召喚と魔法陣、そして白狼
僕はポケットの中にある紫色に光っているであろう魔石を手の中で転がしながら、だらしない笑みを浮かべてしまう。
シフォン先生があんなに錯乱するなんて初めて見たけど、ああいうのを落ち着かせるのはアーリも慣れてるだろう。なんだかんだ僕のことを守ってくれてるのだ。
シフォン先生は僕に魔法の使い方を教えてくれた先生で、僕の周りにいる魔法のスペシャリストでもある女の子たちの殆どは呼吸をするように魔法や魔力を使ったり、いわゆるフィーリングで魔法を使えたりするので参考になることは殆どないし、魔力の使い方を尋ねても曖昧な表現でしか返せなかったりするのだ。
そういう人たちと比べて、シフォン先生は魔法の研究をする中で魔力の使い方や魔法の行使における感覚や技術を上手く纏めており、教師という職業柄か人に教えるのが上手かったので色々教えてもらっていたというわけだった。
シフォン先生は結構情緒不安定な所があったから今回もそういうことなのかなぁとは思いつつもこの世界の女性は相当タフなので多分けろっと次の授業には出てくれていることだろう。
それよりも嬉しいのはこの魔石の方である。
魔力を込めれば強く紫色に光るこの魔石の効力は先ほど試しただけでも相当高いことが分かるもので、これを使えば僕も普通以上には魔法が使えるのだ。
そしてこの授業……召喚魔法の授業は今日、使い魔召喚を行う実習当日でクラスのみんながソワソワしている。
僕の前に立っている白く長い髪をたなびかせているソフィーさんは白狼の獣人なのだが、本来プライドの高い白狼族に対してソフィーさんは非常に憶病でいつもオドオドとしているのだが、今日はそれ以上に震えている。
「ソフィーさん?」
僕が声をかけるとビクッ! と身体を跳ね起こし、僕の方を慌てて振り向く。
「ひゃ! ひゃいっ!」
振り向いたソフィーさんは眼鏡を掛けており、顔の表情から色々と慌てているのが伝わってくる。僕は苦笑いを浮かべながら軽く会話を試みてみる。
「大丈夫ですか? 身体がガクガク震えてますけど……」
「だだだ、大丈夫、です! ちょっと緊張をしてまして……」
ちょっとどころじゃないと思うんだけど、と言う僕の心の声はソフィーさんに聞こえていないわけで、ソフィーさんは手に持った杖をぎゅっと握りしめている。
「わ、私……これでも白狼族の長の娘なんです。だから私がここで情けない姿を見せたり、弱い使い魔を召喚してしまったりしたら白狼族の顔に泥を塗ってしまうことになるんです……だから、その。緊張してしまって……」
ソフィーさんって結構いい所の出だったということを今初めて知った僕は何か気の利いたことを言えないものかと少し考えた。それを待たずして使い魔召喚の授業がついに始まってしまった。
「おはようございます。お昼まではもう少しですが、その前に楽しい使い魔召喚と行きましょう」
ふくよかな女性の先生――グランマ先生は地面に描かれた三つの魔法陣の中心に立った。
「この魔法陣の上で、前回の授業の時に教えた通りの召喚魔法の詠唱を行えば己の魔力に呼ばれて自身にもっとも相応しい使い魔候補が召喚されます」
「ただし! 召喚された存在が、あなたたちを契約主として相応しいと認めるかどうかは別の問題になります!」
グランマ先生は強い口調でそう言った。そして何人か気になる生徒がいるのか、生徒をぐるりと見渡した。
「己を契約主として認めさせる方法は時と場合、召喚された相手によっても違いますが己の命を扱うような契約をする際には特に気を付けること。召喚された存在が悪魔などの場合は強力な力を持っており、上手く扱えれば強い助けになりますが心が弱い者や言いくるめられてしまった者は悪魔の言いなりとして死ぬまで過ごすことになります」
「そういう存在を召喚してしまった場合は、穏便に済まして契約をせずに帰ってもらうようにすることも重要です。今回で召喚した相手だけが己と合う相手とは限らないのですから」
それだけ言うとグランマ先生は僕たちを三つの列に分けて順番に魔法陣の上に並ばせ始めた。
僕はリリーとヴィオラ、アカネが参加をしてないのを見た。彼女たちは各々ですでに契約をしていたりするようで今回の授業には参加する気はないようだ。グランマ先生の隣で立って僕の方を見て手を振っていたりする。
