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仮面=ラヴァー  作者: 三ノ月
〈ロエピ=化道〉
11/38

011.


 4月X日

 くるくる、くるくる。ぱらぱら、ぱらぱら。

 ふわり、ふわり。ぺた、ぺた。

 がーん、がーん。べちゃ、べちゃ。

 がつーん、がつーん。ぶちゅり、ぶちゅり。

 ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。


 4月X日

 ゆらゆら、ゆらゆら。ぐわーん、ぐわーん。

 ふらふら、ふらふら。ぐりゅん、ぐりゅん。

 あああああ、あああああ。ずちゅり、ずちゅり。

 ふしゅー、ふしゅー。ぐぎぎ、げげぐ。

 がが、ごがぎ、ぐげ、げげぎぐぐぐ。

 どろどろ、どろどろ、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。

 どろどろ、どろどろ、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。


 4月X日

 あああああああああ、ああああああああ。

 ああああああああ、あああああああああ。

 ああああああ? ああああああ……。

 ああ、ああああああああああああ!!


 ……もう、駄目だ。

 殺そう、殺そう。殺してしまおう。

 どこまでも歪な感情を、ぶつけてしまおう。


「ああ、彼女の愛が自分に向けられているのを感じる。

 この想いを綴らねば。文字にせねば。でも上手く行かない」


 5月X日

 がっ、がっ、がっ、がっ。

 ぎりぎり、ぎりぎり。うあああああ。

 ぐちゅり、ずちゃ、ぶちゅぶちゅ、ぐちぃ。

 足りない、足りない。まだまだだ。

 もっと殺して、愛して、殺して、愛して。

 それだけしても、相反する感情は乖離せず。

 背中合わせのままに、内に溜まり続ける。

 吐き出さねば、ぶつけねば。このままでは、

 このままでは、おかしくなって、しまいそうだ


 5月X日

 感情の波が聞こえなくなった。今まであんなにもささくれ立っていた感情の渦が、今では嘘のように静まり返っている。

 暴かれた。仮面の下にある素顔を、とことんまで暴かれた。

 許せない、許せない許せない許せない。

 誰もここまでしてくれだなんて言っていない。なんてことをしてくれた、なんてことをしてくれた!

 もう駄目だ。我慢できない。

 異常を見せつければ勝手に手を引くと思った。ただここにいる、とだけ伝えれば、あとはどうとでもなる。そしてそれを見つけたのは、鉄輪たちだ。

 だが実際はどうなった。彼らは見つけただけではなく、心に踏み込んでしまった。荒らしてしまった。それだけでは飽き足らず、認めてしまった。

 それをしていいのはこの世界でたった一人、あたしだけなのに。

 さらさら、さらさら。そよそよ、そよそよ。

 荒れ狂っていた感情が、まるで草原に吹く風のように。

 こんなものは求めていない。こんなものは彼女じゃない!!

 返せ、返せ返せ返せ!

 あたしのゆぅちゃんを、返せ!!



 ――――ぱたり。


 ◆


 朝の教室にて。

「……拗ねてる?」

「そんなわけがあるか、馬鹿」

 しかし鉄輪は、どう見たって拗ねている。普段ならば文庫本に落とす目は僕を見ないようにと逸らされ、右手で頬杖、左手で机をトントン。さらには眉を寄せ、いかにも不機嫌だぞという表情である。これで拗ねていなかったらなんだ。

「なあ、何がそんなに気に入らないんだ。僕か? 僕が原因なのか?」

「……あぁ? 誰もそんなこと言ってないだろ」

 口では言っていなくてもその目が、顔が、態度が言っている。

 心当たりならないでもない。しかし、それほどまでに度し難いことだったのか。

「仮面を見誤ったことなら別に、気にする必要も――」

「誰が仮面を見誤ったことだって言ったそんなの全然気にしてないし気にする理由がないし勘違いして自惚れんな!!」

 気にしているらしい。

 でもまあ、それも普通なのだろうか。

 他の誰にも見えないものが見えている。それすなわち、特別であるということ。その特別は、鉄輪に苦痛を与えると同時、『これこそが自分の強みだ』という自負を与えていたのではないだろうか。

