白と茜色と桃色と
白崎 アカネ。彼女の名前はこの世界の名前には似つかわしくない。
そんな彼女も例には漏れずに美少女と言う言葉が似あう。
アーリやリリーの持つ美貌や美しさと言うのは文字通り圧倒的で、他者を寄せ付けないほど。だがアカネは二人の突出したほどの容姿は持っていない。
と言っても僕からすればアカネと言う存在も美少女には見えてしまうのだ。
彼女の持つ力は聖剣と強力な肉体、そして魔力である。
白崎アカネと言う少女は|この世界の住人ではない《・・・・・・・・・・・》。
異世界から召喚された勇者である。
今は昔、まだ様々な種族の繋がりが薄い時代。各国、各種族は戦争を繰り広げていた。
勿論目的は領土、食料、金。そして男。
今はある程度平和になったため男の数が増えているが昔はもっと男の数が少なかったらしくそれはもう熾烈な争いの火種になった。
そんな中、魔人族と言う種族は魔人族を次々と併合して一つの国となった。そこで生まれたのは魔王。不思議に思うかもしれないが女王と言う言葉はそこまで使われない。
もともとそういう地位に就くのが全て女性であったから、わざわざ女王などと呼ぶ必要もないのだ。
そんな魔王が男――彼女たちの言葉であえて言うとすればオスを確保するべく人間族との戦いが始まった。
最初は拮抗していた戦いも素で強力な肉体を持つ魔人族は数では負けていても質では圧倒しており、どんどんと人間族が押されていったという。
そこで召喚されたのは異世界の少女。白崎アカネであった。
彼女は紆余曲折あったが彼女の持つ力を用いて一気に魔人族を押し返していく。そして魔王との一騎撃ちに撃ち勝ち――今の時代へと至る。
僕は吐き気のする胃を抑えてアカネに優しくベッドに誘導される。善意の塊ともいえる彼女の好意に甘え、本当の自分の部屋に戻ってきた。
「ありがとう、アカネ」
僕の真面目な感謝の気持ちを伝えるとむず痒そうに頬を染め、彼女はコクンと頷いた。
リリーもアーリもどちらも非常に綺麗だが、可愛いという言葉は彼女が恐らく一番似合うだろう。
キュートとでもいうのか。
そんな彼女は背中に真っ白な剣、聖剣を背負っていた。
聖剣ブレイブハート。彼女の勇気と優しさの詰まった心から生まれたというその剣は魔人族五万の軍勢を跳ねのけ、ハイエルフと黒竜から僕を守るほどの力をアカネに与えている。
「もっと私が光の回復魔法を上手く使えれば良いのですが……」
そう言いながら僕に布団を掛けながら細かく治癒魔法を唱えてくれている。治癒魔法は胃の荒れやストレスも治療してくれるわけではないが、今ここでいうのは無駄だろう。
「アカネの光魔法は――」
「はい。殲滅魔法しか使えないです、から」
彼女の苗字からも分かるが、白崎アカネの得意な魔法は光魔法。それも範囲殲滅に特化した大規模魔法ばかりだ。
そんな彼女は自分の傷のほとんどを自然治癒に任せるというある意味現実的な治療をしている。勿論普通はそんなことはしないし、魔法に頼った方が早い部分の方が多い。
ある意味人間離れしたアカネであるが、彼女にも人並みの心や精神は残っており。戦争が終わり、平和になった今の時代で学園生活を送りたいということでこの学園に来たのだという。
アカネはこの世界の住人ではないからか、男性に対してあまりガツガツとしていない。それはもう非常に男子学生からは人気で、可愛くて優しくて誰に対しても分け隔てなく接する所が特に好まれているのだと。
少なくとも表向きでは。
だが僕は知っている。
彼女がアーリやリリーにも負けず劣らずなのは戦闘力だけではなく、十分頭がキマっているということを。
「アハトさん……アハトさんっ……!」
アカネは僕の首筋に顔を埋めると顔を押し付けるようにしてぴったりとくっつく。たまに深呼吸しているのが酷く残念だ。
白崎アカネ、彼女の住んでいた異世界は男女比率 1:500の世紀末異世界だった。小学校と呼ばれる幼い子供が行くような学校では女子生徒が1000人いれば男子生徒は大体一人か二人、殆どいない可能性もあった。
そんな世界でアカネも他の女性と変わらない、男性欠乏症なる病気にかかっていたという。
男の放つ特殊なフェロモンを必要とする頭のおかしい病気だ。
そして僕はアカネにロックオンされてしまい、現在に至るという話でもある。
他の男子生徒に優しいのは彼女の本来の温厚な性格だが、その裏では男に興奮して動物的な発情を引き起こすやべーやつでもあるのだ。
アカネは折角直してくれた布団の中に潜り込むようにして僕に抱き着く。
先ほど膨大な魔力を直接浴びたせいか頭痛や体調不良を引き起こしている僕には彼女を引き離すことができない。
「アハトさんってホント、素晴らしいですね……」
うっとりとした表情のアカネに僕は心の中で何がだよと突っ込むが表情には起こさない。
「そ、そう?」
「そうですよっ!」
力強く断言したアカネは僕の胸に顔を埋め、くぐもった声で言葉をつづける。
「優しいし、かっこいいし、とっても素敵ですよ」
嬉しいという気持ちもあるが喜んでいられないのも事実なのだ。僕はアカネの肩を掴んで少し引き剥がす。
「アカネ、今日は"君の番"じゃないだろう」
「っ……そ、そうでした」
ハッと我に返ったアカネは、名残惜しそうに僕の匂いを一通り嗅いで満足したのか、ベッドからスルリと抜け出た。
「悔しいですし、惜しいですけど。彼女たちを叱った分私もきっちりしないといけないですね」
アカネはペコリと一礼をして部屋から出ていく。
彼女の出て行ったこの部屋は今や僕一人。まだジンジンとする頭痛に顔をしかめてため息をまた吐いた。
協定、契約、鎖。好きなように言い換えることもできるソレは何故か彼女たちに好かれた僕と彼女たちの間で行われたもの。
彼女たちが僕を一人占めしないよう、けん制しあって生まれた契約であった。
僕はそれによって彼女たちとはこういう奇妙な関係を築き上げている。
少なくとも今は誰にも邪魔をされないゆったりとした時間で、平和な至福のひと時であることに間違いはない。
訪れた安寧を享受するように、僕は再び眠りに誘われていった。
次で主人公であるアハト君を、ヒロインである彼女たちがどう思ってみているかを書けたらいいなと思います