した啓太ら三人は、皆無事であることを確認する。


 それぞれ擦り傷や打撲があれども、どれも軽い。奇跡的にほぼ無傷でロクロクロを討ち果たしたことになる。


「最初はどうなることやらと思ったが、何とかなるもんだな」


「そうね。これもそれも、啓太の持ち出した馬上鞭が決め手ね。悔しいけれども、褒めてあげる」


「それはどうも」


 啓太が丁寧に感謝すると、亜子が疑問を口にした。


「それにしても、どうして馬上鞭がロクロクロの弱点だったすか? 説明してほしいっす」


「ああ、そういえば言ってなかったな」


 啓太は亜子に促される形で理由を話し始めた。


「神父の異常な性愛を、亜子は正しい愛が足りないって言っただろ。俺も同じ意見だったんだ。日記に、私の父がそうしたように。と書かれていた点と、今回の事件を機に馬上鞭が使われていた割に、長年使い込まれていた跡があるのを不審に思ってな。そこで一つの仮説を思いついた。

 馬上鞭は、そもそも神父の父の持ち物だってな」


「それって、もしかして神父は虐待されていたの?」


「だろうな。神父の父も同じ事件を起こしていた可能性もあったが、ロクロクロに馬上鞭を見せた時の反応で確信した。これは神父にとってトラウマでもあったんだ。だから自尊心と傲慢で形作られていたロクロクロの身体は馬上鞭で崩れ去った。よほど恐ろしかったんだろうな」


 啓太も千夜子も、その点に関しては神父に同情した。自分の性癖が歪むほどの異常な愛、それがどれほど凄まじかったかは想像しがたい。


 でも、罪は罪。いずれにしても神父は誰かの手によって罰せられる所業をしたのだ。


「……神父は愛に飢えていたっすね」


 亜子が、瞼に涙を溜めながら震えていた。


 亜子は意を決したかと思うと、ロクロクロの頭の方に近づいた。


「ちょっと、亜子!」


 啓太は、亜子を引き戻そうとする千夜子を止めた。もう、ロクロクロに脅威はない。亜子のしたいようにさせてやる方がいい。


 亜子はロクロクロの頭の近くでうずくまると、その手でロクロクロの頭を優しく撫でてやった。


「もう大丈夫だよ」


 亜子は子供を寝かしつけるように包帯の上で自分の手の平を滑らせる。


「本当は自分の弱さを認められなかったすね。強くなりたかったけど、支えてくれる人がいなかったすよね」


 ロクロクロは亜子に慰められ、閉じていた瞼を半分開く。もうその目に覇気はなく、悲哀の色が濃く出ていた。


 ロクロクロの目から、一滴の涙が零れ落ちる。自分の罪、受けた罰、過去の痛み、それらが走馬灯のように流れているのかもしれない。


「さようなら。神父さん。次は両親に愛されて産まれてくるっすよ」


 ロクロクロの頭が、残された身体が、風に乗って消えていく。成仏したのだろうか、それとも調伏した結果なのだろうか。啓太や千夜子には判別できなかった。


 きっと、その答えは亜子だけが知っているのだろう。


「……バブみを感じるわ」


「バブみって何だよ。いい雰囲気を壊すんじゃない!」


 啓太と千夜子がじゃれているのを、亜子は満面の笑みで見つめていた。


 気づけば、周囲に鳥の鳴き声が戻り。車の騒音、商店街の活気が聞こえてくる。


 こうして三人は、時空の狭間での激闘を終えた。




 ロクロクロとの戦いから一日経ち、捜索が行われていた女子大生三人が見つかった。


 ただし結果は、ひどいものであった。


「女子大生三人が、死体で見つかったそうだな」


「ええ、悲しいことにね」


 行方不明者探索研究部、行探研に来た啓太達三人は、神妙な面持ちで集まっていた。


「三人とも、例の石碑近くで発見されたそうよ。死因は日本刀の傷による出血死、流石に今回の事は全国ニュースになるわね」


「……時空の狭間で、女子大生三人を連れ出せなかったからか?」


「いいえ、もうすでに手遅れだったはずよ。もしかしたら、教会の墓地に埋められていたのかも。発見時は半分土の中にあったそうだし」


「悔しいな。間に合わないこともあるなんて」


「亜子のケースの方が珍しいの。時空の狭間での時間はこちらと違う。一日のことが数年だったり、数十年前の人が生きている場合もある。幾ら対応が早くても、どうしようもないもの」


「……そうか」


 啓太と千夜子だけではなく、亜子も重苦しい顔をしている。一番陽気な亜子がこうして暗いと、行探研の空気は悪い。


「私達は、何もできなかったすね」


「そうでもないわ。今回早めに時空の狭間に対応したおかげで、被害の拡大を食い止められた。できることはしたわよ」


「……そうっすね」


 特に啓太と亜子は今回が他人を救えなかった初めての出来事なので、そのショックは大きい。経験者の千夜子とは、雲泥の差だ。


 だからこそ、千夜子は行探研に流れる悲しみに我慢がならなかった。


「あー、もう。ロクロクロのことはもうお終い。お終い!」


「だけどよう」


「お終いって言ってるでしょ。ご遺族も自分の娘が亡くなられたのは悲しいことだけど、ちゃんと家族の元に帰れた。楽観的に考えましょ。楽観的に」


 千夜子は手の平を合わせる破裂音で啓太と亜子を一喝し、提案をした。


「またラーメン屋で打ち上げするわよ。あそこのモヤシマシマシチャーシューカサネネギタップリを注文してみたいもの」


「懲りねえな。前回食べきれなかった亜子の分を千夜子が食べる羽目になったのを忘れたか?」


「いいのよ。悪いことは食べて笑って忘れる。悲しみは死者の鎮魂を祈る時だけで充分。そんなのじゃ何時まで経っても彼女らが成仏できないわ!」


 千夜子は使命感に燃えたように、すぐ立ち上がる。


「おごりはもちろん、啓太でね」


「――おい。今回もかよ」


「この間初給料を上げたわよね。初収入の使い道にも困ってるようだし。使わせてあげる。上司命令よ」


「パワハラじゃねえか。労基に訴えるぞ。もしくはストだ、ストライキだ」


「ハンスト、ゼネスト、何でも来いよ。出た損害は労働者持ち! 順風満帆の千夜子株式ブラック会社!」


「叱られやがれ!」


 啓太と千夜子の漫才みたいなやり取りに、亜子が吹き出す。笑いを狙ったワケではないが、良い効果だったようだ。


「風はどこ吹く明日吹く風任せ! 行探研はどんな困難でも止まらないわ! キッチリカッチリ、行方不明者を探し続けるわよ」


「おー、っす」


 千夜子の掛け声に、亜子は大きく同意し、啓太は渋々同調する。


 三人は奇妙な団結力で、次の時空の狭間にも向かっていくのだろう。


 そして、今回のラーメン代はまた、啓太の持ち金になりそうだ。


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