 あの日のことを思い出しているのだろう。ため息をつくと、すぐにハッとし、首を振る鉄輪。なんだこいつ、小動物みたいで可愛い。

 ――鍵山さんを見つけ出してから二日。彼女はまだ、学校に来ていない。

 少し落ち着く必要があると両親、そして担任の金澤が判断し、自宅で休暇を満喫しているらしい。

 両親には、彼女はちょっとした家出のつもりだったようだ、と伝えた。鍵山さんがしっかりと反省している様子を見せ、ため息をつきつつもそれを受け入れているのを見た。

 家の中に入っていく時、振り返った彼女は「てへ」と舌を出していた。反省していたのは道化の嘘だったらしい。

 それでも、その仮面ならば無理に剥ぐ必要もないと思える笑顔だった。

 彼女が自ら望んで被り、しかしその重さに耐え切れなかった二つの仮面はまったく別の、しかし名前は同じの仮面となった。それが今回の鍵山さんの(ヽヽヽヽヽ)結末。

「……どう考えたって鍵山さんはハッピーエンドなんだし、もう少し祝う気持ちで、笑ってみたらどうだよ鉄輪」

「うっさいなぁ……ああ、もう。ホント、どうしてこんな奴が……」

「そんなに気にしてるのか、鍵山さんが二つの仮面を被ってたことを、僕が見抜いたことが」

「やめろ、見抜いたとかいう言い方。やけに癪に障る」

「僕が見抜いたことが」

「やめろって言ってるだろ!?」

 面白いくらいに突っかかってくる鉄輪を、もう少し弄っていたい気持ちはある。だが、そろそろネタばらしをしないと、いつまでもこの調子で拗ねていそうだ。

 僕は、あの日以来ずっと持ち歩いているとあるモノを取り出した。

「……それ、留針部長の」

「そう、あの人が描いた絵」

「誰が描かれているのやら……大方、鍵山なんだろ?」

 そう、それで合っている。

 だがその素顔は仮面に隠され、パッと見では誰なのやら。髪型からかろうじて判別できる程度か。

 丸められたその絵を広げ、鉄輪に見せる。

「ほら、これがタネってわけ」

「――――あ」

 描かれている鍵山さんは、二枚の仮面を被っていた。

 一つは既に崩れかけている、ボロボロになった涙を流す〈道化〉の仮面。

 そしてもう一つは、その下にあった残忍に嘲笑わらう〈道化〉の仮面。

 きっと、その仮面の下にある素顔こそ、僕らが見た鍵山さんなのだ。

「留針部長は何もかもお見通しだったってわけだ。何者なんだ? あの人。まさか鉄輪みたく仮面が見える、ってわけでもないんだろ?」

「……たぶん、そう、だと思う」

 言葉を濁すしかない鉄輪に、もしかして見えている可能性もあるのか、と察する。

 きっとそれほどまでに、彼女が描く仮面は鉄輪が見る光景と合致するのだろう。もしくは、今回の件からするに、鉄輪以上に見えているのかもしれない。

 謎の仮面の常識人。……不気味だ。

「いったいどういう敬意で知り合って、さらに親友になるに至ったのやら」

「あー、聞きたい? 話せば長くなるけど聞きたい?」

 あからさまにそわそわするな。

 また今度ね、とあしらい、思い返す。

 鍵山さんの結末は見ることができた。だが僕は、事件の結末を見ていない。

 鍵山さんをあの家に閉じ込めた  (ヽヽ)をどうするべきか、僕と鉄輪はまだ迷っている。

「ん? 私は別にどうでもいいんだけど」

「訂正、僕だけが迷っている」

 こちらから接触するべきか、あちらから接触してくるのを待つべきか。

 きっと、鍵山さんが学校に来る前にどうにかした方が良いに決まっている。しかし、僕がそこまで首を突っ込んでいいのだろうか?

 これは鍵山さんの――彼女たちの問題だ。

鍵山さんを探したのは、当初の目的通り責任逃れで理由が立つ。それを果たし、ついでに鍵山さんの素顔まで暴いてしまった今、僕には動く理由がない。

 だからいっそのこと、あちらから来てくれれば、と思っているのだが――、



「先輩」



 ――来た。

 僕と鉄輪が同時に振り返る。そこにいたのは一年生の女子。

 そして、ここにいるはずのない生徒。


「おはようございまっす! 自宅で休暇とか退屈なんで来ちゃったっす!」


 鍵山柚月。

「なんだ、鍵山さんかよ……ちっ」

「いきなり舌打ちなんてそんな馬鹿な!?」

 期待外れもいいところだ。見れば鉄輪は、いつの間に取り出したのか文庫本に視線を落としている。完全に興味を失ったようだ。

「せっかく学校を合法的にサボれるのに、わざわざ来るなんてどうかしてるよまったく」

「いやー……本当にどうかしてる先輩には、言われたくないっす……」

 話を聞けば、抜け出して来た手前、金澤がいる教室に行くのは忍びなく。仕方なく保健室に立ち寄ったのだが、養護教諭は留守。学校にはいるようだし、しばらくしたら来るだろうからそれまで僕らの教室に顔を出そう、と。そんな経緯があったらしい。

