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今宵屋  作者: 深海魚
7/12

七話

今宵屋全員で展覧会が開かれる会場の前に立っている。

昨日の奇妙な一日から切り換えられているのは流石と言った所だろうか。

暫くすれば眼鏡を掛けた男性が、こちらに向かってきた。



「初めまして。俺が大蜘蛛の退治を依頼したマツユキです。」


「初めまして。今宵屋の社長のコヨミという。」



マツユキとコヨミは握手を交わす。

コガラシ達はマツユキが男で驚いていた。



「今回は依頼を受けて下さり、ありがとうございます。早速で悪いのですが、退治をして貰いたいのです。この後、人数分絵を描かねばならないので。」


「では、儂が一人で行ってくる。大人しく待っとれ。」



コヨミは警備員に案内されて中に入っていった。

そして数分もしない内に建物から出てくる。

警備員はコヨミの退治している所を見ていたので、呆然とした顔になっていた。

そういう顔をしてしまう程、凄かったのだろう。



「随分と速かったですね。俺としても有り難い事です。」


「儂の手に掛かれば、こんなものよ。」


「では会場の待合室を借りているので、そこで人数分の絵を描きますから移動しましょう。」



マツユキに案内されて今宵屋の皆は待合室に移動する。

既に椅子やキャンバスが置かれているが、絵の具は見当たらない。

マツユキは慣れた様子でキャンバスに向かって座り、懐から筆を出す。

キャンバスを挟む様にマツユキの方へ向けられた椅子は一つ。

今宵屋の彼らは顔を見合わせた。



「じゃあ、まずはコヨミさんが座って下さい。」


「分かった。」



コヨミが椅子に座るとマツユキは眼鏡を外す。

暫くコヨミを見つめると口を開けて舌を出し、そこに筆の先を付ける。

この行動には流石に彼らは驚くとマツユキは気が付いて苦笑いを浮かべた。



「これは俺の異能です。舌から欲しい色の絵の具を出せるので、こういった行動をしているんですよ。良く驚かれます。」


「だから絵の具が見当たらなかったのか。」


「眼鏡外しているのは何でなのかしら?目が悪いとは別の理由で掛けているとしか思えないわ。」


「正解です。俺の目は人の周囲に背景とは違う風景を映すんですよ。何かを通して見ていれば見えません。だから眼鏡が必要なんです。」


「背景とは違う風景って……それって人によって違うんだよな?」


「えぇ、勿論です。展覧会に出している物も誰かの周囲に見えている物を描いた物。俺は自分だけの力で絵を描けないんです。それなのに世の中から褒め称えられていて……本当に良いのかが時々分からなくなります。勿論、描かせて貰った方々には充分な礼はしてますよ。」


「でも見えるのは貴方だけなら良いんじゃない?その人の周囲に見えてる風景が一体何を示すのかは分からないけど、貴方にしか出来ない事に私は思う。」


「……そう言って下さると助かります。」



マツユキは会話をしながらも、絵を仕上げていく。

誰かと会話しながらでも描けるのは、流石と言った所か。



「……貴方の周りに見える景色は掴み所が無いですね。雲や霧を描いている気分になってきました。もしかして、そういった感じの力を持つ妖魔なのですか?」


「当たりじゃ。流石は見ている者の真を捉えると噂されるだけある事よ。」


「この目に見える物から受けた印象を述べたまでです。本当の絵師は、こんな目を持っていなくたって真を捉える事が出来ると聞きます。恐らく俺は、この先もずっと目が無ければ捉える事も出来ない未熟者のままになるんでしょうね。」



