表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面=ラヴァー  作者: 三ノ月
〈ロエピ=化道〉
15/38

015.



 ……終わったはずだった。

「それでっすね先輩――ん? ああ、はいはい。ちゃんと構ってるじゃないっすか。ああもう可愛いっすねえ!!」

 一年生が二年生の教室にいるという光景には慣れたのか、次第に僕らに向けられる視線は少なくなっていった。

 だが時折、何事かと視線が集まるのを感じる。それも偏に――鍵山さんと眞鍋さん、そのイチャつきっぷりのせいだろう。

 可愛い、と叫びながら抱きつく鍵山さん。それをまんざらでもなさそうに、赤面しながら受け止める眞鍋さん。甘ったるい、甘ったるい!!

 鉄輪はと言えば、付き合いきれないと早々に他人のフリを始めた。しかし気になっているのは確かで、先ほどからページを繰る手が動いていない。

「……土日を挟んでもう三日。この状態はいつまで続くわけ?」

 そろそろゴールデンウィークに入る。一週間の間はこの光景を見せ付けられないで済む、とは思うが、明けてもまたこの状態だったらさすがに吐く。甘すぎて許容オーバーだ。

「んー、今はいろいろ試行錯誤の真っ最中っすね。いやあ、お恥ずかしいところをお見せしてすみません」

「構わないけど……」

 こうなった原因の一端に、僕もいるのだろうし。

 彼女たちがこうなったのは、眞鍋さんをアトリエに呼び出した次の日からだ。あの後この二人はしっかりと〝結末〟を迎え、ここに落ち着いたのだろう。であれば、そうなるように鍵山さんを学校に呼んだ僕も無関係ではない。

 だから否定することはないのだが……、

「なんでここでイチャつくかな」

「え? だって、ウチは先輩ともお話したいっすから」

「は?」

 唐突な裏のない言葉に素っ頓狂な声が出る。

「というか、何も先輩の前でイチャつくつもりはないんすよ。でもゆうちゃんがどうしてもって言うから」

「……??? ……!?!?」

 眞鍋さんが? 僕の前で?

「……違う」

 隣の彼女を見れば、怨嗟の篭った視線で僕を睨んでいた。ですよね、そんなわけないですよね。

「ああ、間違えた。えっとっすね、ウチは先輩と話したい。でもゆうちゃんが見ていないところでウチが他の人と話すのは嫌だ、って言うんで、じゃあ二人で先輩のところに行きましょうって」

「……駄目だ、理解できない」

 きっとこの二人は、僕の理解が及ばない世界に生きている。その世界はお花畑に違いない。

「あっはは、まあウチらは特別っすから。先輩には理解できなくて当然なんじゃないっすかね?」

「そんなもんで済む話か……?」

 これが彼女たちの愛の形だというのならば、まあそうなのだろう。僕には一生かかっても理解できそうにない。

 未だ僕を睨んでいる眞鍋さんを見る。

 随分と大人しくなったものだ。まるでペットの如く、鍵山さんにべったりだ。何かを強制するために殴るわけでもなく、罵るわけでもない。少なくなった口数で、必死に鍵山さんと意思を交わそうとするが、どもってしまい上手く行かない。

