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仮面=ラヴァー  作者: 三ノ月
〈化猫=オーバル〉
16/38

016.

ラブコメ、始まります。





 人は別のキャラを作るとき、『猫を被る』と言う。その猫とは、仮面と同義のものではないだろうか。

 鉄輪の瞳に映るのが仮面ではなく、猫であればいいのに。

 そうすればまだ、幸せな世界であっただろう。

 僕は想像する。意識せずとも人の顔に仮面が浮かぶ世界を。留針部長のような存在がそこかしこをうろついている世界だ。恐ろしくて家の外にも出られない。

 何より恐ろしいのは、その仮面の下に別の素顔があるという事実を知れてしまうことだ。

 隠されているのならば、それを暴いてしまいたいと思うのが人間のさが。であれば、常に仮面に隠された世界を見る鉄輪は。

「――――」

 澄ました顔で文庫本に視線を落とす少女。相も変わらず忌々しいほどに綺麗で、可愛い顔だ。

 世の中において、澄ました美少女というのは大抵猫を被っているものだ。本当は自分のことを可愛いと思っていながらそれを鼻にかけない。そうすることで反感を買うのを避けている。

 鉄輪もそういう人間なのだろうか。仮面が見えない僕には、表面を見ることしかできない。

「まあ中には――」

「え、なんすか? ウチの顔なんかまじまじと見て……可愛いってのはわかりますけど、ちょっと照れるっすよ?」

 こうして、自分から可愛いなんて言ってしまう女子もいるが。

 鍵山さんの場合は事情が事情である。可愛い顔であることが原因で虐められ、それをゆうちゃんに認められ。そんな過去があるから、自分の顔に対しある種のコンプレックスがあるのだろう。だから人とは考え方が違う。

 そういえば、僕は鉄輪のことをあまり知らない。そもそもこうして話すようになって二ヶ月しか経っていないのだから当たり前なのかもしれない。

「難しいな」

「何がっすか」

 ゴールデンウィークも明け二週間ほど。この学校は体育祭などのイベントも無く、本当に何も無い時期に突入する。

 みだりに湿度が高くなり、少し自転車を漕げば汗でダラダラになる嫌な時期だ。

 去年はこの時期をどうやって過ごしたのだったか。恐らく一人だったと思う。今でこそこうして隣に鉄輪、反対側には鍵山さんに眞鍋さんという、女子三人に囲まれた時間を過ごせているが……これも一つの青春なんだろうか。

「……はっ」

 カノジョもいないのに青春とは、笑えてくる。

「ああ、なんか自虐的な空気が漏れ出してるっす……」

「……いい気味ぃ」

 眞鍋さんのボソッとした一言が最近良く刺さる。

「ああああ、ちくしょう! このまま三年間を終えるなんて嫌だぞ、僕は!」

 こうなったらなりふり構っていられない。誰でもいい――カノジョを作るんだ。

「だから付き合ってくれ鉄輪」

「その股間蹴り上げられたいか!」


 ◆


 僕は何度鉄輪にフられれば良いのだろう。

 なんとなく今日は一人で帰りたくて、鉄輪を置いての下校。もちろん先に帰る旨は伝えてあるが、「そもそもなんで私はアンタと帰ってた……?」と考え始めたので返事を聞く前に教室を出てきた。

 僕もなんだって鉄輪に拘るのか。何度も何度も恋愛感情は無いなんて自分に言い聞かせながら、それでも鉄輪にしか告白していない。もしかしたら僕は未だ鉄輪のことが好きなのかもしれない。

 しかし、鉄輪は言う。


 ――気持ち悪い。


 僕の告白に対し、そう答えたのは何回ほどか。ゴールデンウィークに入る前と明けた後、合わせて七回ほどだろうか。

 気持ち悪い、とはどういうことかと考え、その結果、僕が鉄輪に恋愛感情を抱いていないのに告白すること、だと思った。

 であれば、気持ち悪いと言われる内は、僕は鉄輪のことを好きでないということになる。

「ん? なんか逆の気が……」

 ……どうでもいいか。

 とにかく、カノジョが欲しい。周囲のように、とはもう言わないが、〝普通〟の男子高校生として、誰かと交際し、青い春を過ごしたいのだ。

 そのためにはまず、相手を探さねばならない。

「ああ、空から女の子が降ってきたり、そこから恋が始まったりとか――」

 なんて口にして、それはあまりにも突拍子がない上に普通ではないと気付く。

 漫画の主人公たちは、よくそんなヒロイン相手に恋できるな、とも思う。

 それだけ可愛いのだろうか。でもラブコメだと、好きになる理由は顔ではないなどと言い出すのだ。顔でないのならどうして空から降ってきた女の子を好きになれよう。

 こんなことを考えるから、僕はカノジョができないのかもしれない。



「ああ、誰でもいいから付き合いたい……」

「はあ、誰でもいいから付き合いたい……」



 ――ん?