マツユキは悲しそうな笑顔を浮かべる。

コヨミは黙って、そんな彼を見つめた。



「出来ました。どうぞ。辛うじて掴めた景色は、これくらいでした。」



完成した絵をコヨミに手渡す。

そこに描かれていたのは霧に包まれた山々。

それを見てコヨミは頷く。



「いや、案外良い線はいっておるぞ。この絵は大切にさせて貰おう。」


「貴方達は骨董品屋も営んでいらっしゃるんでしょう?売りに出しても構いませんよ。」


「そんな事はせぬ。気に入ったからの。」


「……そうですか。」



マツユキはコヨミの言葉を聞いて、何処か安心した表情を浮かべる。

恐らく彼は様々な言葉を言われてきたのであろう。

その中には否定する言葉だってあった筈だ。

だからこそ、コヨミの肯定するような言葉に安心したのかもしれない。

眼鏡を一回掛け直してから、今宵屋の皆を見る。



「次は眼鏡を掛けた女性にしましょうか。」


「宜しくお願いするわ。」



コヨミと入れ違う様にツバメは椅子に座った。

それからマツユキは再び眼鏡を外す。



「皆の景色描くのに、いちいち眼鏡を掛けたり外したりしているのは何で?何かを通せば見えないって言っていたけど、眼鏡掛けてまで見ない様にしている理由は何?」


「あぁ。人々の景色は混ざるんです。そうすると酔ってしまって。だからですよ。」


「ふぅん……。大変なんだね。」



マツユキは新しいキャンバスに絵を描いていく。



「貴方は誰かに恋していますね。」


「っ!?ど、どうして分かるのかしら!?」


「恋している人の景色は少し違うんですよ。全体的に春っぽくなりやすくって赤やピンク色が多くなりやすいんです。後は思い人を連想させる色とかも混ざりやすくなりますね。」



