001.
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「お断りします」
フられた。一言、バッサリと。
交際したい旨を伝え、頭を下げた。しかし想いは届かず、あるいは届いた上で拒否された。
その理由が、他に好きな人がいるから、なんてありきたりなものであればいい。
だが、ド直球に、
「あなたの顔が好みではありません」
なんて言われてしまえば、どう嘆く。
「ちくしょぉおおおお!!」
膝をつき、地面に握りこぶしを叩きつけて嘆く。
そんな僕を見下ろす彼女は、何をしているんだコイツ、とでも言いたげな視線を向け口を開いた。
「……何を勘違いされているのやら。もしもの話、あなたがイケメンと呼ばれる部類の顔面偏差値だったとして、私の好み足りえることはありません」
「……は?」
「私が好まないのは――あなたが、素顔でいることです。その状態で私の前に現れたことです。目と鼻と口を露出し、どんな顔をしているかを示しながら告白してきたことです」
正直、話が見えてこない。
この少女は……僕が惚れたこの少女は、何を言っているのか。
「私に好かれたいのであれば、仮面の一つでも被って来い」
おそらく、その時の僕はアホ面を晒していたことだろう。
踵を返し、僕の前から去る少女の名は鉄輪。
――後に知ることになるが、彼女は仮面を愛していた。
一年前の出来事を思い出し、そうか、あれから一年経つのか、なんて思いに耽るのはなぜだろう。
ふと隣を見る。……当然だろう、思い出すのも。
隣には、件の鉄輪が座っているのだから。
――……私の顔に何か?
――……別に、相変わらず忌々しいほどに綺麗だな、と。
――……素顔が綺麗でも意味がない。
同じクラスになった初日、交わした会話が脳裏に蘇る。告白した時は敬語だったはずだが、同学年だとすればその必要もないのだろう、敬語を排した、しかし堅苦しい口調で答えた。
よくよく考えれば、僕は彼女の顔と、その苗字しか知らなかった。そもそもの話、告白したのだって大した理由があったわけではない。
周囲が次々と恋人を作り、青春を謳歌している現状。そこから出遅れた分を取り戻そうとしただけだ。
違うのは嫌だ、同じがいい。まったく同じなんて有り得ないのであれば、ほんの少しでも似せたい。そんな思いから焦りが生じ、適当に目に付いた可愛い女子に告白した――一目惚れと言うにも温い、一時の気の迷いだ。
僕の告白は彼女にも失礼だった。だから、フられて当然だったのだ……と思い、立ち直るまでは早かった。それ以降、彼女と顔を合わせることもほとんどなく、抑揚のない一年を過ごした。
だというのに、なぜ同じクラスになり、しかも席が隣になるのだ。
「……私の顔に何か?」
一週間前と同じセリフを言い、文庫本に向けていたその視線を僕に向ける鉄輪。それに乗っかるように、僕もまた一週間前と同じセリフを口にする。
「……別に、相変わらず忌々しいほどに可愛いな、と」
ああ、少し違ったか。まあ綺麗なのも可愛いのも本当なので、そこまで気にするものでもない。
鉄輪は、一瞬だけその動きを止め、
「……すっ、素顔が可愛くても意味が……って、なんか既視感あるな」
動揺した素振りを見せたのもまた一瞬。すぐさま己のセリフが、過去にも言ったことがあることに気付いたらしい。
「先週もこんな会話したよ、僕ら。忘れてんだろうけどさ」
加えて言えば、僕が一年前にフった男だということも忘れているのだろう。
「……ああ、そういえば、こんな会話もしたっけ」
パタリ、と読んでいた本を閉じ、頬杖を付きながら端整な顔ごとこちらに向ける。視線だけだったものが、顔全体になり、相変わらず綺麗で可愛い鉄輪が僕のことを見る。
「どうも、鉄輪です。席替えまでの短い期間、どうぞよろしく」
「……ああ、うん」
そこは『一年間』って言って欲しかった。
だがまあ、そういう人間なのだろう。新学期が始まってからの一週間ではあるが、隣の女子のことを目にしていてわかったことがある。
鉄輪は友達が少ない。もしかしたらいないのかもしれない。少なくとも、このクラスで誰かと親しげに話しているのを見たことがない。
