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仮面=ラヴァー  作者: 三ノ月
〈道化=ピエロ〉
9/38

009.



 通話を終え、一つの電話番号をそっと連絡先に登録する。

 表示される『鉄輪』の文字。思えば僕は、彼女の連絡先を知らなかった。

 ……留針部長は、僕にどうして欲しいのだろう。

 手渡されたメモに記されていたのは、鉄輪の携帯番号。居場所は彼女が知っている、というから女子なのだろうとは思ったけれど、まさか鉄輪のだとは思わなかった。

「……いいや、あの場面で鉄輪以外は有り得ないか」

 そう思ったからこそ、僕は臆することなく電話をかけた。

 ――さて。

 居場所はわかった。どうして鉄輪が知っているのか、どうして鉄輪が知っていることを留針部長が知っているのか。……本当にそこに、鍵山さんはいるのか。疑問は山ほどあり、尽きることはない。

 それらを解消するために、僕は行く。

 そこに、どんな仮面があろうとも、僕はそれを暴いてやるのだ。

 踏み出した足。ゆっくりと一歩ずつ、しかしてそれは、段々と早足になり、次第に駆け足となった。

 空は朱色に染まっている。まるであの日のように。

 人が空から落ちるのを見た。沈みかけの夕日が印象的だった。有り得ない、非現実的だと謳いながら、事件は本当に在ったと主張し続けた。そしているかどうかもわからぬ悪魔を探し、挫折した。

 そう、一度は諦めたのだ。

 だというのに僕はまた、走り始めている。今度は責任逃れのためでもなんでもない、ただ真実を知るために。

「隠された何かがあるのなら、それを暴きたいと思う。……普通だ。普通で、普通で、普通で、普通で、普通で、普通で、普通で、普通で――なんて歪な、人間のさが

 隠しているのには理由がある。その理由を考慮せず、ただ無遠慮に隠し事を暴く。その行為は酷く外道で、しかしどこまでも人間らしい。

 その外道こそが人間なのだろう。その外道を隠すために、『普通』という名の仮面を被るのだろう。

 それこそが、僕が追い求めた『普通』で。周囲と同じでありたいという願いの真実で。

 違う。僕はそんな上っ面だけの『普通』なんていらない。

 だからこそ僕は、仮面の下にある外道を覗く。

 ――覚悟はあるか? 鉄輪はそう問うた。

 きっと、外道を覗くというのはおぞましいことなのだろう。見ていられなくて、目を逸らしたくなって、蓋をしてしまう。

「違う」

 そんな外道を受け入れられない世界は、

「……違う」

 『異常』な『普通』を押し付けてくる世界は、

「……――違う!!」

 そんなものは、〝普通〟じゃない!!

 僕はこれから、彼女の〝普通すがお〟を知る。


 ◆


「よ」

 街灯の下、鉄輪は右手を上げて僕の到着を出迎えた。

 悪いが、僕はそれに返すだけの気力がない。

 焦る気持ち、逸る気持ち。どう言ってもいいが、要するに僕は急ぎすぎた。自分の体力の無さを無視し、学校からここまで全力疾走してきたのだ。息も絶え絶え、肺はすっかり冷え切っている。

 酸素が、酸素が欲しい。

「いきなりグロッキーだな、おい」

「ぜはっ、はぁ……!」

 仕方ないだろう。考え事をしていたのもあって、自分がどれだけ無茶をしていたのか、自分ですら理解していなかったのだから。

「とりあえず呼吸くらい整えろ。それじゃカッコつかないだろ。――これから、真実を暴きに行くのにさ」

 ……ああ、そうだ。もう真実は、目の前にあるのだ。

 あの日から必死に探し続けた真相が、ここに。

 ――目の前に聳え立つは、平凡な一軒家。表札があり、インターホンがあり、鉄柵があり、それを開けば石畳があり、そして玄関がある。

「……どの部屋も、電気点いてないな」

 街灯が点く時間帯だ。電気を点けなくては暗いだろうに、その家に明かりは見当たらない。

「でも、ここで間違いないんだよな」

「ああ、間違いないよ。ここに、鍵山柚月はいる」

 鉄柵を開け、石畳の上を歩く。玄関まで辿り着き、そのドアに手をかけ――開いた。

 鍵がかかっていないのは好都合だが、それはまるで、僕らを招き入れているかのようで少しだけ不気味だった。


 ――ゴッ、ぶちゅ、ゴッ、べちゃ。


 玄関のドアを開け、まず耳に飛び込んできたのはそんな音。何かを殴るような、そして何かが潰れるような音。

 まるで、人の身体に何度も何度も鈍器を振り下ろしているかのような。

「二階からだ……!」

 階段を一段飛ばしで駆け上がり、音源である部屋に辿り着く。

 その扉、ドアノブに手をかけ、


「……覚悟は、ある?」


 鉄輪の問いかけに、一度その手を止める。

「なあ、」

 僕は振り返らず、

「――くどいよ」

 ドアを、開け放った。


 ◆


 初めて出会ったのは、小学校の時。

 少しばかり可愛いから、と虐められ、いっそのことこの顔をずたずたに引き裂いてやろうかと思っていた時期があった。

 小学生女児の手には余る大きなカッター。その刃を三枚分ほど出し、頬に当て――ひと思いに引いた。

 ぷつり。血の珠が浮かぶ。

 痛みは一瞬遅れてやってきて、数秒後には後悔した。

 痛い、痛い痛い痛い!