ツバメは顔を赤くする。

あまり指摘して欲しくなかった事のようだ。

だがコガラシとワカナは驚いた顔はしなかった。

どうやら、それなりに想像がついているらしい。



「儂は初めて知ったぞ。」


「僕、応援してるよ!相手が誰か分からないけど!」



二人の言葉に更に赤くなったツバメ。

コガラシとワカナは呆れた表情でコヨミを見た。

マツユキは苦笑いを溢しながらも絵を仕上げる。



「どうやら余計な事を言ってしまったみたいですね。済みません。」


「いえ、平気です……。」


「はい、完成しました。」



ツバメに手渡された絵には緑豊かな大地に桜等が咲いている景色が描かれていた。

確かに春でも無ければ、このような景色にはならないだろう。

ツバメは恥ずかしそうにしながらも大切そうに絵を受け取る。


マツユキは再び眼鏡を掛けると描いていない三人を見た。

つい、息を飲む。



「じゃあ、次は背の高い人で。」


「よ、宜しくお願いします。」



コガラシはツバメの横を通り、緊張気味に椅子に座る。

マツユキは眼鏡を外すと悲しそうな顔をした。



「どうやら昔に大切な人を亡くしていますね。そして今でも、その方を愛していらしてる……。」


「まあ、な……。」



コガラシは当てられて苦笑いを浮かべる。

マツユキは一度頷くと新しいキャンバスに描いていく。



「幸せでしたか?」


「あぁ。凄く幸せだった。毎日が輝いてみえて、なんて無い日常が愛しくなるくらいには。けど……今も結構幸せっす。」


「……でしょうね。じゃなきゃ、納得出来ない所でした。」


「何が納得出来ない所だったんだ?」


「……貴方も絵を見れば理解出来ますよ。」



コガラシは不思議そうな表情を浮かべる。

やがてマツユキは絵を描き終わり、コガラシに見せた。

その瞬間にコガラシは酷く驚いた顔をしてから幸せそうな笑顔を浮かべる。



「なるほど。確かに本物を見なければ分からないっすね。これは。」



キャンバスに描かれていたのは星空の下、花畑に立つ月光を浴びた女性。

白いワンピースを身に纏い、こちらを見ている。

彼女は安心したような、それでいて幸せそうな笑顔を浮かべていた。



「コガラシさん。もしかして、その人が?」


「あぁ。昔亡くした恋人さ。こんな形で、また会えるなんてな……。」


「さあ、どうぞ。」



コガラシはマツユキから絵を受け取ると大切そうに抱き締める。

その表情は幸せそうだ。


再び眼鏡を掛け直したマツユキは残りの二人を見る。

暫く考えてからマツユキは指命した。



「そっちの少女にしましょう。」


「宜しく!」



コガラシとすれ違い、ワカナは椅子に座る。

それからマツユキは眼鏡を外すと呆然とした表情になった。

それから笑い出す。



「えっ、いきなり何!?」


「いやぁ、君の周囲に見える風景が自由でカオスでしたので、笑ってしまいました。済みません。」


「えぇ……。」


「まあ、これから描くから見てみると良いですよ。多分、貴方も思わず笑ってしまうでしょうから。」


「わ、分かった。覚悟しておく。」



マツユキは楽しそうな表情で新品のキャンバスに絵を描いていく。

それに対してワカナは少し不安そうな様子だ。

一体、どんな風景が見えているのかが分からなければ不安になってしまうのも当然だろう。



「今までで一番描いていて楽しいかもしれないです。」


「そうなの?」


「愛する人やペットを亡くした人や恋する人、掴みにくい人……。中にはグロテスクな光景が見えた人も居ました。そういうのを沢山見ていくと今までと違った景色を描く事が少なくなっていきます。貴方は今までに居なかったタイプなので楽しく思えるのかもしれません。」


「ふぅん。」


「人は贅沢なんですよね。一度見てしまえば、それだけで満足出来なくなっていくのですから。」


「目に見える景色が全てって訳でも無いんでしょ?だったら違う物でも描けば良いじゃん。」


「……それが出来れば苦労はしなかったのかもしれませんね。」



マツユキは苦笑いを溢す。

どうやら試みた事はあるが、失敗に終わっているようだ。

その答えを聞いてワカナは悲しそうな表情を浮かべる。



「なんか気軽に変な事を言って、ごめんなさい。」


「気にしていませんよ。良く言われますから。」



マツユキは苦笑いのままだ。

ワカナはマツユキに言う言葉を失敗したと思った。

言葉とは難しい物だ。

その人を励まそうとした言葉が時に、その人を傷付けてしまうのだから。



「……出来ました。こんな景色が見えたんですよ。」


「……カオスね。」



キャンバスに描かれていたのは水色の大地に生えた沢山のピンク色の木。

その木の葉っぱはカラフル。

空はオレンジ色で青い太陽が登り、その傍をUFOらしき物が飛んでいる。

確かに中々無さそうな景色だ。



「ありがとう、大切にする。」


「こっちこそ、ありがとう。描いてて楽しかったよ。」



ワカナはマツユキから絵を受け取る。

そして席を離れた。

マツユキは眼鏡を掛け直すとホタルを見る。



「最後は、そこの少年だね。」


「えっと、宜しくお願いします!」



ホタルは緊張した表情で慌てて椅子に座った。

そんな様子にマツユキは笑みを溢すと新品のキャンバスを出す。

それから眼鏡を外した。

その瞬間、マツユキの瞳が大きく見開かれる。



「……綺麗だ。」


「え?」



マツユキは何度か瞬きをしてから深呼吸を繰り返す。

それから白いキャンバスを見つめてからホタルの方を再び見た。



「子どもの周囲に見える景色は大抵がクレヨンで描かれたような景色が多いんです。けれど貴方は違いますね。とても綺麗なんです。」


「そうなの?」


「正直、私の画力で全てを描けるかすら分かりません。けれど最善は尽くさせて下さい。これほど美しい景色は今後現れないかもしれない。そう考えるだけで耐えられないのです。今、描かずにいれば私は凄く後悔する事になるでしょう。私に描かせて下さい。」


