巻き込まれ型の婚姻
「和平を望む…だと」
キルドナイド国王は素晴らしい為政者であると思う。
300年続いた戦争を突然終わらせると言い出したフリードリヒの君主を城内に招き入れ、話を聞く姿勢を持つだけの器があった。
もっともそれは魔王であるラージャルーナが腹心のフリードリヒのみを連れて訪問したことにも起因するが。
「もういがみ合うのも飽いたとは思わんか、王よ。貴殿でこの戦争は4代目だ、来る日も来る日もこう着状態の戦さ場はもう疲弊しきっておる」
毒味役もつけずに出された紅茶を飲むラージャルーナに目を丸くした国王は確かにと呟き、自身も豪奢な椅子に背を預けた。
「何の戯言かと思っていたが、まさか本気か」
「きっかけすら思い出せん戦を、引きずるには長すぎると思わんか」
ラージャルーナは視線をあげ、窓に向けた。
空はからりと晴れ、遠くの山々まで一望できた。
「良い日だ、和平を結ぶなら晴天でなければ」
まるで晴れを待っていたかのような口ぶりに国王は少しだけ顔を緩めた。厳しい面差しは先代によく似ている。もっとも先代はラージャルーナを毛嫌いしていたので向き合えば殺し合いになったのだが。
「魔族は私に従う。例えどんな決定でもな。人間側を抑えるのは貴殿に任せたい」
魔族と人間のもっとも大きな違いは権力欲であろう。
フリードリヒを含め魔族にはラージャルーナという絶対的な王がおり、忠誠はもはや自身の細胞を作り出すところから組み込まれている。
対して人間は、いつまでも蹴落とし合う。権力を持ったとて高々100年にも満たない命であるのにも関わらずだ。
「軍需品で散々儲けた貴族に利を捨てよ…と」
「言えぬのであれば和平は決裂だな」
窓の外から喧騒が聞こえる。
昼の城下町は騒がしいが、そのかしましさが国にとって何よりも必要であると国王は思う。
「条件をつけてもいいか」
「誰かが死ぬこと以外なら」
ここに来て国王の雰囲気が淀む。言いたいけど言いたくない、国王と言うよりはもっと人間らしいその表情に首を傾げたラージャルーナの耳に低い音が聞こえてくる。
まるで、静謐な城内を暴れ牛が走り抜けるような、低い連続音が近づく。
「扉に錠を掛けろっ!!はや」
顔色を無くした国王がいい切る前に木目の美しい扉が吹き飛び、ただの四角い穴に人影が立った。
薄青のシンプルなドレスに青みがかった銀髪を靡かせる女性はなぜか裸足のままで淑女の礼をとる。
見事なカーテシーだった。
「……紹介が遅れた……我が娘マレフィーサだ」
紹介を終えた瞬間、弾かれるように進み出た姫はつかつかとラージャルーナに近づきがしっと手を握った。迷い無い動きにフリードリヒも止めることができないまま一拍。
「お初にお目にかかります魔王陛下!生まれてから18年間お慕い申しておりました、わたくしマレフィーサ=キルドナイドでございます!和平のためわたくしを妻にしてくださいませ!!」
流れるようなプロポーズだった。
「……王よ、まさか条件というのは」
「………呑んでくれるか」
王曰く、女性に珍しく姫は戦記、ひいては戦術書をこよなく愛しているらしい。この国の戦術書のほとんどが魔族との戦いを記したもので、三度の飯より書物を読みふける姫は魔王に、いや魔王の戦術に惚れ込んで全ての縁談を断り続けているという。
「貴族を押し込めるには王族が魔族に対して犠牲を払ったという建前が必要だ…」
犠牲、というには人質側からの圧がすごいのだが。
フリードリヒは巻き込まれないよう必死に気配を押し殺し、ラージャルーナが腰掛ける明日の後ろに隠れる。
その間も姫はラージャルーナに三年前の合戦はどうだの、魔族の統率への賛美だのを語り続けた。
「…フリードリヒ」
「我が君、よかったですね長く空いていた王妃の座がようやく埋まります」
「貴様、君主を売るというのか!!」
「人聞きの悪い、我が君の幸せを臣下一同心より願ったおります。和平も婚姻も嬉しい知らせですね!」
爛々と目を輝かせた姫に鼻が触れ合わんばかりに顔を寄せられたラージャルーナから国王は目を逸らし、フリードリヒに話しかける。
「君は、フリードリヒ殿だな。お噂はかねがね伺っている。優秀で抜け目のない御仁だと」
「お褒め頂き光栄です。多少長く生きております故の年の功ですよ」
「魔族の方は年齢と見た目が相関しないのだな」
「私は特に若く見られる形をしています」
和やかに話し続けるフリードリヒと国王を睨みつけるラージャルーナは突然魔方陣から二枚の羊皮紙を取り出した。
「…王よ、この婚姻を受け入れよう。ただし私からも条件がある」
些か据わった目で羊皮紙に文言を付け足していくラージャルーナはカッとフリードリヒを見つめた。
「して、フリードリヒ。貴様4年前に確か一度腕を切り落とされておったな」
「……今は我が君によって代替の腕が付いておりますが」
4年前にあった戦で、フリードリヒの右腕は王国が誇る騎士団の者に根元からすっぱりと切り落とされた。あまりに綺麗に切り落とされた腕にまず感嘆の声を上げたラージャルーナは、戦の後に前の腕をくっつけるのではなく代替の腕を付け、フリードリヒに次切り落とされる時はその者をスカウトしてこいと印を刻まれた。
「確か王侯騎士団の隊長格であったな?」
「ええ、腕に白百合の紋章をつけていましたので」
王侯騎士団は別名白百合団とも呼ばれ、魔族との戦いの最前線に立つもっとも苛烈な騎士団とも言われる。
他にも王国内には防衛のための竜胆団、後衛のための鈴蘭団の3つがある。
そして団の紋章は隊長格などのみが身につけることが許されている。
「王よ!このやけに積極的な姫では人質としてすこし威力がない。さらにもう一人、追加で貰おう」
「ああ、話は通すが……だが国内の令嬢は大方婚約を結んでいるが、大丈夫か」
戦争が続くと国内の婚姻率が上がる。
事実キルドナイド王国内でも婚約者のいない令嬢は姫を含めてデビュタントを迎えていない令嬢と幾人かの城仕えのものぐらいである。
「おそらく大丈夫だ。かなりの有名人と伺ったからな、結婚なり婚約なりしていれば耳に入るはずだ」
2枚目の羊皮紙がフリードリヒの手元に舞い降りた。
その紙にはフリードリヒの名前ともう一人。
「王族筋であり軍の要人でもあるアミーリア=ジャステを我が腹心のフリードリヒに嫁がせる」
ラージャルーナが魔法陣を通して映し出した人物は、戦さ場で鎧を纏いフリードリヒの腕を切り落とした騎士に間違いなかった。
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王国に2組の夫婦が生まれた。
長く続いた戦争の和平のため、キルドナイド国王は一人娘の姫と臣下を差し出した。
和平の調印式と結婚式は同時に行われ、国内外に広く告知された。
真っ白なウエディングドレスを纏った姫は魔王の手を取り、契約魔法のかかった羊皮紙を掲げる。大きく広がった魔法陣はまばゆい光を発しながら国土全域に降り立った。
かくして、戦争は終わった。
もう一つの夫婦は終ぞ手を取ることはなく、互いを冷ややかな目で見つめていたという。
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フリードリヒ(主人公)
アミーリア(嫁)
ラージャルーナ(魔王)
マレフィーサ(姫)