十話
いつもの様に朝起きて、ご飯を食べて店を開店させる。
暫くすれば一人の若い男性が訪れた。
店内を見渡すと慎重にカウンターまで来る。
「済みません。花瓶は何処にありますか?」
「花瓶って言っても机に置けるくらいのサイズと玄関の近くに飾れる大きさとで違うけど、どっち?」
「出来れば机に置けるくらいのサイズですかね。」
「なら、あちらですね。」
「ありがとうございます。」
ワカナは花瓶が置いてある棚を指す。
男性はお辞儀をすると、そちらに向かう。
そして花瓶の一つ一つを丁寧に眺め始める。
男性からは花の良い香りがしており、ホタルは何の花だろうと考えた。
けれど植物に詳しくない事に気が付く。
つい、ホタルはコガラシの方を見れば視線を感じたのか目が合う。
「どうかしたか?ホタル。」
「コガラシさんって花に詳しかったりする?」
「いや、あんまり詳しくないな。もしかして、あの男性から香ってる匂いが気になったのか?」
「うん。良い匂いだなって思って気になったんだ。」
「多分だけど、あの匂いは一種類だけじゃないと思う。色んな花の匂いが上手い具合に混ざった匂いじゃないか?」
「そっか。」
男性は一つの花瓶を手に取ると回して見る。
そして納得がいったのか、カウンターまで持ってきた。
会計をすると緩衝材にくるむ。
ホタルは男性に直接訊いてみる事にした。
「お兄さん。」
「……もしかして僕?」
「うん。」
「お兄さんなんて初めて呼ばれました。いつも、叔父さんって呼ばれていたので新鮮です。それで、何ですか?坊や。」
「ぼっ……坊や……。僕も坊やって呼ばれたの初めてだ。えっと、それでね。お兄さんから良い匂いがするから何の匂いかが気になったんだ。何の匂いなの?花って事は分かるんだけど。」
「実は一種類の花の匂いじゃないんです。僕は花屋さんなので、いつも沢山の色んな花に囲まれているんですよ。」
「へぇ、お花屋さんなんだ。」
「もし良ければ見に来ませんか?冬に見る花も良いと思いますよ。」
ホタルは暫く考えるとコヨミに視線を向ける。
コヨミにはそれで伝わったのか、頷いた。
それを見た彼は笑顔を浮かべる。
「うん!僕、お兄さんの育てた花が見たい!」
「あっ、ズルい。私も見たいんだけど良い?」
「構いません。人数が増えれば、それだけ賑やかですからね。」
「よし!」
ワカナも見たかったのか、許可が出てガッツポーズをした。
「じゃあ、ワカナ。ホタルを頼むぞ。」
「任せといて。ほら、手を繋ごう。」
「うん。」
ワカナとホタルは手を繋ぐ。
それを見た男性は笑顔を浮かべた。
「では、行きましょうか。」
「「行ってきます!」」
二人は男性の案内の元、花屋へ向かう。
それなりに歩いた先、細道の途中に店はあった。
男性は店を開けて、店内のカウンターに花瓶を置く。
水を入れると花を挿し、最後に指を鳴らした。
「もしかして、お兄さんは異能者?」
「そうだよ。花が枯れるのを遅く出来るって言う花屋に向いた異能なんだ。」
「異能って本当に色々あるんだなぁ……。」
ホタルは思わず呟く。
「取り敢えず、まずは見てみよっか。」
「うん。」
二人は店内の花を眺める。
気になった花の名前を見て、こんな名前なんだと学ぶ。
二人とも、それぞれに気になった花があった。
ワカナはカタバミの鉢植えを、ホタルはマリーゴールドの鉢植えを良く見る。
そんな二人に男性は気付く。
「お二人とも、気になる花があったようですね。」
「あっ……結構眺めてた?」
「気になる事が分かりやすいくらいには。どうされますか?」
「僕は眺めているだけで良いよ。なんか、目が離せなくなっただけだから。」
「私も良いかな。それより……両親の結婚記念日に送るのに向いてそうなのってある?二人とも花が好きだからさ。」
「では、記念日に贈れる花束を僕の方で作りましょうか?」
「それじゃあ、お願い。」
男性は花束を作り始める。
「ワカナさんの両親、今日が結婚記念日だったんだね。」
「うん。実は来たかった理由、そこにあってさ。ホタルを今宵屋に戻したら両親の所に行くつもり。たまには顔を出さないと心配しているだろうから。」
