表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面=ラヴァー  作者: 三ノ月
〈道化=ピエロ〉
7/38

007.



「鉄輪……」

「うくくっ……え、なに?」

「きみ、最高に最悪な趣味してるな」

「はっ!?」

 唐突な罵倒に、ニヤニヤとした笑みが一瞬で引っ込んだ。コロコロと表情を変える鉄輪。面白い。

 しかし、これまでに、ここまで多彩な表情を見せたことがあっただろうか。僕の記憶だと、そのほとんどが仏頂面か嫌そうな顔なのだが。

「あらあら、最悪な趣味などと……いいえ、確かにわたしは、否定できない趣味を持っていますけれど。あなた方は仲が良いようで、妬けてしまいますね」

「……親友らしい留針さんには、敵わないと思いますけど」

 何より、鉄輪とは精々が友達止まりなのだ。二度もフられている僕が、いくら仲が良くたってそれ以上にはなり得ない。

「それで、この人に会わせて、鉄輪は何がしたいんだ?」

 正直、もう一秒たりとてこの空間にいたくない。不気味な絵の数々も、その絵を描いている本人も、何もかもが僕をおかしくさせそうだ。

 だから、「何も? 会ってもらうだけ」という鉄輪の発言は、僕を非常に脱力させた。

「……はあ? 留針さんと会って、それで終わり?」

「はて。いーちゃんは彼に、なんと言ってここに連れてきたのですか?」

「うん? 会わせたい人がいる、って」

 それを聞いた留針さんは、頭痛でもするのかこめかみに手を当て、

「……この子が説明不足で申し訳ありません。ですが本当にその通り、この子はわたしに会わせる為だけに、あなた方を連れてきたのです。わざわざ何日も前から準備していたのですよ?」

「……僕と、留針さんを会わせるためだけに、何日も前から?」

「ええ、何日も前から」

 今度は僕がこめかみを押さえる番だった。

 真剣な表情をして「付き合って」などと言うから、どんな大層な用事なのかと思えば。一瞬でもときめいた自分が馬鹿らしい。

「ちなみに、鍵山さんにも同じ説明を?」

「ううん、そっちの子はそもそも何も説明してない。急遽連れてくることになったから」

 留針さんが再度こめかみを押さえた。

 ……なんだろう、この空間。

「さて、それじゃあ用は済んだし、帰ろうか」

「え、マジでこれで終わりなの?」

 変な汗を流し始めた僕、申し訳なさそうな雰囲気をかもし出す仮面の留針さん、そしてそれらを気にした様子も無く帰ろうとする鉄輪。

 さらにはそんな僕らを放り、アトリエ内にある絵を物色する鍵山さん。もう全てがカオス。

 気付けば、最初に感じていた居心地の悪さは吹き飛んでしまっていた。

 それに、話していてわかったことだが、留針さんは、マトモだ。少なくとも、中身はかなり常識人だ。常識という名の仮面を剥げなどと言っていたが、それを言えるのは、彼女に常識が伴っている証拠である。