「来ちゃったっす! なんて金澤先生に言ったら、融通の効かない機械人形のことっす、即座に帰れ、って言われちゃうっすよ。わざわざ来たのにそんなのつまんないじゃないっすか」

「保健室で寝て過ごすのはつまんなくないのか」

「なんか非日常感あってよくないっすか!? 本当に病弱な人には失礼かもっすけど!」

 ああ、その気持ち、少しだけわかる気がする。

 みんなが授業を受けている中、自分は学校にいながらサボっているという感覚は、少しだけ味わってみたいかもしれない。

「まあ僕は授業をサボる胆力はないので。そろそろチャイム鳴るよ? 保健室戻った方がいいんじゃない」

「うげ。先輩も道連れにしようとしたのに、先に予防線を張られたっす……」

 僕を保健室に連れて行ってどうするつもりだ。人形代わりに殺す気か。

「はっはっは、やだっすねえ。それこそ人を殺す胆力なんてないっすよ。……いくら憎んだって、愛してるとかそれ以前に、殺すだけの度胸なんて、ウチには元からないんすよ」

 少し悲しげに、しかし吹っ切れたのか、すぐに笑顔になり、

「これからは『殺したいほど憎たらしい』って言うだけの嘘つきになろうと思うっす。先輩、今回は迷惑かけてすみませんでした! ありがとうございます!」

 言うなり頭を下げ、そのまま顔を見せることなく教室を出て行った。

 彼女の足枷となっていた〈道化〉はもう存在しない。

 これからは、彼女を笑わせる〈道化〉になるのだろう。

「もしかしたら、お礼を言うためにわざわざ来たのかな」

 だとすれば、なんて回りくどい言い訳をするんだ。そういうところが、彼女の魅力なのだろうが。

 まったく、彼女に好かれるゆうちゃんが羨ましい。

「アンタ、机の上になんかあるけど」

 そんなことを思っていたら、文庫本から目を逸らさないまま鉄輪が言う。仮面とか諸々含めて鉄輪の視界はどうなっているのだ。

 見れば、確かに僕の机の上には何かがあった。それは封が閉じられた封筒。

 もしかして鍵山さんが置いていったのだろうか。開け、中身を確認する。

 そこには、


『鍵山柚月の連絡先!!』


 並べられた十一桁の数字、やたらと長いメールアドレス。そしてSNSアプリのID。

『何かあれば頼ってくださいっす。特に先輩はいろいろ空っぽですし、知りたいことがあればぜひぜひ! 愛情とか、ウチが教えてあげてもいいっすよ?』

 彼女から教わる愛情はきっと、常人には耐え難いものだと思う。丁重にお断りしよう。

「……愛、か」

 チラ、と隣を見る。そこには相も変わらず綺麗で、可愛い同級生が座っている。

 僕は本当の意味で彼女を愛したことはない。二度も告白したが、感情の伴わない言葉の羅列ゆえ、バッサリと断られてしまった。

 僕は今、彼女をどう思っているのだろう。

 再三、恋愛感情を抱いていないことを確認した。精々が友達だろうとも思った。

 だが、

 それで満足しているかと言うと、そうでもない。何かこう、もう少し、彼女の特別(ヽヽ)でありたいというか――あれ?



 僕は今、普通(ヽヽ)ではなく、特別(ヽヽ)を選んだ?



「……どうした? 私の顔になんかついてる?」

 あまりにも注視しすぎたのだろう。僕の視線に気付いた鉄輪が、またもどこかで聞いたことのあるセリフを口にした。

それに対し僕は、ほぼ反射的に句を紡いだ。

「別に。相変わらず、忌々しいほどに綺麗で可愛いな、って」

 その切り返しに、鉄輪は一瞬動きを止め、少しだけ顔を赤くしながら、

「……いくら素顔が可愛くても、被っている仮面が醜ければ意味がない。人間なんてしょせん、外面が全てなんだから」

 一言多くなったお約束のセリフを、呟いた。


 ◆


 ――あ、鍵山さん?

 うん、僕。ちゃんと連絡できるかな、って思って。いざって時に違う番号でした、とか嫌だよ僕は。

 ……うん。でさ、ちょっと相談なんだけど。

 え? いや、きみの愛情に関してはノーコメントで。

 ノーコメントで。

 いやもういいから。とりあえず僕の話を……わかった、わかったから。またいつかね。

 で、相談なんだけど――。






なんかもうこれが〈道化〉章の最終話って感じがする。


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