「良い人達なの?」
「うん。凄く優しくて私の我が儘を聞いてくれた。私さ、どうしても妖魔として人の役に立ちたくて今宵屋に入社したの。今宵屋に泊まってるのは行き帰りが大変だから。流石に出勤や帰宅だけで毎日二時間以上は辛くてさ。」
「確かに電車って必ず座れる訳でも無いから大変だね。」
「出来ましたよ。」
男性は花束を完成させた。
ワカナは会計を済ませると花束を受け取る。
「花束作ってくれて、ありがとう。また、来るね。」
「ありがとうございました。」
店を出て今宵屋へ戻った。
ホタルはカウンターに戻ると、ワカナはコヨミに事情を説明して出掛ける。
「ワカナが出掛けると今宵屋って静かになる気がするんだよな。気のせいかもしれないけど。」
「儂らの中では一番元気かもしれぬからな。」
「僕って、ワカナさんより元気無いの?」
「ホタルは見た目の年齢よりは大人しいわね。」
「そうなんだ。前よりは話したり甘えたりしている気がするんだけど、そうでも無かったのかな?」
「前、が分からないから何とも言えないわ。」
暇を潰す為に何となく話していれば、客が来た。
制服を着ているが何となく、お嬢様みたいな雰囲気を纏っている。
慣れない様子で棚に置かれている物を見て回り、商品を手に取って眺めていく。
そこに、もう一人客が来た。
二人目は男で、制服の感じから一人目と同じ学校の生徒だろう。
お嬢様は男子に気が付く。
二人は視線が合うと幸せそうに微笑む。
どうやら親しい間柄のようだ。
「先生のお話は終わりましたの?」
「ああ。終わった。」
「そうですか。一体何の話をされていたのか、良ければ話してくれません?」
「進路についてだ。親父を継ぐのか、独立するかを訊かれた。」
「……なんと答えたんですの?」
「親父と話して、暫くは親父の元で修行してから独立するって決めたって話した。」
「先生は何と?」
「そうか、決まってるなら良いって言って終わった。後、お前との関係も訊かれたな。」
「まあ、なんと答えたのです?」
「恋人だって答えた。親父の元で修行する予定だけど同居するって伝えた。」
「……何だか恥ずかしいですわね。」
お嬢様は恥ずかしそうだが嬉しそうに、はにかむ。
二人は恋人だったようだ。
「恥ずかしがる必要なんて無いだろ。事実なんだから。」
「そんな事言わないで下さいまし。あまり貴方から、そういった言葉を聞かなかったので不安でしたの。」
「そうか。不安にさせて悪かった。あんまり学校で公にするのも悪いかと思ってな。」
「なら、せめて二人きりのデートの時くらいは好きか愛してるくらいは言っても良かったんじゃないですの?言葉にしなくたって伝わってきましたけれど、やはり告げられないのは不安でしたわよ。」
「悪い。これからは沢山言う。好きだ、愛してる。」
「……私も愛していますわ。」
二人の顔が近付き、キスをする。
ホタルはいけない物を見てしまった気分になって顔を逸らしてからカウンターに隠れた。
軽い感じのキスから深くなっていき、艶っぽい声が微妙に漏れてくる。
コガラシは大きく咳払いをした。
その瞬間、二人は真っ赤になって離れる。
「あー……。お二人さん。良い所悪いが、これ以上続きするなら出てってくれ。子どもが居るんだ。あんまり良くない。」
「……終わった?」
「ええ、終わったわよ。」
「見てる方が恥ずかしかった。」
「ホタルは、こういうのあんまり見た事が無かったかの?」
「うん。」
「……済みません。こんな所で。」
二人は顔が赤いままだ。
ホタル以外は諦めたような、見慣れているような表情。
カウンターに隠れたままのホタルには流石に刺激が強かったのか、耳まで赤い。
「それで用があるのか?無いのか?」
「用はある。ここで生活に使う物を買おうって話になってたんだ。」
「あら?けれど、ここは骨董品屋で中古とは言えど下手したら普通に買うより高いわよ?生活品等を買い揃えられる安い場所もあれば、それなりに良い値段で長持ちしそうな新品を売ってる場所もある。二人きりで新しく生活する為の品を揃えるのに、ここは不向きと思えるけれど。」