 まるで、初めて恋をしたかのような初々しささえ感じられる。

 いいや、まるでも何も、彼女たちは今まさに初めての恋を経験しているのだろう。歪んだ愛を一度忘れ、最初からやり直そうとしているのだ。

 それを誰に咎めることができようか。

「まったく……好きなだけイチャつけばいい。傍から見れば、ちょっと仲の良い女友達にしか見えないだろうし、まさか本気で恋してるなんて思われないだろうし」

「ウチはどう見られたって構わないっすけどね」

「ああそう」

 にしてもよく喋る。大抵が他愛もない世間話だが、こんな話をするために僕に会いに来ているのだろうか。見せつけに来ている、と思った方がよっぽど納得できる。

「いえいえ、ちゃんと目的があるっすよ」

 ……胡散臭え。

「ちなみにどんな?」

 得意げに無い胸を張り、ドヤ顔で彼女は言う。

「先輩を知ることっす! ……あ、なんだコイツみたいな顔しないでくださいよ。ウチは知りたいんすよ、先輩のことぉ!!」

「大声で言うな恥ずかしい」

 再度クラスの視線を集めてしまった。教室の真ん中に近いということもあり、いとも簡単に注目されてしまう。嫌だ、僕は普通がいいんだ。

「あ、それ、それっす。先輩って、何かと『普通』に固執するじゃないっすか? それがちょっと気になって」

 その言葉のどこが気にかかったのだろう、隣の鉄輪も耳をピクリと動かして、聞き耳を立て始める。身体がこちらに傾いているためバレバレであった。

「あー、そのっすね。ウチからすれば、先輩って十分普通なんすよ。目立つ特徴もないし、見た目もパッとしないし、ある意味キングオブユージュアリイなんすよ」

 頭の悪そうな英語を使うな。

 しかしこの後輩、先輩に対しボロクソ言いやがる。間違ってはいないのだが、もう少し褒めてくれたっていいではないか。

「褒めてもいいっすけど、それで先輩は嬉しいんすか?」

「ん? そりゃあ、褒められれば誰だって嬉しいだろ。違うか?」

 ド正論を叩きつけてやると、「あー、そうなるんすね」と何か納得した様子を見せる。いったい何が言いたいのだ。

「褒めるってことは、その人に何か特別なところがあるからだと思うんすよ。だから、普通がいい普通がいいって言う先輩には嬉しくないかと思いまして」

「…………なんでそうなるんだ?」

 隣では鉄輪が、「コイツ重症だな……」と頭を抱えている。

 さらには眞鍋さんまで「相も変わらず気持ち悪い」などと、ボソッと呟く。

 三人がわかっているのに僕はわからない。それがどうしようもなくもどかしくて、モヤモヤする。

 何か、仲間はずれにされているようで。

「僕だけがわからないって感じになるのは、気に入らないな」

 頬杖を付き、拗ねた様子を見せると、

「それは、ウチらと同じがいいからっすか?」

「当たり前に決まって――」

 ――あれ。

 違う、そうではない。この三人は周囲の『普通』とは違い『異常』側に生きる人間だ。僕は彼女たちと同じであってはならない。

 それと同時に、僕は一度『普通』なんて要らないと言ったのだ。周囲が被る『普通』と言う名の仮面ではなく、真の〝普通〟が良いのだと。

 それはおかしい、矛盾だらけだ。

 もしかして、僕はおかしいのだろうか?

 鉄輪を見る――目を逸らされた。

 眞鍋さんを見る――睨み返された。

 鍵山さんを見る――にへらと笑われた。

「……僕はおかしくない」

「意地になっちゃってまあ」

 鍵山さんのニヤニヤとした笑みが気に入らない。

 いいやもうそんなことはどうでもいい。僕がおかしいかそうでないかなんて、些細な問題だ。今はそれよりも、

「ほら、そろそろ午後の授業始まるぞ。戻った方が良いんじゃないの?」

「うげ、本当っすね。ゆうちゃん、帰ろう?」

「……うん」

 慌てながら教室を去ろうとする鍵山さんが、僕に耳打ちしてくる。


 ――先輩、ウチとゆうちゃんで、一夫多妻とかどうっすか?


「!?!?」

「あっはっは、冗談を真に受けすぎっすよ。それじゃあまた後で! 放課後も来ますんで!」

「あ、ああ、あああああ、うん」

 緊張から首を何度も縦に振ってしまった。

「……何言われたんだ、アンタ」

「別に何も」

 必死に平静を装うが、それができていないのは一目瞭然だろう。自分だって隠せていないのはわかっている。

 気持ち悪いとは思うが、一夫多妻――僕が鍵山さんと眞鍋さん、二人と同時に付き合う未来を想像しようとする。

「…………?」

 結論から言えば、幸せなんだろうとは思う。だが、具体的なイメージが浮かばない。まったく、これっぽっちもだ。彼女たちと付き合うことは有り得ないと、頭の中で何かが笹やいている。

 そういえば、一度鍵山さんに『付き合ってくれ』と言おうとしたことがあったか。結局それはできなかったけれど、今抱いている違和感はそれと同等のものだ。

 鉄輪の顔を覗く。「なんだよ」相変わらず綺麗で、可愛い顔だ。比べるという行為は些か失礼だが、鍵山さんと比べたって劣らない。

 そんな美少女に、同じ美少女である鍵山さん相手には言えなかった言葉を告げる。

「好きです、付き合ってください」

 その言葉は、思っていたよりもすんなり出てしまって。言った本人である僕の方が驚いたくらいだ。

 対し鉄輪は、そんな僕を一瞥し、

「――ああ、本当、」

 どこまでも冷たい声で、



「気持ち悪い」



 しかし、口元を少しだけ緩ませながらそう言った。

 そんな鉄輪の表情こそが、僕には不気味に見えて仕方なかった。


 ◆


 5月X日

 昨日、ゆぅちゃんに告白された。そうして気付く。ああ、そういえば、ちゃんと『好き』って伝えたことなかったっけ。

 これだけ愛していれば勝手に伝わるものだと思っていたし、実際にゆぅちゃんは気付いていたように思える。だがそれでも、言葉にしなければ真の意味では伝わらないのだろう。だからこんなにも捩れ、捻くれ、歪んでしまった。