そういうのが苦手なのか、嫌いなのか……どちらにせよ、僕とそれほど付き合うつもりはないらしい。恋人としてはもちろん、友達としても。
単なる暇つぶし。そう捉えられて構わない。
何せ、僕のほうも彼女に対する恋愛感情なんてほとんど消失しているのだから。
「で、もしかしてだけど鉄輪さん」
「なんだよ」
粗暴な口調こそが彼女の素なのだろうか。
だとすれば、怒らせてしまうかもしれない。
「鉄輪って、可愛いって言葉に弱いの?」
「断じて違う」
勢いよく顔を反対側に向けた。
この反応だけでわかった。弱いんだこの人。
先週の僕は、鉄輪に向かって「綺麗な顔」と言い、鉄輪は微塵も動じることなく淡々と、意味のわからないことを言った。
しかし今日、僕は気まぐれから「可愛い顔」と言い、そして鉄輪は少しばかり動じた様子を見せた。そして今の反応。そういうことだろう。
「……訂正、よろしくすんな」
「なら僕も訂正、顔だけじゃなくて性格も可愛いわ、きみ」
◆
登校途中。周囲をチラと見れば、そのほとんどが恋人との登校である。
高校に入学すると同時、あるいはそれ以前から、はたまたそれ以降。少なくとも、僕がフられ、燻っている間にも彼らは恋人との甘酸っぱい青春を過ごしてきたのだろう。
僕は彼らと違う。そのことが少し、寂しい。
「と、そう思うんだ」
「だからって登校中にまで付きまとわれたんじゃ迷惑なんだけど」
たまたま登校していた鉄輪を見かけ、声をかけてみた。当然のように嫌そうな顔をされたが、鉄輪は僕を強く突っぱねることはなく、こうして隣に立つことを許されている。
なんだかんだで、グイグイ来られたら断れないタイプなのだろう。ただ常から近寄りがたい雰囲気を放っているため、周囲が近寄らない。近寄ってこないのならば、自分から近寄ることもない。それが、鉄輪が一人でいる理由。
「だいたい、周りと同じがそんなにいいのかよ」
「いい。というか、同じじゃなきゃ駄目なんだ」
即答する僕に、鉄輪は少し考える素振りを見せた。
「……なら、仮面を被ればいい」
「……なんて?」
何を言ったのか、理解が追いつかなかったため問い返す。
「だから、仮面だよ。周りと同じでいたいんだろ? だったら、周りと同じ仮面を被ればいい。アイツらが被ってるのは『恋人を愛する自分』っていう仮面だ。アンタもそれを被ればいいんだよ」
「……なんて?」
説明してくれたのだろうが、その内容すらてんで理解できない。
仮面。
そういえば、一年前に僕をフった時にもそんなことを言っていたか。
「『恋人を愛する自分』っていう仮面を被れって言ってんだ」
「……つまり、本心では愛してなんかいないけど、愛してるフリをしろ、と?」
「そういうこと」
ようやく納得したか、と言わんばかりに息をつき、それで説明を終えてしまう。
いいや、僕は彼女の言ったことを理解していないし、納得もしていない。
そんな様子が見て取れたのか、はぁ? という顔をしつつ、
「まだわかんないのか」
呆れ声で、それでも僕のために、彼女は仮面とやらを教えてくれた。
「――恋人がいるフリをしろ、ってんだよ」
そう語る彼女の顔は、少しばかりドヤ顔で。
「誰でもいい、なんでもいい。例えば少し前を歩いているあの女子でもいい。好きなフリをするんだ。もしかしたら後々それが本当になるかもしれないし、ならないかもしれない。でもそんなのは関係ない。いいから好きなフリをしろ。その嘘は、周囲の奴らが被ってる仮面となんら変わりない。最悪、相手なんていなくてもいい。何かを愛しているという嘘をつけ、仮面を被れ。それでほら、アイツらと同じだ」
さらに詳しく説明され、それでようやく言わんとすることが見えた気がした。
気がしただけで、結局何をどうすればいいのかはサッパリだけど。
「鉄輪」
「ん?」
言いたいことを言えたからか、若干スッキリした顔で、
「お前、変な奴だな」
「殺すぞ」
しかしその顔は、一瞬で不機嫌に染まってしまった。
「……仮面、か」
確かに、周囲のイチャ付きぶりはどこか空々しい。彼らが愛しているのは『恋人を愛する自分』であり、『恋人』そのものではない。客観的に見れば、それは明らかだ。