「良く分かりましたわね。彼の言葉は足りていなかったというのに。」
「……あんなの見せられたら嫌でも想像が付くわ。」
赤みが引きかけていた二人は、また真っ赤になった。
それを見てツバメは呆れた顔をする。
「その……使い込まれた味がある物が欲しくて。そういうのって、骨董品屋にしか置いていないでしょう?」
「確かに、それなら骨董品屋にしか無いわね。古い物を引き取っている所なんて、この首都でも片手で足りる数しか無い。そして一件一件が、かなり離れているもの。一番近い所に来るのは当然だわ。」
「いや、ここが一番遠いんだ。欲しい感じの物が無くって、ここまで来た。学校から直接出掛けて泊まってから、また帰る時に泊まらないといけないくらいに遠い。さっきの話なんて昨日の事だしな。昨日は別々に泊まったが、今日は一緒に泊まれるんだ。」
「思ったより、ずっと拘り強かったな……。」
「そうね……。」
「宿は、もう取ってあるのかの?油断すると泊まれないって話になるぞ。」
「そこは平気だ。二人分で取ってある。」
「なら良い。それなら、ゆっくり見て回ると良いが、さっきみたいに二人きりの世界に入ったら迷う事無く遮る。良いかの?」
「ええ。構いませんわ。寧ろ、叩き出されるかと思いました。」
「そこまで酷い事は、しねぇよ。生憎、恋してる時ってのは周りが見えにくくなりやすいのは充分理解してるつもりだ。」
「私達は見慣れているけれど、ホタルの為よ。」
「……なんか、ごめんなさい。お兄さん、お姉さん。」
「お前が謝る事じゃない。気を付けられない俺達に非があるのは確かだからな。」
カウンターから出て二人に謝ったホタルは男子生徒の言葉を聞いて安心した。
ホタルはふと視線を感じて辿れば、お嬢様に見つめられている。
困った彼は取り敢えず笑いかけてみた。
すると、お嬢様はホタルに近付く。
肩を両手に置いてマジマジ見られたかと思えば抱き締められ、頬擦りされた。
「きゃーーー!可愛いですわーーー!」
「ふぇ……?」
「あー……。」
状況が飲み込めないホタルは戸惑い、男子生徒は頭を抱える。
あまりの変わり様にコヨミ達も固まった。
「ふぇ……?ですってーーー!なんですの!この可愛い子ども!あーん!私も、これくらい可愛い子どもが欲しいですわーーー!」
「や、止めてよ。お姉さん。」
「諦めろ。そいつ、そうなったら暫く戻ってこないから。」
「そ、そんなぁ……。助けてぇ、コヨミさん。ツバメさん。コガラシさん。」
「……た、助けてと言われてものぉ?」
「ええ、凄く困るわ……。」
「なんか……今引き剥がしたら酷い目に合いそうな気がするんだ……。わりぃ……ホタル……。」
「うぅ……三人して酷いよぉ……。」
結局、お嬢様の気が済むまでホタルはされるがままになる。
その間、ホタルは涙を浮かべながら遠い目をしているしか無かった。
お嬢様の気が済んで離れた頃には髪の毛はボサボサで死んだような目。
流石に三人も申し訳なく思ったらしく、視線で謝る。
「おほん……。取り乱して申し訳ありませんでしたわ。私、可愛い物には目がなくて。」
「あぁ、今ので充分伝わってきたよ。」
「気が済んだなら是非店を見て回って頂戴。望んでるような物が無かったら、ごめんなさい。」
「じゃあ、そうするか。」
二人は改めて店内を見て回り始めた。
そして三人はホタルを改めて見る。
相変わらず死んだような目だ。
「ホタル。助けてやれなくて済まなかったの。ああいうタイプにはあんまり会ってないから、どうしたら良いのか分からなかった。」
「……後で一緒にお菓子食べるなら許すよ。」
「分かったよ。後で一緒に食べよう。」
店内を見ていた二人は何を買うか決めたらしい。
カウンターに商品を持ってきた。
会計を済ます。
「また必要な物がありましたら、ここへ来ますね。また会いましょう。」
「ありがとうございました。」
二人は店を出ていく。
それを見てホタルは安心したような溜め息を吐いた。
「ところで一つ気になっている事があるのだけど、良いかしら?ホタル。」
「何?ツバメさん。」
「確か、クロック氏は聖女様に結婚しようって言っていたのよね?二人は、さっき来た二人みたいな事はしていなかったのかしら?」
