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始まりは雨の日に 2

 街の中心から十分ほど北に歩くと、古い宿を改築した二階建ての建物が見える。きみやすの所属する自警団『ONE OR EIGHT』の拠点兼宿舎だ。


 割れた窓ガラスの代わりに木の板をはめ込んであったり、外壁の柱にツタが伸びていたりとお世辞にも立派な外観とは言えない。それでも、色とりどりの花が並んでいる入り口前の花壇は、雨の降っている夕方の今も変わらず可愛く見える。


 もしなにもなければ、きみやすはいつも通りぬれた靴のまま中に入り、掃除担当のメンバーに怒られたことだろう。


 しかし今日は様子が違う。


 誰かが口論しているようだ。


「――だから……じゃ………す」


「ふざ………誰が…たち……なるかよ」


「……しかし……あなたの………――」


 くぐもっていてとぎれとぎれだが、その話し声の一つは露店での会話に出てきたリーダーのソフィのものだ。


 ――いま入ったらまずいかな。


 扉に伸ばしかけた手を止める。


 何が起きているのか気になり、板のすき間から灯りの漏れる窓の近くにそっと寄って耳を澄ます。


 最初に聞こえてきたのは、ソフィの低くハスキーな声だった。だいぶ語尾に力が入っている。


「――何度言ったらわかるんだ。俺たちはこの街の自警団だぞ? そうやすやすと出ていけるわけないだろ」


 ――これはかなり怒って……にしても出て行くってどういうことだろう……。


 野菜の入った麻袋が雨に当たらない様に両手で抱え、体が軒下に入るように身を寄せる。


 しばらく間があった後、比較的若い声がソフィにこたえた。


「確かにソフィさんのお気持ちは分かりますが、これは我が国の……未来を左右する問題なんです」

 

 言葉を選んで話している中に、ところどころ焦りが見える。どうやらソフィが話している相手は自警団のメンバーではないようだ。


「だろうな」


「それを理解して下さってるのなら! このまま放っておけば国民にも、もちろんこの街にも悪影響を及ぼします。……それはソフィさんがいちばんご存知なのではないですか?」

 

 板のすき間からそっと中の様子をうかがう。赤い長髪を頭の後ろでくくっているのがソフィだ。眉間のしわと顎髭のせいで五十代近くに見えるが、実際は十九のきみやすと十も変わらない。いつにもまして不機嫌そうだ。どっかりと椅子に座っている。


 厚みのある一枚板のテーブルをはさんでソフィに睨みつけられているのは、黒い軍服の上に黒のマント、テーブルの上には白い軍帽といかにも階級の高そうな男だった。歳はソフィより少し若いくらいだろう。後ろには部下らしき二人組が背筋を伸ばして立っている。両手で胸の前にぴたりとかまえているマスケット銃が物騒だ。


 きみやすは彼らに覚えがあった。最近警備と称してこの街を巡回しているこの国の兵士だ。人数がそう多くなかったので全員の特徴を覚えるのも簡単で、今ソフィと話しているのはおそらく、部隊の指揮官として動いていた人だろう。


 それにしても――。


 国の兵士は平民より地位が高い。例えるならば、どれほど国の発展に貢献した学者でも、命をかけて国を守る兵士よりいい待遇は望めないというのが、この国に代々続く暗黙の了解になってる。そのように優遇される立場上、中には羽目をはずす兵士もいるが、それが上層部に露見すれば規律を乱すものとしてすぐに兵役から外されるため、そのようなことはめったにない。

 

 だからこそ、一国の指揮官がたかだか小さな街の自警団の顔色をうかがっているのがきみやすにとって不思議だった。正確には自警団のリーダーだが、それでも常識的にはソフィの方が敬語を使うべきだろう。


 その普通にはみえない態度をそのままに、ソフィがまた口を開く。


「国の未来がかかわっているなら余計に国属の軍が対応すべきなんじゃないか?」


「っ……しかし!」


「それに、俺みたいにどこの馬の骨かも分からない様なやつに任せるようなことじゃないだろう。国民が黙ってないと思うぞ」


 冷たく言い放ったソフィを前に、指揮官はとんでもないと首を横に振る。


「どこぞの馬の骨なんてそんな……ソフィさんは私たちの先輩じゃないですか!」


 気になる言い方だ。さえぎるようにソフィが口を挟む。


「お前たちみたいな後輩なんぞ持ったことないね」


「そ、それでも、私たちは知ってます! 我が国の歴史上最も激しかったと言われる、八年前の――」


 食い下がる指揮官だったが――それが裏目に出たようだ。


「だまれ」


 突然、ソフィの口調が変わった。


 その迫力に押し黙る指揮官。後ろの二人も顔がひきつったように見えた。


「……いいか、それ以上言ったら五臓六腑のどこかを失うと思え」


 目の前の険しい表情から、もう何を言っても無駄だと分かったのだろう。


 指揮官は苦い表情で謝り、軍帽を握り締めてたちあがった。マスケット銃をもっている二人の部下も無言で敬礼をする。


 そして去り際にもう一度振り返り、もしお気持ちに変化がありましたら――と言葉を濁して、指揮官とその部下は外に出て行った。

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