 なぜ仮面を被っているのか、不気味な絵を描いているのか。それらは謎のままだが、取って食われやしないだろう。

 そうとわかれば、急いでここを出る理由も無くなった。

「何してんだよ、とっとと帰るぞ」

 鉄輪はすでに帰る気満々らしいが、僕はそんな彼女に取り合わず、

「すみません、もう少しここにいても良いですか?」

「え、ちょっと?」

「ええ、もちろん。わたしも、久々に初対面の方にいらして頂いて舞い上がっておりますので、どうぞごゆるりと。気の向くまま、満足するまでお話いたしましょう?」

「あ、ウチも絵とか見てて良いっすか?」

「わたしなんかの拙い絵でよろしければ存分に」

 そうしてどんどんと居座る流れが生まれつつあった。帰ろうとドアノブに手をかけていた鉄輪は、すごく悔しそうな表情で固まっている。

「……何してるんだ? 帰るんだろ?」

「うるさい、私も残る。というか、初対面のアンタらを残して親友である私が帰れるか」

 そして手頃な椅子に腰掛け、鞄の中から文庫本――ではなく、分厚いハードカバーを取り出し読み始めた。

「まあ、拗ねちゃって」

 口(にあたる場所)に手を当て、くすくすと笑みをこぼす留針さん。

「今日は何を読んでいるのですか?」

「……果てのない物語」

 そのタイトルは聞いたことがあった。確か、小学校の図書室にあったはずだ。

 あまりにも分厚く、貸し出し期限の七日の内に読むことができないという理由から、本棚にずっと収まっていたハードカバーだ。

 中には借りていく物好きもいたようだが、その児童だって夏休みなどの長期休暇に、他の本と合わせて借りていた。

 まさか、そんな本とこんなところで再会するとは。

「オペラ座の怪人は読み終わったのか?」

「ん? ……ああ、あんなのかなり昔に読み終わってる。読むのが無いから、一度読んだ本をローテーションしているだけだ」

「それじゃあ、その本は?」

「これは読み終わってない。……文庫本サイズなら集中力が続くんだけど、これはちょっと、骨が折れる」

 読み終わっていないのなら、それを教室で読めばいいのに。

「教室でこれを出すのはなんか、気が引ける。……というか、視線集めて余計集中できなくなるだろ」

「ああ、なるほど」

 納得した。

 鉄輪が本に集中し始めたので、構うのもそれくらいにして、留針さんと会話することに。

「留針さんは、ここに住んでいるんですか?」

「ええ、まあ。少々事情がありまして」

「……聞いても?」

「良いですけど、わたしは答えませんよ」

 人差し指を立て、口元に寄せる。

 ああ、きっと、仮面を外せばどんな男も魅了するような女性なのだろう。仕草の節々から、大人の女性の余裕が感じられる。

 ……大人?

「そういえば、留針さんって何年生――」

「ああ、そういえば、……できれば、わたしのことは『留針部長』と呼んではいただけませんか? どうにもさん付けは落ち着かなくて」

 僕の問いを遮り、そんなことを要求してきた。しまった、女性に年齢のことを聞くのはタブーだったろうか。

「部長……ですか。僕は全然良いですけど。ところで部長って?」

「わたし、これでも美術部の部長だったもので。その名残でしょうか……さん付けはおろか、先輩という呼称すら違和を感じるようになってしまって。嫌なのでしたら、いっそのこと呼び捨てでも」

 そんな恐れ多いこと、できるはずがない。他のどんな大人を呼び捨てにできたとして、この人だけは無理な話だ。

「では僭越ながら留針部長と呼ばせていただき……あ、」

 思わず、留針部長の口調が移ってしまった。

 恥ずかしい……見れば、仮面の下の表情を笑顔に変えているように見えた。

 そんな調子で話は盛り上がり、気付けば外はすっかり暗くなっていた。鉄輪はずっと本を読んでいて、鍵山さんはずっと絵を見ていた。……飽きなかったのか。

「長居しちゃってすみません……」

「いいえ、わたしも少々はしゃぎすぎました……いけませんね」

 そんなことはない。元々は僕らから残ると言い出したのだ。どちらかと言えば、迷惑をかけていないか心配になってしまう。

「それこそ、そんなことはありませんよ。事情が事情なので、ここにはあまり人が訪れません。そうなると、人との関わりが恋しくなるのです。……また遊びにいらしてくださいね」

