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たとえ花火と散ろうとも

掲載日:2017/12/09

「へぇ、団扇の番号ねぇ」


 文化祭当日の朝、生徒会の企画として配られたオリジナルの団扇には、小さな白いシールが貼られていた。そしてそこには、【115】と、数字が書かれている。


「なあ酒井、お前何番?」


「115」


「俺248だった。見つけたら教えてくれよな」


「おっけ」


 そう言って彼は別の生徒の所に走っていく。また番号を聞いているのだろう。彼の名前はたしか、小林だったか、大林だったか。

 彼のことは良く知らないが、クラスメートで、色恋沙汰の噂の絶えない人物だったと記憶している。いや、それは長瀬だったか。


 この学校には、とあるジンクスがある。

 実は、今さっき配られた団扇の番号、校内にもう一人同じ番号の生徒がいるのだ。配られる番号は完全にランダムのため、誰が同じ番号なのかは全く分からない。先輩かもしれないし、後輩かもしれない。

 しかしこのイベントにはあるジンクスがあるのだ。


【団扇の番号が同じになった男女は必ず結ばれる】


 このイベントを盛り上げる為のデマに過ぎないのだろうが、随分昔からある噂らしく、すっかり定着している。

 しかし600人を越える生徒の在籍するこの学校でパートナーを見つけるのは困難を極める。SNSを使って見つけるのはルール違反だそうで、去年はあちこち走り回っている連中もいた。中林だか林田だかもそれに当てはまる。今の彼を見るに、去年は見つからなかったようだ。


 そもそも、このイベントには大きな欠点があるのを、生徒会はおそらく把握していない。

 相手を探す気のない生徒もいるということだ。そう、俺のように。


◇◇◇


 大盛況につきクラス展示のヘルプが入ったのはお昼を少し過ぎた頃だった。


 我がクラスの展示は男装カフェ。女子達はタキシードやらチャラ男やらのコスプレをして接客をする。男子は裏方としてひたすらカレーを温め続ける。カレーが焦げないように混ぜているだけなら仕事の量はさほどでもないが、ご飯を紙皿に盛る、カレーを盛る、受け渡しゾーンに置く、というのが想定よりも時間がかかるようだ。


 俺の当番は1時半からの予定だったが、来る予定の人が一人来られなくなったということで、シフト調整が行われたようだ。そして今の時間暇そうな俺に白羽の矢が立った、と予想した。


「酒井君ごめん! ほんっとごめん。別の人が急遽入ってくれることになったの。また、1時半によろしくお願いします。ほんと、ごめんね」


 呼ばれたからわざわざ来たというのに、なるほど用済みという訳か。致し方ない、戻るとしよう。我が聖地、図書館へ。


 文化祭中も図書館が開いていて良かった。午前中は栞作りなどのイベントをやっていて少々騒がしかったが、それが終了して以降、図書館には、司書の先生と、図書委員の女子生徒、それから俺しかいなくなっていた。


 文化祭の時期とはいえまだ暑い。開け放たれた窓を通して、廊下や中庭から流れ込む喧噪が、蔵書に染みていくようだ。


 本棚を眺めて、背表紙に書かれているタイトルを見て、本を選ぶ。ああ、至福の時。


「あれ、酒井君?」


 そんな時間を邪魔した図書委員が、幾つか本を抱えて側にいた。

 俺の名前を知っている、ということは知り合いか? 見たことが無い気がしない訳でもない、が。


「えっと」


「あ、ごめんね。私、三島 知佳。一応クラスメートなんだけど、知ってた?」


 そんな名前だったか。


「すまん」


「あはは。いいのいいの。私あんまり男の子と話せないし。それより、酒井君は? 休憩?」


 俺が図書館に来るのを休憩だとは、失礼じゃないか。他の展示やら屋台を見に行こうと思わないだけだ。

 よかろう。事の次第を説明しようじゃないか。


「あ、ごめん、それ、たぶん私だ……」


「委員の仕事か。次の番の奴はどこへ行った」


「わかんない」


 わかったら探しに行くか、普通。

 しかし今、俺の頭に名案が降りてきた。セレンディピティというやつだろうか。


「なんなら、変わってやろうか」


「え、酒井君が? 委員の仕事を?」


「その間他のクラス展示を見て回ればいい。1時半から俺の当番だから、それまでにここに戻ってきてくれればいい。その間に失踪中の委員が戻れば万々歳、お前はクラス展示を見て回れる、俺は静かに読書ができる、どうだ」