 どうしてこんなことをしてしまったのだろう。傷に沿って浮かぶだけだった血の珠は筋となり、溢れ、ぽたり、ぽたりと零れ出す。

 拭っても拭っても赤は消えてなくならない。頬を濡らす鮮血は、端整な顔を歪めるのに一役どころか二役も三役も買っている。

 ……そうだ、もっと血で濡らせ。可愛いからと虐められるのであれば、醜くなれ。

 血に濡れる顔は可愛いか? 自らの顔を傷つける自分は可愛いか?

 そんなわけがない。この顔は可愛くない。

 さあ、血でできた仮面を被れ。他者が可愛いと羨むこの顔を隠す、鮮血の仮面を被れ。

 流れる血を、両手で顔全体に塗りたくる。

 ……目には、大粒の涙が浮かんでいた。

 次の日から、その傷を隠すためにマスクをつけて学校へ行った。それ以降も何度か虐めには遭ったが、諦め切った態度に飽きたのか虐めの頻度は減って行った。

 やがて残ったのは頬の傷と、それを覆い隠すマスクだけだった。

 ようやく、ようやくだ。念願の時を迎えることができた。

 虐められなくなり、周囲の関心も消えてなくなった。今まさに、自由を手にしている。

 そう思ったのに、やはりマスクは手放せない。傷を隠したいというのもあるし、傷があっても可愛いと、また虐められる可能性があったからだ。

 もうしばらくは。せめて小学校を卒業するまでは、マスクを手放さずに生きよう。

 ――そう思っていたのに、その手はいきなり仮面を剥ぎ取った。

「ねえ、いつもマスクつけてるのはなんで? ずっと風邪引いてるの?」

 そんなわけがないだろう。鬱陶しくも話しかけてきたのは、隣のクラスの『ゆうちゃん』――友達も多く、人気者であった。

 住む世界が違う。それを即座に理解したからか、そうやって距離を詰めてくるゆうちゃんに対し友好的にはなれなかった。

「ねえねえ、ずっとマスクつけてていずくない?」

「……別に」

 いったいなぜ話しかけてくるのか。新手の虐めだろうか?

 ああ、鬱陶しい。

「いつもいつもいつもいつも……話しかけられたくないっての、わからないの?」

 マスクのことだって触れて欲しくない。誰よりも目立つゆうちゃんに話しかけられたくない。折角自由を、平和を手に入れたのに、ゆうちゃんのせいでまた自分が目立ってしまう。

 ……だというのに、この女は、


「せっかく可愛いのに、マスクで隠すなんてもったいないじゃん」


 ……この女は、無遠慮にもそう言った。

「ふざ、っけないでよ……!! 何のために今まで虐められてきたと思ってるの!? この顔だから、みんなが嫉妬するような顔してるから!! その顔をズタズタにしちゃって! 隠して! ……ようやく、静かな時間を手に入れたんだから、それを邪魔しないでよ!!」

 我慢が効かなくなり、気付けば爆発した怒りに身を任せ叫んでいた。

「……ずたずた?」

「そうだよ、ズタズタにしたんだよ! ……――あ、」

 隠していた傷のことを、自らの言葉で晒してしまった。

「見せて」

「あ、いや……」

「そのマスクの下、見せて」

 ゆうちゃんがにじり寄ってくる。嫌だ、来ないで。それ以上、近づくな。

 見られたくない。

 見られたくない……、見られたくない――!

「やめて……っ」

 言葉は聞き遂げられず。ゆうちゃんは、マスクを剥ぎ取ってしまった。

 顕わになる頬の傷。もう塞がっているとはいえ、そこには白い筋が――、

「……なんだ、綺麗じゃない」

「――――え?」

 きれ、い?

 そんなはずがない。毎朝鏡を見て、頬の傷が消えていないことを確認しているのだ。綺麗なはずが、そんなはずが。

「たぶん、気にしすぎなんだと思う。パッと見じゃ目立たないよ? ……自分が可愛い顔してるって、自分でわかってるんだからさ、もっと自信持とうよ」

 ……自信? この顔のせいで虐められていたのに。そんな顔に、どんな自信を持てというのだ。傷をつけるくらいに嫌っていた顔なのに、どうしてそんな顔を。



「あたしが好きだから。……あなたの顔、あたしは、好きだから」



 ……――は?