 仮面で覆われてはいるが、きっと優しげな笑みを浮かべ、留針部長は僕らを見送ってくれた。

「ああ、そういえば、」

 一つだけ、聞くのを忘れていた。

「留針部長、ここはあんまり人が来ないって言いましたけど――先生って、来たりしないんですか?」

 以前ここを訪れた時には、金澤が現れ、さらにはドアの鍵を開けていた。まさか無関係ということは無いだろう。

「――いいえ。教師がここを訪れることは有り得ませんので」

 だが、留針部長はそれを否定した。その時の彼女の仮面は、木々の葉の間から漏れた月明かりに照らされ、少しだけ不気味に見えた……――。


 ◆


 帰り道、鬱蒼と茂る林を歩きながら、

「そういやさ、鉄輪が時々使う敬語……あれ、留針部長のが移ったんだろ」

「えっ」

 ほんの少し話した僕でさえ移りかけたのだ。親友と言うからには、二人の付き合いはそれなりに長いのだろう、移っていたとしても不思議ではない。

 というかあれは真似したくなる。正しい敬語なのかどうかはわからないが、少なくとも相手を不快にさせない言葉遣いではある。

「ま、まあ、そうかもしれない」

「ウチもあの言葉遣い、見習いたいっすねー。っていうか、人間性そのものを?」

 鍵山さんには無理だと思う。

 部室棟まで辿り着き、その日はそこで解散することと相成った。

「あ、じゃあウチこっちなんで! また明日っす!」

 とはいえ、鍵山さんだけが帰る方向が違うわけで、僕と鉄輪は二人で帰路に着く。

「……本当に、会わせるだけだったな」

「なんだよ、そう言ったろ?」

 確かに、会わせたい人がいる、とは聞いた。だが聞いたことならば、もう一つある。

「きみさ、体質がどうのこうのって言ってたよな。その話は? てっきり、あの場でしてくれるもんだと思ってたんだけど」

「……ああ、そうか。そういえば、その話をしてなかった」

 途端にふざけた雰囲気を掻き消し、鉄輪は立ち止まる。

 ちょうど街灯に照らされる形で浮かび上がる少女。

「――私さ、見えるんだ」

 そんな初句から始まり、

「何を? まさか、幽霊とか言わないよな」

「そんなもんじゃない。……いや、いっそのこと、幽霊が見えていた方がよかったかもなんて思うこともある」

 彼女の表情は髪に隠れて見えない。

「幼い頃から……たぶん、物心つく前から見えてたんだと思う。見ようとして見えるんじゃない、見たくなくても見えるソレが、たまらなく怖くて、眼を抉り出そうとしたこともある」

 語られるのは、唐突な身の上話。

 眼を抉り出すだなんて物騒な真似を思いつくほどに、何かがあったという話。

「誰に言っても信じてもらえなかった。……だからさ、本当はアンタの話、信じる努力はしたんだよ? 信じてもらえない辛さってやつ、知ってるから」

 そんな感じはまったくしなかったけどな。

「じゃあ、私は何が見えているか。……アンタは、何が見えるって言っても信じてくれるか?」

「……場合によるかな」

「知ってる。だから私も、信じようと努力するのが馬鹿らしくなった。私のこれだって信じてもらえない可能性があるんだから、無理して信じる必要もない、って」

 ……いい加減じれったくなってきた。

 なんだ、鉄輪はその瞳に、いったい何を映しているのだ。



「――――〝仮面〟だよ。私はたまに、人の顔に仮面を見る」




 ◆


 彼らがアトリエを去った後、一時間もしない内にとある人物がわたしの元を訪れた。

「――いらっしゃい、来ると思っていました」

 その人物はかなり慌てた様子で、わたしのアトリエの奥へと進んでいく。

 そこに隠されているのは、その人物の、大事な大事なもの。

 それを持ち出し、来訪者はわたしに何も言わずに出て行こうとする。

「まあ、せっかちですこと。少しばかり、お話でもいかがでしょうか?」

「――悪いけど、そんな余裕、ない」

 その言葉に偽りはないようで、たどたどしくも『大事なモノ』を抱えて去って行った。

「さて、と。わたしも、絵を描きましょう」

 並べられたのは二枚のキャンバス。そのうち一枚はすでに、半分ほど出来上がっている。彼らがアトリエを訪れた時に描いていたのもこの絵だ。

 その絵はやはり、首から上が無くて。しかし、そこに鉛筆を走らせる。

「久しぶりに、首から上を描けるんですもの……ふふ、楽しくなるのも、当然でしょう?」

 しかも、今回は二枚も描ける。

「あはっ」

 走る鉛筆が描いていくのは〝仮面〟――鼻は赤く、唇ははれ上がっている。黒と白との濃淡により、仮面の基礎が白いことを表していく。

 目元には派手な化粧。

 ――――描かれたのは、〝道化の仮面〟。

「さて、問題はもう一枚の方」

 こちらは少々手がかかりそうだ。わたしが彼に見たソレを、どう形にしよう。

「かなり猟奇的な絵図になりそうですが……いいえ、それくらいした方が、彼の在り方には沿っていますね」

 そしてまた、鉛筆を走らせる。

 久々に心躍る時間を過ごさせてくれたお礼として、いつもよりも感情を込めて、端整に、丁寧に。

 己が、この絵をどう仕上げていくのか。

 まったくもって、楽しみで仕方が無い。


 ◆


 4月X日

 あああああああああ、ああああああああ。

 ああああああああ、あああああああああ。

 ああああああ? ああああああ……。

 ああ、ああああああああああああ!!


 ……もう、駄目だ。

 殺そう、殺そう。殺してしまおう。

 どこまでも歪な感情を、ぶつけてしまおう。


「――――ああ、素敵な感情」


 ◆


 それからさらに一週間後。僕は、眞鍋さんから、鍵山さんが行方不明になったという話を聞くことになる。






この作品は〈恋愛=モノ〉ですので。どうかお忘れなきよう。

ぶっちゃけミステリ要素はオマケです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