1. 恋なんて
「じゃ、号令」
教壇の上でチョークを置いて先生が言った。
「起立!」
学級委員の声が教室に響く。
「礼!」
「ありがとうございました」
椅子をひいて席に座ると鞄の中から弁当箱をひっぱりだした。料理上手なお母さんのお弁当は毎日の楽しみだ。
教室は皆の声で賑やかだ。わたしは今日も一人でもくもくとお弁当を食べる。だって、誰かと食べるために移動するのは面倒だもの。幸いにしてわたしの名字は飯田。出席番号順の席でいるときは窓側であることが多い。窓の外を眺めてぽかぽかと日の光を浴びて食べるご飯はおいしい。
「あの」
今朝のお母さんは嫌に機嫌がいいと思ったら、今日のお弁当に自信があったわけだ。時々混ざる母の自作メニュー。当たり外れが大きいけれど、面白いって許容できるレベル。
「あのー?」
うん、今日はおいしい。さすがわたしのお母さんだ。
「飯田さん?」
ん、わたしの名前が聞こえたみたいだ。
横を見るとふわふわと長い髪の女の子がたっている。ちっちゃい、ものすごく女の子らしい。
「えっと、だれ」
でもわたしの知り合いではない。
「あっ、私は渡部深花です。飯田あかりちゃん、だよね」
「うん。そう、わたしが飯田あかり」
「よかったら一緒にお弁当食べない? 聞きたいことがあるの」
「いいよ」
とは言ったものの。あまり気が進まない。わたしの至福の時間なのに。でもそんな気持ちは次の言葉でどこかへ消えた。
「山下秋くんって、どんな人?同じ中学だったんだよね?」
秋くんファン!
「そうだよ。んーと、なにがききたい?」
いたんだ、そんな健気な子。やだ、ものすごくかわいく見えてきた。
「えっと、趣味とかかな」
趣味か、なんだろう。あまり詳しくないんだよな。
「部活はバレー部だったよ」
「バレー部。上手いの?」
「見たことはないかな」
「そう…ほかには?」
「好きな科目は社会。特に歴史」
「へぇ、そうなの。私はちょっと苦手かも」
「何が得意なの?」
「理科。物理が好きなの」
「物理か。面白いよね」
「わかってくれる?飯田さんって良い人ね」
「あかりでいいよ」
「じゃあ、あかりちゃんで」
「ほい」
「私も深花って、呼んでもらえたら」
「深花ちゃん」
「嬉しい」
「そう?いくらでも呼んじゃうよ」
「うふふ。ありがとう」
「ねぇ、秋のこと好きなの」
「う、ん」
照れたように笑う深花ちゃんはとても可愛かった。
「席が、隣でね。かっこいいなって。身長も高くって、すごいなって」
「そっか」
「あかりちゃんはどう思ってるの?」
「秋のこと?」
「そう」
「ライバルかな」
「ライバル?」
「そ、ライバル。良い友達だよ」
その日から昼休みは深花ちゃんとお弁当を食べる時間になった。秋のどこがどういいかとか聞き飽きるぐらい聞かされた。
ある日は渡り廊下の椅子に座って体育館に向かう秋の姿を見てる深花ちゃんがいじらしくって、思いっきり秋に叫んだこともあったっけ。となりで照れてる深花ちゃん、可愛かった。
まあ、まさかあの秋が一目ぼれされるとは。人生よくわからないものですね、って感じだ。
恋なんて、まだまだ先の話だと思ってた。親友の結は中学の頃から彼氏がいたけど。わたしはそんなこともなかったし。ましてや秋が誰かに愛されるなんて、考えてもみなかった。好きという気持ちは、わたしにはまだ遠い。
深花ちゃんは体育祭で告白すると言った。女の子なのに勇気があると思う。体育祭は1ヶ月後。そこまで深花ちゃんは秋を好きでい続けられるのかな。見ているだけでとても面白い。