「していなかったよ。」
「そう。分かったわ。」
扉が開いて漸くワカナが戻ってくる。
そこで客が来なさそうだったので、お茶にした。
皆でお菓子を食べればホタルの機嫌も良くなる。
それを見てコヨミ達はホッとした。
お茶を終らせてカウンターに戻ると、また一人客が来る。
その女性は泣きそうな表情をしながら急ぎ足でカウンターに来た。
「今宵は邪が来る……!」
「どうした?随分と急いでいるみたいだが。」
「お母さんが妖魔に殺されて……私っ、逃げてきたの……!」
「どんな妖魔だったか、分かるか?」
「ろくろっ首よ……!お父さんと不倫関係にあったみたいで……!」
扉が乱暴に開く。
そこには和服を着た女性が立っており、その人を見た瞬間に依頼主は悲鳴を上げる。
「うふふ……。どうして逃げるの?貴方を貴方のお父様の所へ連れていってあげると優しく言っているのに……。」
「いや……死にたくない……!」
「ちょっとちょっとー!ここ、どこだか分かってて乗り込んでるの?」
ワカナが依頼主を庇う様に立ちながらもツッコミを入れた。
ろくろっ首は、それで初めて周囲を見る。
けれど気にしないらしい。
そのまま、依頼主を襲おうとした。
それをコガラシが止める。
「俺達の目の前で殺そうとするなんて度胸があるな。」
「邪魔しないでくれる……?あの人は私だけの物なの……!」
「それは無理かの。それに、その人はその人の物であって誰の物でも無いぞ。」
「うるさい!離せ!」
ろくろっ首は暴れそうとするがコガラシによって拘束された。
暫く足掻いていたが諦めて首を縮める。
けれど殺気が収まる気配は無い。
そんなタイミングで、また扉が開いた。
入ってきたのは仲良く腕を組んだ男女二人。
「お父さん!?」
「ああ!愛しの人!」
まさかの本人登場。
しかも状況は最悪である。
「「ねぇ、その人は誰?」」
ろくろっ首と娘の質問は全く同じ。
それどころか、声に出さなかっただけでコヨミ達も全く同じであった。
男性は顔を真っ青にする。
隣の女性は男性にくっつき、修羅場と言える物が出来上がった。
これは酷い。
「その……。」
流石に男性は言い淀む。
視線は泳いで定まらない。
冷ややかな空気を破ったのは男性と腕を組む女性だった。
「ねぇ?隠す事無いでしょぉ?私達、結婚するの!私のお腹にはねぇ、この人との子どもが居るんだぁ。」
「……お父さん。どういう事?まさか彼女に私達殺させて遺産を踏んだくった挙げ句に、その人と結婚するつもりだったの?」
「私からも説明をお願い。」
「それは……その……。」
男性はコヨミ達に助けての視線を送る。
けれどスルーし、コガラシに至っては溜め息を吐いて拘束を解く。
「仕方無いじゃないか!惚れちゃったんだから!まさか、一回だけで出来るなんて思ってなかったし!ろくろっ首も妻も娘も彼女も愛してしまったんだ!皆、好みの容姿なのが悪いんだ!ろくろっ首は理想の尻と太もも!妻は理想の顔!娘は理想の声!彼女は理想の胸!ああ!四人に囲まれた時、天国に至れそうだ!ぐへっ、ぐへへ!」
「……ねぇ、あの人気持ち悪い。」
ホタルは今宵屋の皆に訴えた。
思わず男性以外は頷く。
男性にくっついてた女性すら離れて頷いている事から相当だ。
「本当に天国じゃなくて地獄に送ってあげる……!協力して!ろくろっ首!」
「ええ……!こんな奴に惚れた私が馬鹿だった……!」
「私も協力するわ……!」
「ひぃ!助けてくれぇ!」
「わりぃ、それだけは自業自得だから助けたくない。」
「助ける価値を見いだせないわね。」
「そうそう。助けたら言い寄られそうだし。」
「きちんと反省しないと同じ事繰り返しそうだしの。」
「あの人の辞書に反省って文字あると思う?」
「「「「無い。」」」」
今宵屋全員が一致した瞬間だった。
こんな事で一致するのは悲しい気もするが仕方無い。
「「「覚悟!」」」
「ひぃー!」
男性は三人に追い掛けられて出ていった。
きっと知らない所で男性は三人から相応の事をされるであろう。
その後は平和とも言え、なんだか少し騒がしかった日は終わった。