「う、うん。」



ホタルはマツユキの言葉に戸惑いながらも首を縦に振る。

他の人には言わなかった言葉。

それがホタルには酷く可笑しく思えたのだ。


ホタルはマツユキに話し掛ける事はしなかった。

絵を描く事に集中しているのがマツユキの表情から簡単に分かったからだ。

無言の空間が広がり、ワカナは少し居心地が悪そうな顔をする。

やがてマツユキは筆を置いた。



「描き終わったの?」


「あぁ……。」


「どんな絵なのか、見せて。」


「……。」


「マツユキさん?」



マツユキの様子は、どこか可笑しい。

絵を見つめてはホタルを見る。



「……嫌だ。見せるのも渡すのも嫌だ。」


「マツユキ。人数分の絵を約束している筈だ。その絵を渡したくないのなら、他の絵を描いてくれ。」


「それも嫌だ。なぁ……その少年を私にくれないか?」


「嫌だわ。少なくとも今の貴方にはホタルを任せられない。」


「私だけの……!私だけが……!私の……!」



マツユキは立ち上がり、顔を押さえてよろめく。

ホタルを庇う様にコガラシが立つ。

コヨミは持ってきていた刀の柄を握る。



「それは……私だけの景色だぁー!」



マツユキは叫びながら変貌していく。

肌の色は黒くなっていき、背中から蜘蛛のような足が生える。

血の涙を流しながらもホタルに気味の悪い笑顔を向けた。



「ひっ……!」



小さくホタルは悲鳴をあげる。

コガラシにくっつき、しがみつく。

コガラシはホタルを安心させる様に空いてる手で頭を撫でた。



「やはり大蜘蛛の本体はマツユキだったよの。」


「社長、もしかして分かっていたの?」


「会場に居た大蜘蛛は手応えが無かったからの。マツユキ自身も気付いておらんかったようだが……どうやら自制心よりも欲が上回ったようじゃ。」


「僕のせいだ……!」


「ホタルのせいじゃない。マツユキが自分の欲に負けちまったのが良くないんだ。それに展覧会が開かれていたら、マツユキは無自覚のままに客を食べていただろうな。この段階で分かって良かったんだ。」


「……うん。」


「寄越せ!それを寄越せぇ!」


「人を物の様にしか言えない時点で、お主は失格じゃよ。大人しく眠っておれ。」



コヨミは一瞬でマツユキだった大蜘蛛を斬る。

そして消え去ってしまった。



「でも妖魔って異能持てなかったよね?やっぱりマツユキもコガラシみたいなハーフ?」


「恐らく、そうかの。」


「問題の発端となった絵は近くでマツユキが変身した時の血で真っ赤になっているわ。」


「……きっと、それで良かったと思う。皆が、ああなったら僕は嫌だもん。」


「そうだな、これで良かったんだ。」



コガラシはホタルの頭を優しく撫でるのを止めない。

ホタルの表情に少しだけ不安そうな表情が残っていたからだ。

暫く撫でていれば不安そうな表情が和らいだので撫でるのを止めた。



「さて、帰るとしよう。」


「私、やっぱり絵は要らないんだけど。」


「だったらオークションにでも掛けてみましょう。マツユキが描いた最後の作品ですもの。事実は知られても絵に罪は無いから金額も高くなる可能性が高いわ。」


「儂に渡された絵も売りに出す方の絵に入れておくれ。絵は分からぬからの。分かる者に譲るのが良い。」


「俺は……売りに出せないな。また顔を見れるなんて思っていなかったし、手放せない。」


「なら、コガラシ以外の絵は全員オークション行きね。私がこれからオークション会場に持っていくわ。」


「頼んだよ、副社長。」



コヨミ達は今宵屋の方へ歩き出す。

ツバメは絵を受け取るとコヨミ達とは違う方向へ行く。


帰り道、駅前を通ればサクラが歌っている。

それをコヨミ達は聴いて、お金をギターケースに入れた。



「ありがとうございます。」


「応援しておるぞ。」


「また聞きに来て下さい。」


「おう。」



コヨミ達とサクラは別れる。

その様子を遠くから覗き見ていた者は見た人を不快にさせるような笑みを浮かべた。



「決めた……。生け贄は彼女にしよう……。」



それだけ呟くと機嫌良く、その場を去っていく。

そんな事など知らないサクラはコヨミ達が見えなくなるまで手を振っていた。


コヨミ達は今宵屋に戻り、暫くすればツバメも戻ってくる。

ツバメの表情が笑顔なので、良い金額で売れた事を察する事が出来た。

コガラシは自室に絵を飾り、指輪を優しく撫でる。

その晩、彼らは目の前で起きた事など無かったかの様に良い夢を見る事が出来たのだった。

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