おそらくアーリがこの場にいても参加することはないだろうけれど僕はそれが少し残念だった。ソフィーさんは僕と同じ列に並んでいて、相も変わらずにブルブルと震えている。
「ソフィーさん」
今度の呼びかけには驚かなかったようでソフィーさんは耳をパタンと閉じて、眼鏡を抑えながら僕の方を向いた。その顔は緊張しきっていて痛々しい表情とも言えた。
「は、はい……」
「ソフィーさんはまだ緊張してるんだね?」
コクリとソフィーさんは頷いて――顔を俯かせた。持っていた杖も力なく握られている。
「その、アハトさんは怖くないんですか?」
「怖い?」
「もし恐ろしい魔獣や悪魔族が召喚されちゃったりしたら、命だって危ないかもしれないじゃないですか。逆に低位の魔物と契約してしまったなら他の方に笑われて過ごすことになるかもしれません」
「あー……」
そういう恐怖と言うのはあまり考えなかったなと改めて思う。僕は普通の人とは違う人生を送っているし、死に関して無頓着すぎるのだ。
だから今の僕ではソフィーさんの言う恐怖が理解できないし、恥と言うのも分からなくもないが僕は男だから女性社会とは違う所で過ごしているのであまりそういう事も分からないのだ。
当たり障りのない答えをするのが正解なのだろう。僕は笑顔を浮かべてソフィーさんを安心させるように言葉を選んで話すことにした。
「そう言われたら怖いかなって思うけど、そういうアクシデントを含めて人生かなって思うんだよね。別に召喚したからって必ず契約しないといけない決まりでもないし、気に入らないなら召喚した相手を送還しちゃえば契約もしなくていいしさ。それに――」
「それに?」
「ソフィーさんがいつも頑張ってるのは知ってるし、勘だけどソフィーさんが納得いく使い魔召喚が出来ると思うんだよね」
「アハト君が私を……」
ソフィーさんは暫くその言葉を噛みしめて、白い髪をかき上げた。吹っ切れた表情のソフィーさんにはすでに怯えた表情はなかった。
「ほら、ソフィーさん。君の番だよ」
僕が彼女の肩を叩けば、コクンと頷いて魔法陣の前に駆けていく。そして魔法陣の中心に立って詠唱を始めた。
「我が魔力を糧として召喚されよ!」
紫色の光に包まれて魔法陣から何かが這い出してきた。他の魔法陣から放たれていた光よりも大きいそれはソフィーさんの本来の実力を表しているようでもあった。
グランマ先生も大きな声で驚いていた。
「素晴らしいわ! ここまで大きいヒュドラを召喚できるなんて!」
すでに光は魔法陣に収まりきらないほど大きい光になっていて、召喚されたヒュドラと言う魔獣が姿を現していた。
気性の荒い魔獣の中でも特に危険で、高い知能と強大な魔力を持つ魔獣であるヒュドラは落ち着いてソフィーさんを見下ろしていた。
アムドゥスキア魔法学園に来る学生は他の魔法学園と比べてもレベルの高い生徒が多いという話であったけど、図鑑でしか見たことのないヒュドラを見ることが出来るなんてとても嬉しいことであった。
ソフィーさんは喜びの表情を浮かべてヒュドラと僕の方をチラチラ交互に見ている。自慢したいのか、喜びの共有でもしたいのか分からなかったが直ぐに表情を引き締めた。
ソフィーさんの性格の変わり様に驚いた他の生徒が不思議そうに見ているのが面白い。
「私に従いなさい! ヒュドラ!」
一瞬の沈黙後、きゅるきゅると音を立ててヒュドラの9つの首が静かに下がる。ソフィーさんは目の前に突き出された9つの頭の中でも特に大きい頭に恐る恐る触れると鈍い光と共に契約印が頭部に刻まれている。
「や……やった! 私やったよ! アハトさん!」
ソフィーさんが僕に向かって走ってくる。ヒュドラは結ばれた契約印を不思議そうに眺めた後に魔法陣の上からどこかに消えていった。
ソフィーさんは僕に抱き着くとささやかな胸が僕の頭部に思い切りぶつかる。むにっとした感触を確かめつつ僕は心の中で手をぎゅっと握りしめた。
また一人、女の子を救ってしまった……
さながら僕はヒーローのようだね。
昔の作品ってこういう使い魔召喚みたいなのいっぱいあった気がしましたけど今はないんですよね
自分は昔からこういう描写が好きでした。




