美の暴力との邂逅
一目見たとき、私の心は永遠に彼に奪われてしまっていた。
私はハイエルフのアーリヴァルト、エルフ族の中でも特に強力な力をもって生まれてきた個体の事をハイエルフなんて呼ぶのだ。
私の母親もハイエルフ。父親の顔は知らない。私の物心がつく前からいなかったから知るわけもないが。
エルフと呼ばれる種族は非常に他の種族と比べても圧倒的に男が少なく、9対1の割合で女性の方が多い。
しかも男のエルフは非常に性欲が薄く、それこそ1年に1度子作りを始めるかどうか。それに比べてエルフの女たちはどうだろうか。
まるで獣人かと言われるほど常に男に飢えていてみっともなく他の種族を襲って男を確保しようと考えていたとか。
当時の私は男性に興味があるが、彼女たちが何故あそこまで男に拘るのかと言う意味をあまり理解していなかった。
もしかしたら彼女たちと違ってハイエルフだからかもしれないとすら思っていた。
私は各地で様々な種族を回って困っている人を助けたり、悪辣な魔物を討伐したり、はたまた迷宮に潜ってお宝を探してみたりしていた。
その日々は非常に充実していて満足していたが、私の心のどこかではまだ男という存在に対する興味なんかが残っていたのだろう。
気づけば噂に聞いた人族が主軸となって考え出した、魔法学園と言う学び小屋のような場所に来ていた。
ここでは男女差がなんと2対8の割合で生活を共にし、お互いの魔法に対する力を高めあうのが目的なんだという。
勿論それは表の顔で女たちはそんなこと思っていないだろう。自分の、自分だけの男を求めてここに来ているのだ。
魔法の技術を学んで、男女お互いに高めあう。そんなことはあり得ないのだ。
男と女で圧倒的に違うのは精神的、肉体的に女の方が平均が圧倒的に高いだけではなく、魔力と呼ばれる魔法を使うのに必要なエネルギーを貯められる量が全然違うのだ。
魔力貯蓄量とも呼ばれるそれは生物に付いている体内の器官の一つで、これがなければ魔法を使うことが出来ない。
男の魔力貯蓄量が1だとすれば女の平均的な魔力貯蓄量と言うのは100近くにもなる。
これだけ差があるともはやおままごとのようなもの。
無駄なことをしているなと、努力をしている彼らを見下していた。自分がハイエルフだというプライドがそれを後押しすらしていた。
だがそんな矮小なプライドは粉々に砕かれた。
初めて見た時は幻想か、空想かを疑ったほど。ちょうど手に持っていた赤い果実をポロっと落としてしまったのを覚えている。おそらく一生忘れられないだろう。
私の前を颯爽と歩いて行った人族の男はまるで絡みつく男女の欲望や羨望、畏敬。様々な感情や思惑の混じった目線をものともせず堂々と歩いているのだ。
驚くべきはその容姿。整った、だとか綺麗、可愛い、美しい。数多の言葉が私の脳内を駆け巡り一つの言葉が浮かんだ。
傾国。
彼――アハトと言う男の全てがエロティックで、カリスマ的で、まるで、まるで、まるで……
「――」
私の茫然とした表情が視界に入ったのか、彼、いやアハトは私の方をチラリと向いて……笑った。
魂が奪われてしまった、と錯覚したしきっと間違いないと思っている。彼に向けられた笑顔が私の200年を超えるハイエルフとして生きた日々全てを塗りつぶしてしまったのだ。
きゅうと胸が締まる苦しみ、動悸、頬の紅潮。
アハトが去っていた後、彼から微かに発せられたまるでフェロモンのような、甘い香りが鼻の奥まで私を蝕む。
膝から崩れ落ち、その場で数分茫然としていた。
後から聞いた話、彼は私より後に入学――正確には編入してきたのだという。この魔法学園以外にも魔法学園はいくつか存在しているため、そちらから来たのだろう。
前にいた学校ではほぼすべての女性生徒、並びに教師たちを骨抜きにし、学校を完全に崩壊させたのだという。
すぐに納得した。彼の美しさは容姿だけではなく、性格や心、魂までもがすべて美しいのだ。彼の持つ力は魔法の技術なんていうものではなく、立っているだけで人を好きに操ることのできるあの美しさなのだと、私は理解した。
だが、納得して理解しても彼に奪われてしまった魂が返ってくることはなかった。彼について考えれば考えるほど、彼に対する関心興味、どんどんと好きになってしまうだけ。
そんなどうしようもないくらい壊れてしまった私は、ストーキングを繰り返し、彼のことを調べた。
好きなことや嫌いなこと、魔法の実力が趣味、様々な女性が彼と話している何気ない生活でのことも含めて。
そして彼に対して好意を抱いている存在も気づくことになった。
彼に惹かれた有象無象とは程遠い、容姿も才能も実力も、すべてにおいて世界トップクラスの怪物たちが彼の周りをうろつき始めたのだ。
このままでは、このままでは彼を奪われてしまう。私の事を見てくれたアハトが私以外の虫けらのような女たちに取られてしまう。
我慢ならなくなった私は、部屋から出てきた彼の目の前に飛び込むように降り立った。
いきなり空中から凄まじい速度で落下してきた私を見ると、アハトは綺麗な碧眼の瞳を丸くした。
「……私は」
「えっ?」
「あたしは、アーリヴァルト。アハト様、あたしと結婚して」
アーリと言うハイエルフは、絶望的にナンパが下手だった。
アーリ(うーん、歩いている姿どころか足跡までエロく見えてきた……)