「え、あ、いいの、かな」


 司書室の方から、いいわよーと声が聞こえた。まあ、この静かな図書館で、2人っきりで話をしているのだから聞こえていてもおかしくないか。


「じゃ、じゃあ、お願いしよっかな。一応、貸し出しと返却の方法だけ教えておくね」


 そう行ってカウンターに案内され、あれやこれやと説明を受ける。

 これで後は夕日でも射していれば、青春の1コマになるのかもしれないが、そんなものとは無縁だ。三島も俺とでは可哀想だろう。


「ちーかー!いるー!?」


 丁度説明が終わったか、というところで、入り口の方から声がした。


「わっ、沙也加ちゃん、ここ、図書館。しーっ」


「あ、ごめんごめん」


 三島の友人だろうか。同じクラスでは無かった気がするが。


「ごめんね、約束してたのに」


「いやいや、うち今からまわるとこだから」


「ほんと! 私もこれからまわれそうなの!」


 三島は一旦俺の所まで戻って来ると、あとお願いね、と言って、笑顔を浮かべた。ああ、こういう生徒の為に文化祭は存在する。俺みたいなやつはこうして縁の下で骨を折っていればよいのだ。


 2人は仲良く図書館を出て行く。


「それでさー、うちの彼氏の番号がさー……」


 沙也加という友達は声がでかい。こちらまでまる聞こえだ。

 そういえば、番号、聞いておけば良かったか。


◇◇◇


 1時をまわったところで、本来の当番であろう委員が帰ってきた。

 事情を説明し、そこでバトンタッチ、俺は自分のクラスに戻り、今、カレーを温めている。


「酒井」


「なんだ」


 もう一人のカレー係は、館林だったか林林だったか、ともかくそいつだった。


「番号、いたか?」


「いや」


「もしかしてお前、クラスの番号くらいなら全員把握してあったりするのか」


「あったりまえよ」


 その労力に乾杯。


「もしかして、三島の番号ってわかったりするか?」


「好きなのか」


 そうじゃない、単純に気になるのだ。


「違う」


「まあいいか。三島はたしか、478だったかな」


「暗記しているのか」


「あったりまえよ」


 乾杯。


 残念か、と聞かれれば、何が? と答えるが、少し残念なような気持ちが渦巻いているのに気がつくのにそこまで時間はかからなかった。具体的に言うなら、カレーを一皿盛り終えないくらいの時間しかかかっていない。


 もっと話してみたい、そう思ったのは嘘ではない。林部だか竹林だかの言っていた、好きなのか、という台詞が忘れられない。

 好き、なのか。


 カレーの在庫切れ、ということで男装カフェは2時半を以て閉店した。ひとまず解散。全体でのイベントは残すところ、ファイアーストームと花火のみだ。


 図書館に戻り、本を手に取る。

 タイトルは【春の雪】。ああ、なんてものを手にとってしまったか。最初自分の気持ちに素直になれなかった主人公は、その思いを告げられなかったが故に、やがて悲恋へと進んでしまう少し悲しい物語。それはまさに春の雪なのだけれど。


 最後のページ、をめくり、乾いた音が頭の中に余韻を残す。


 その時だった。窓の外で、閃光とともに爆発音が聞こえた。

 突然現実世界に連れ戻されたような感覚になり、足下がもたついた。


「わっ、危ない!」


 天井が正面に見える。ああ、イスごと後ろに倒れたのか。


「大丈夫?」


 聞いたことのある声だ。


「ふふっ、酒井君、驚きすぎだよ」


 俺の顔を覗き込んでいるのは三島だった。


「いたなら声をかけてくれればよかったのに」


「なんか集中してるみたいだったから、つい。それに、面白いものも見れたし」


「冗談じゃない」


 俺は若干変な体制になりながらも起きあがると、首のストレッチをした。長時間本を読んでいるとどうしても首と肩が凝る。


「それより、三島はこんなところにいていいのか?」


「うん。ファイアーストームの周り、あっついし、カップルばっかりだし。ここなら静かだし、花火もよく見えるから」


「そうか」


 花火が終わった後、体育館に集合して、閉祭式となる。これが、実質のグランドフィナーレ。

 三島は窓越しに花火を見ている。

 三島は今、どんな気持ちで花火を見ているのだろうか。俺はそれが知りたいのかもしれない。


「な、なあ、三島」


「なあに、酒井君」


「番号、何番だった」


「知りたい?」


 本当は、もう知っているのだけど。


「まあ、それなりに」


 三島は笑顔を浮かべて言った。


「478だよ」


「……そうか」


「最初はね」


「最初?」


「うん。沙也加ちゃんの彼氏が478番でね、沙也加ちゃんに、私のと交換してーって言われたの」


 それはルール的にいいのだろうか。まあ、何にせよ暗黙の了解でしかないから、いいのかもしれないが。


「だからね、今の私の番号は115。いい子の番号だよ。酒井君は?」


 団扇はロッカーに置いてきた。今、俺の番号は115であることを証明する物は何もない。念のため写真でも撮っておけばよかったか。

 数字三つを言うだけの事がこんなにも精神力を使うとは思っていなかった。

 春の雪でも、夏の蝉でも、あの花火のようだっていい。伝えなくちゃ、始まらないんだ。


「俺の、番号は……っ!」

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