詠唱と召喚、そして女神
ソフィーさんが白狼族だと、改めて理解したのは今であった。獣人族特有の強い身体能力が僕を抱きしめると簡単に骨なんかは折れてしまう。
しかし今日の僕は一味違った。強化魔法を唱えてみればソフィーさんの殺傷性のある抱擁も一瞬で柔らかな抱擁に早変わりする。
いい香りまでしてきてずっと抱き合ってても良いくらいなのだけれどもそろそろ僕の召喚の順番が来るようなので離れてもらうことにする。
何よりグランマ先生の引き攣った表情と隣にいるリリーとヴィオラの呪い殺さんとするような鋭い目がザクザクと僕に突き刺さっているからだ。
「ほら、ソフィーさん。恥ずかしいから離れてって」
そういえば顔を真っ赤にしながら慌てて離れてくれるソフィーさんはいつの間にか床に落としていた杖を拾って恥ずかしそうにモジモジしている。
「ご、ごめんなさい! とっても嬉しくなっちゃって……」
僕が逆にお礼を言いたいくらいなのだが、これ以上ハーレムのメンバーからヘイトを溜めるとソフィーさんが明日には骨になって見つかってそうなので程々にしておく。
「ううん、いい使い魔と契約できてよかったね!」
「っ……うん!」
そこまで会話をしたことのない人だったけどこんなに可愛い仕草をしてくれる癒し系だったならもっと最初から話しておけばよかった。
そういえば僕は結構モテるらしいけどあんまり友達いないんだよね……
使い魔で呼べる相手は喋ったりできる相手がいいなぁ。
僕が呆けている間に召喚の儀式は次々と進んでおり、有名な魔物や魔獣、中には天使と契約を結んでいる者もいた。流石にハイレベルな魔法使い候補生が集まるだけあって召喚される使い魔も有名どころが多い。
炎の精霊であるサラマンダーや風の精霊であるシルフ、火竜と契約を結ぶ者もいた。
ではあまり実力のない男子たちはと言うと――
「え!? 天使様ですか!」
「アークスライム……冷たくてひんやりしてる……」
「この小鳥……もしかしてグリフォン……?」
女子たちに負けず劣らずのかなりいい使い魔を召喚しているらしい。魔力の少ない男が契約できる使い魔の数はさほど多くないが、男性優遇が使い魔たちのいる世界でも浸透しているのか、好条件で契約を結んでもらえているのをよく見る。
呼ばれる使い魔も相手を選ぶことが出来るらしく、男子の魔力はやはり人気なようだ。
これは僕も期待できるぞ!
ワクワクしながら召喚の順番が来た僕は殆ど召喚を終えたクラスのみんなから視線を集めつつ召喚の魔法陣の上に向かって歩いていく。
「アハト君ガンバって!」
「アハト様ー!」
おお、なんか人気だな僕。アーリがいつも睨んでいるから声が掛けづらかっただけなのかいつも以上に僕を応援してくれる人が多い。ヴィオラなんかは胸を必死に揺らして大きな声で僕のことを応援してくれている。
変に気恥ずかしい気持ちになりつつも魔法陣の上に立った僕はポケットの中に入っている魔石を取り出した。
グランマ先生やリリー、アカネは僕のいつもと違う行動に気が付いたようで僕の手に視線が集まっているのを感じた。
「ふぅ……」
深呼吸を一つ。
大きく息を吸いながら魔力を練り上げていくといつも以上に魔力の循環が早い。魔石の効果はすごいと感じつつも魔力をどんどん増やしていくと魔法陣が今までにないほどの光を放ち始めた。
「な……こんなに強力な反応、わらわは初めてみたぞ!」
「すごいよアハト!」
「なにこれ……」
三者三様の驚き方をしているのを後目に先生は一際大きな声を張り上げた。
「アハトさん! 聞いてください! 貴方は今から魔法陣の先に逆召喚されます! これだけ強い光を放つということはそれだけ強大な力を持つ存在です! 決して無礼な振る舞いをして怒らせるような真似をしないようお願いします!」
グランマ先生はお腹を揺らしながら必死に呼びかけてくる。僕はそれに強く頷くと召喚魔法の詠唱を始めた。
「我が呼びかけに答えよ!」
僕の口から出た詠唱は本来あるはずの詠唱とは全く違い詠唱。言い放った僕自身が目を丸くしているとグランマ先生が怒り出した。
「な、何をしているんですかっ! それは――」
先生がすべてを言い終える前に僕は閃光のような光に飲み込まれた。
光の粒子に飲まれてどこかに運ばれてる最中、僕は白い空間をぼうっと眺めて昔のことを思い出していた。
世界の違和感、異常。その時の僕は今のように吹っ切れていたわけでもなくただの幼い子供だった。
しかし僕のことを溺愛していた家族の教育と共に僕の頭には、誰かの奇妙な記憶が僕に流れ込んできていた。
そして僕は一つの答えにたどり着いた。
それはこの世界が――
「起きてください、美しい人の子よ」
するりと頭の中を通り過ぎる清らかで透明な声に僕の意識が引き戻される。
慌てて顔を起こそうとするとむにっとした何かにぶつかった。
「あら、結構積極的な方なのですか?」
僕の視界いっぱいには大きな胸が二つ。僕が柔らかい枕か何かだと思っていたのは太ももだったのだ。
今度は身体を横にずらして起き上がれば感じるのは大量の視線。
息も止まってしまいそうなほどに美しい女性や興味深そうに僕の事を見つめる女性たちの視線。それらを一身に受けた僕は緊張しながらも周囲を見渡す。
そして気づいた。ここってもしかして……
「ようこそ、神々の住まう世界――神界へ」
にっこりと笑顔を浮かべる女性――女神さまは僕の両手をぎゅっと握りしめた。
僕の周りにいる美しい女性たちは全員……女神様たち。
「そして貴方を呼んだのは私たちです。いきなりですが……契約をしましょうか?」
頭の中にある仕様書が消えたのでエタりました。
次回作にご期待ください(適当)