 なんか今、ものすごい下劣な発言を聞いた気がする。

「なんか今、ものすごい最低なこと言わなかった?」

 僕が思ったことをそのまま言葉にしたのは、僕の通う学校の制服を着た女子だった。

 自販機の前で指を立てているところを見ると、何かを買おうと物色中なのだろう。見れば三年生らしい。つまり先輩だ。

 金に染まった髪を緩い一房の三つ編みにした三年生は、眼鏡のレンズ越しに僕を睨み、

「誰でもいいから付き合いたい、って……そんなこと言ってるからね、誰とも付き合えないんです。わかる? マイが言うんだから間違いないの」

「……はあ」

 あなたも言っていましたよね。

「って他人に言える立場じゃないよね……」

 自爆した!?

「うん、本当……思ってても言わない方がいいですよ? そういうのは。こうして誰かに聞かれる度可哀想って視線向けられて、でも誰も付き合ってくれませんから……」

 なんだろう、凄く、哀れだ。

「あ、」

 何事か、と見れば、女子の指が自販機のボタンを押していた。余所見をしていたためか、その指は――おしるこを指していた。

「あ、」

 ガタガタ、ゴトン。出てきたのは当然、並ぶパッケージと同じもの。そう、おしるこである。

 そろそろ暑くなってくるというのになぜ未だに〈あったかい〉飲み物が並んでいるのか。不幸にも先輩女子は、きっと違うものが欲しかったろうに、おしるこを手に入れてしまった。

「……踏んだり蹴ったりな」

 泣きそうな顔になりながら、不幸先輩はとぼとぼと立ち去って行く。

「変な人……」

 僕も喉が渇いたな、と財布から小銭を取り出し、自販機に飲み込ませる。

 立ち去った方を見てみれば、哀愁漂わせる背中を見せつつまだ見える距離にいた。

 ガタガタ「え」、ゴトン。

 余所見していた視線を自販機に戻す。……嘘だろ。

 僕は、いつの間にかボタンを押してしまっていたらしい。



「あのー」

「……はい?」

 はは、と笑いながら、僕は手の中にあるおしるこを見せた。

「え、は?」

「僕も何か飲もうとしたら、間違えて押しちゃって……」

 なんとなく、同じ経験をしたということで話しかけたくなったため、僕は追いつく距離にいた先輩を追いかけた。

「……わざと?」

 そんなわけあるか。

「目の前で間違われたからか、無意識の内に指がそのボタンを押してたのかもしれません」

「つまり、舞のせいだって言いたいんですか?」

 その目はどこか、僕を怪しんでいるように見える。それも当然か、こんなナンパ紛いのことをされて、疑わない方がおかしい。

 でもそうではなく。どう言えば伝わるかな、なんて考えていると、

「――ふっ、ふふ」

 耐え切れなくなったかのように、不幸先輩は零した。

「ふふふ、ははっ。……ああ、いや、なんか急におかしくなって。なんなの、おしるこ」

 まったくだ。なんなの、おしるこ。

 そのまま互いに笑い合って、

「その制服、同じ学校ですよね。黄村キムラマイって言います」

「ああ、僕は――」

「ねえ、さっき誰でもいいから付き合いたい、って言ってましたよね」

 言葉を遮られ、問われる。

「ええ、まあ、はい」

「舞と同じだ、仲間ですね。……それじゃ、舞はこっちなので。学校で会ったらよろしくお願いします」

 それじゃあ、と言い、僕とは逆方向へ帰っていく黄村先輩。遠目に、おしるこを「熱っ、熱い!」と言いながら飲んでいるのを見た。

 随分と慌しい人だな、なんて思いつつ、僕は、

「結局、名前を言わせてもらえなかった……」

 でもまあ、なんだかまたすぐに会いそうな気がする。

 同じ学校の生徒らしいし……でも次会うまでに忘れていないだろうか。

「忘れていたとしても、おしるこって言えば思い出しそうな気もするけど」

 僕らは、おしるこ仲間だ。


 ◆


「あれ、学校の自販機にもおしるこまだあるんだ」

 昼休み。弁当を家に忘れて、購買に昼食を買いに来た。その際に食堂の自販機を覗いてみたのだが、なんとおしるこがある。

「……これにしよう」

 お茶も買ってあるが、それとは別に妙に飲みたくなってしまった。この季節に飲んでも美味しいことを知ってしまった昨日の自分が憎い。

 だがまあ、不思議なことでもないのかもしれない。

 例えば、夏には冷房の効いた部屋でラーメンが食べたくなるし、冬であればコタツに入ってアイスを食べたくなる。季節感をぶち壊す行いではあるが、それが妙にやめられないのだ。