確かに、彼らと同じであるだけならば恋人を愛するフリで十分だろう。
「つまりはそういうことか」
「そういうこと」
今度こそ納得してくれたか、と息をつく鉄輪。
しかし、彼女の理論で行けば、別にフリである必要もない。
彼女にとって僕という人間は、彼女を作ろうとしている男子である。恋人ができないからこその手段として仮面を被れと言ってくれたわけだ。具体的に言えば、彼女がいるフリをしろ、と。それだけでアイツらと同じになれる、と。
「でもさ、」
それって、別に、
「きみが、僕と付き合ってくれればいい話じゃない?」
「――――」
ポカン、と口を開け立ち止まった少女の名は鉄輪。
僕が高校に入学し、初めて告白した少女。
「改めまして。――あなたに惚れました。付き合ってください」
周りには登校する生徒がいる。大きな声ではなかったが、もしかしたら誰かに聞かれているかもしれない。それでも構うものか、と僕は想いを伝えた。
恋愛感情のない相手に、『そんな危ない橋渡れるか』という想いを。
「――――は」
ようやく漏れ出た声は、ハ行の頭文字。
「はは、」
頬がヒクヒクと動いている。ああ、怒っているなあ、と思った時には、彼女は次の句を紡いでいた。
「お断りします。さようなら」
「なんでだよぉおおおお!」
こうして僕は、同じ相手に二度フられた。教室に行けばまた顔を合わせるというのに、わざわざ別れの言葉付きで、言い逃げというオプション付きで。
そして考える。どうして僕は二度もフられたのだろう、と。
「……僕、何かおかしなこと言ったかな」
相手がいないから恋人がいるフリをしろ、と言うのなら、相手を作ってしまえばいい。
恋人がいるだなんてすぐバレる嘘をつくよりもはるかにマシだ。なんなら、それこそ付き合っているフリでもいい。僕は恋人を愛しているという偽りの仮面を被り、青春を謳歌する周囲の人間と同じになれる。
彼女の提案に沿って考えたのだが、何が気に入らなかったのやら。
再度周囲を見れば、僕と彼女のやり取りなんぞに気を留めた人間はいないようで、相変わらず自分の世界に没頭している。恋人に好き好き言う自分が好き、なんていう、彼女曰く『仮面』を被り。
まあいいか、と僕は、教室へ急ぐ。
きっとそこに、鉄輪はいるだろうから。
◆
当然ではあるが、鉄輪は口を聞いてくれなかった。
「鉄輪さん、お願いがあるんです」
「…………」
「僕と付き合ってください」
少し小声で、鉄輪にしか聞こえない声で言う。しかし彼女は取り合ってくれず、文庫本に目を落としたままだった。
少し戦法を変えてみよう。
「昨日も聞こうと思ってたんだけど、それ何読んでるの?」
「オペラ座の怪人」
普通の質問には答えてくれるのか。日常会話には支障なし、と。
ならばやはり、禁句は『付き合ってくれ』か。
それがわかっただけでもよしとしよう。
「わかった、今後は言動に気をつけよう。……好きでもない相手に『付き合ってくれ』とは言わない」
「――――」
一年前は確かに彼女のことを好きだった。……のかもしれない。少なくとも、今日のように無感情で告白したわけではない。
だが今朝のはいくらなんでも失礼に感じたのだろう。思い返し、今朝の行動を文章にするとまあ酷い。好きでもない相手に告白。最低にも程がある。
そう思っての謝罪だったが、彼女は再度ポカンと口を開けて固まった。
数秒の間を起き、
「……気持ち悪い」
そう言い、それきり日常会話すらしてくれなくなった。
あれ、おかしいな。
授業中、昼休み、放課後と、鉄輪が帰路に着くまでずっと教室で考えていたがてんでわからない。なぜ謝罪したのに罵られたのだろうか。
告白を断られたのに媚びを売ろうとしたと思われたのだろうか。
……ああ、わかった。
「謝罪のつもりだったのに、一度も『ごめんなさい』って言ってなかったんだ」
それに気付いた時にはもう、教室には誰もおらず、窓から差し込む夕日は沈みかけていた。
その夕日を眺め、帰り支度を始めると同時、
窓の外で、人が落ちていくのを見た。
よろしければ『女子高生のオモチャ』の方も読んでいただけると嬉しいです。