 耳を疑った。

「やっぱり可愛い顔してるよね。ちょっと妬いちゃうくらい。虐められてたって言ってたけど、少しだけ、虐めちゃった人たちの気持ちもわかっちゃうな」

 なんだ、この感情は。

 なんなのだ、この感情は。

 無遠慮な態度が鬱陶しい。人気者のくせに日陰者である自分に絡んでくるのが憎い。常にマイナスな感情しか無かったのに、不意に、小さな感情の種が芽吹いた。

「……何が、可愛い、なの」

 たまらなく惨めだ。憎く、憎く、憎いだけの存在だったのに、たった一言でそれらの感情を上塗りする感情が芽生えてしまった、自分の安直さが。

 消えてしまいたい。消してしまいたい。

 こんなに惨めな気持ちを味わったのは初めてだ。虐められていた時でさえ、こうはならなかった。

 ――ゆうちゃんに、惚れてしまった。

 これだけ苛立つ相手に、これだけ胸糞の悪い相手に、これだけ殺意が芽生える相手に。

 それからゆうちゃんと、長い時間を共に過ごすことになる。

 初めは隠しきれなかったドロドロの感情も、成長するに連れ上手く隠せるようになり、大人になったという自覚が生まれ始めた。

 頬の傷もほとんど癒え、少し化粧をすれば隠せるほどである。

 殺意と、愛。それらは少しずつ、少しずつ肥大化していき、普通ならば両立し得ない相反する二つの感情を抱えながら生きることになった〈道化〉。



 ウチ(ヽヽ)は、この二つの感情を隠すために〈道化()〉の仮面を被った。



「――きっと、好きになってなきゃ、殺意もここまで膨らまなかったと思うっす」


 ◆


 振り下ろすのは、砂の詰められたストッキング。勢いをつけて殴れば、人を殺すことのできる凶器だ。

 その被害者は、床に組み伏せられ、ただ殴られるがままになっている。

 ……そもそも、それ以外のことができない。

 なぜならば、彼女が殺しているのは、


「――人形」


 動かず、物言わぬ、そんな人形だったから。

「これまで、膨れ上がった殺意を、こうして人形にぶつけて来たっす。何度も何度も殺して、血まみれにして、それでようやく衝動が収まって……でも、最近になってそれが収まらなくなったんすよ」

 喋りながらも、ゴッ、ゴッ、とストッキングは振り下ろされる。たまにべちゃ、ぐちゅ、と変な音が鳴る。

 人形を見れば、彼女の言葉通り、確かに血まみれになっていた。鉄輪はそれを見て、

「血糊、か」

「はは、正解っす。……この人形、昔作ってもらったんすけど。皮膚の下に血糊パックが入ってるんすよ。ある程度殴れば潰れるようになってて、よりリアルに殺してる感覚を味わえて。……ホント、ウチにぴったりっす」

 ゴッ、ぐちゅり、ゴッ、ずちゃあ。

「もしかして、あの日僕が見たのって……」

「はい、この人形っすよ。……誰もいなくなった教室で、この人形をゆうちゃん(ヽヽヽヽヽ)の席に座らせてから、何度も殺して。その際に、窓際に追いやって首を絞めてたんす。……そしたら、間違って落としちゃって」

 では、僕と同じ光景を見たというのは、

「嘘っす。……あいや、人形が落ちるのを見た、っていうなら、嘘じゃないっすけど」

 鉄輪は、この嘘に気付いていた。それはなぜか。

「ん? ……ああ、だって不自然だろ。人間大の何かが窓の外を落ちて行ったら、普通は覗くよな。アンタがしたみたいに。鍵山が同じ光景を見たってんなら、下の階にいたアンタの姿が見えていたはずだ。でも、鍵山はそれを言わなかった」

「マズったって思ったっすよ。まさか見られるなんて、って。下の階にいた先輩が帰ったのを確認して、人形を一旦隠して。次の日にどこまで見たのかを確認するべく、二年生の教室の近くを回ったっす。そしたら……先輩、馬鹿正直に聞いて回ってるんすもん。ああ、こりゃほとんど見てないな、ってわかったっす。だから、ウチも何も知らないフリをして近づいた。……先輩とは初対面だ。そうでなければおかしいから」

 僕のことは見てもいないし知らなかった。そうでなければおかしいから。だというのに、僕のことを知らないことこそがおかしいなどと、どうすればそんな発想が出てくるのだ、鉄輪。

「近づいて、それとなく諭して、事件なんて無かった。それで終わらせようと思っていたのに……これで関係は切れたと。そう思ったから、いなくなろうとしたのに……どうして、探しに来ちゃうんすかね、ホント」

 それは、きみの友達が縋り付いてきたから。

 そして、僕自身が、真相を知らねば満足できなかったから。

「先輩は――なんで、ここにいるんすか」

 振り下ろす手を止め、鍵山さんは振り向いた。その目は涙で溢れていて、酷く歪んでいて、どんなピエロの化粧よりも、滑稽に映る。

 そんな彼女に僕は、



「僕は、きみの仮面を剥ぎに来た」



 外道を覗く、覚悟を告げた。






どうしても推理シーンが上手く書けないのです。これで全力なのです。お許しください。












でもまあ、本題は推理じゃなくて〈恋愛〉だし問題ないよネ!

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