 このおしるこもその一つになるのだろう。できれば冷房の効いた部屋で飲みたいが、生憎とこの学校で冷房が備わっているのは職員室だけだ。

「それでも美味しいからいいか……」

「あ、おしるこ」

「へ」

 取り出し口からおしるこを取り出した時だ。聞いたばかりの声が耳を叩く。

「黄村先輩」

「すぐ会っちゃった。おしるこ、買いに来たんですか?」

 その通りだが、この流れ、もしかして。

「ええ、舞もです。なぜか飲みたくなっちゃって……はは」

 昨日の事故を思い出したのだろう。美味しいことには美味しかったが、少しやりきれない気持ちがあるのかもしれない。

「でもそれはそれ、これはこれ。おしるこ飲みたいとか言ったけど、さすがにお弁当には合わないのでお茶を!」

 ピッ、ガタガタ、ゴトン。

「……狙ってやってます?」

「……自分でも、わかんなくなってきちゃった」

 黄村先輩は、お茶の隣にあったおしるこのボタンを押してしまった。

「ほ、ほら、もしかしたら案外合うかもしれませんよ?」

「何言ってるの合うわけないじゃない……ふ、ふふ……おしるこ片手にお弁当を食す女子高生って、モテない……」

 見ていて哀れだ。僕は思わず、右手に持っていたお茶を差し出し、

「……これで良ければ、いります?」

「神様っ!!」

 一瞬で食いついてきた。

「ありがとうございまーす!!」

 お茶を受け取るなり脱兎の如く去って行く。その様子を見て僕は思う。嵐のような人だと。

「……お茶を買い直すのも面倒だし、今日の弁当のお供はコイツでいいか」

 案外合うかもしれないと言った手前、試さずにはいられない。

 その手に購買で買った弁当とおしるこを持って教室に戻る。

「あ、先輩戻ってき、……た? え、何持ってるんすかそれ、おしるこ? え?」

 どうやら既に鍵山さんたちが来ていたようで、僕の席に座っていた。退いてくれないかな。

 鉄輪も僕の手にあるおしるこに気がついたようで、

「……弁当買う金も無いなら言えばよかったのに。さすがにお金貸すよ?」

「弁当はちゃんと買ってあるからな?」

 おしるこを昼食にするわけねえだろ。

「先輩は頭がおかしくなっちゃったんすか? 湿気がヤバいこの時期におしることか、汗でベタベタになるっすよ」

「この時期に飲むおしるこも割と美味しいんだって。熱いけど」

「その熱いのが問題なんすけど……?」

 とりあえず鍵山さん、眞鍋さん、僕の席から退いてくれ。

 しかし退く気はないようで、僕は食堂に言っているのであろう、後ろの相馬くんの席に座る。

「うわぁ、すごい光景っすね……おしるこ片手にお弁当食べてるって」

「案外行けるよ? やってみる?」


「「「やらない」」」


 鍵山さんに言ったつもりだったが三人に口を揃えて言われてしまった。

 また会ったら言っておこう。お弁当におしるこを合わせるの、案外行けますよ、って。

「そもそも、小学校の時の牛乳だって違和感あったろ。それと同じみたいなもんだって」

「いやあ、あれとはちょっと違う気が……それにウチ、牛乳残してたっすよ」

 ……こんな会話そ交わしつつ、僕の頭の中には黄村先輩の困り顔が焼きついて離れない。

 思い返せば可愛い顔をしていた。金髪も良いアクセントになっていたし、あれでモテないと言うのだから不思議だ。


 ――はあ、誰でもいいから付き合いたい……。


 ――――。

 誰でもいいと言うのなら、黄村先輩のことを好きでなくても構わないということだろうか。

 おしるこを飲みながら、ふと考えてしまう。

 僕が付き合ってくれと言えば、あの先輩は付き合ってくれるのだろうか。

「……先輩が上の空っす」

「ほっとけ。どうせロクなこと考えちゃいない」

 鉄輪の言葉は、実に的を射ていた。






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