 この関係性をやり直せるのだとしたら、始まりはこの言葉なのだろう。

 好きです。

 しかしあたしは、その言葉を聞く権利があるのだろうか。これまで散々痛めつけて、無理やり愛して、そんなあたしが。

 わかっている。ゆぅちゃんはそんなあたしを許した上で、受け入れた上であたしを好いてくれている。溢れ出るほどではないにしろ、未だに微かな殺意を感じる。それでもあの子は、あたしのことが好きなんだ。

 それがたまらなく嬉しくて、同時に自分を許せなくなる引き金にもなって。泣いて、泣いて、泣き叫んだ。家に帰ってからも、誰もいない家でずっとわんわんと泣き続けた。

 納得なんてしていない。自分を許すことすら許されない。

 なのに、随分と晴れやかな気持ちで次の日の朝を迎えることができた。

 学校に行く途中でゆぅちゃんに会った。それだけでもう泣きそうだったのに、眩しい限りの笑顔でおはようなんて言ってくれた。ただそれだけのことで、ただそれだけのことがたまらなく嬉しくて、嬉しくて、あたしは涙する。

 道の真ん中で急に泣き出すなんて、みっともない。でも、溢れる涙を抑え切れなかった。

 泣いて泣いて、泣き止んで。そうしたら今度、どう接すればいいのかわからなくなった。

 今まではどうやって接していたっけ? ゆぅちゃんが『眞鍋』と呼ぶあたしはどんなだったっけ? 駄目だ、思い出せない。

 『ゆうちゃん』じゃ駄目だ。嫌われてしまう。ああ、どうすればいい?

 結果、あたしは人見知りが知らない人に会ったかのような態度になってしまう。言いたいことも言えず、どもってばかりの、どうしようもなく鈍臭い女の子。

 こんな情けないところを見せたくない。なのにどうしようもない。

 そしたらゆぅちゃんってば、「ああもう可愛いなあ!!」なんて言って抱きしめてくれて。きっとあたしの不安が伝わってしまったのだろう。なんて卑怯なんだ、あたしは。

 彼女が不安だった時、あたしは抱きしめてあげただろうか。

 そんなこと一度だって無かった。なのに、この子は。

 あたしが好きになった女の子は、とんでもないお人好しになってしまったようで――、


 ――あたしは、とんでもなく泣き虫になってしまったようで。


 抱きしめられながら、三度泣いた。


 5月X日

 もう日記を綴るのはやめようと思う。

 元々、ゆぅちゃんの感情を綴るためのものだったのに、いつの間にか普通に日記として使ってた。

 でももう、どっちも綴る必要はない。

 ゆぅちゃんがあたしを好きなのは確かだし、これからの日々は、二人で共有していくものだ。日記に留めておく必要もない。

 だからあたしは日記を閉じる。

 さようなら、『眞鍋』。


 ――――ぱたり。


 ◆


 ゆぅちゃんを救ったゆうちゃんはもういない。

 ゆぅちゃんを守っていたゆうちゃんはもういない。

 今ここにあるのは、ゆうちゃんを守るゆぅちゃんだ。

 立場は逆転し、それでも好き嫌いは変わらない。


 人の数だけ愛はあるけれど、恋は結局、誰もが同じ経験をする。

 甘酸っぱくて、苦しくて、それでも愛おしくてたまらない感情。

 始まりは皆同じところから。それから二人だけの道を歩み、愛へと昇華していくのだろう。

 彼女たちは、その段階を飛ばしてしまっただけのこと。これから、その飛ばしてしまった時間を過ごすのだ。

 今回の事件は、ただそれだけの話。

 彼女たちが、きっかけを得るための話。


「本当にもう、大丈夫なんだよな」

「……心配しなくても、もう眞鍋の顔に仮面は見えなかったよ。見えていたとしても、それは――」


 ◆
























 ゴミ捨て場にある二つのゴミ袋。

 その中には、大きな人形と、可愛らしい日記帳がある。












〈道化=ピエロ〉、〈ロエピ=化道〉終了です。

中々に持論展開の多い内容となりまして申し訳ありません。


次章新キャラ出るよ、章タイトルは〈化猫=オーバル〉です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