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1 シラ嬢、黒夫人と出会わされてしまう

<帝国における学制>


帝国教育庁公布 教育法


第一条(教育の義務)

 本国においては、全ての臣民に教育を受ける権利、また、その保護者に教育を受けさせる義務がある。


第二条(義務教育の期間)

 第一項 義務教育は課程制とし、最高十年とする。

 第二項 義務教育就学年齢は満六歳以上とし、上限はない。

 

第三条(義務教育機関)

 本国における義務教育機関として、初等学校を設置する。


第四条(初等学校)

 第一項 初等学校は初等科三年・高等科三年とする。

 第二項 初等学校高等科三年の課程を修了した者を義務教育修了者とする。


第五条(中等教育機関)

 第一項 本国は、義務教育修了者を対象とした中等教育機関を設置する。

 第二項 中等教育機関はその目的に応じて課程を決めるものとする。

 第三項 中等教育機関には、年齢の制限はない。


第六条(中等学校)

 第一項 中等教育機関として、中等学校を学都として制定した都市に設置する。

 第二項 中等学校は男子中等学校、女子中等学校の二種類とする。

 第三項 中等学校は初等科三年、高等科三年の計六年の課程とする。ただし女子中等学校においては、事情により、高等科を二年とすることも可能とする。

 第四項 男子中等学校修了者は、専門学校・大学校への進学資格が与えられる。女子中等学校修了者は、専門学校への進学資格が与えられる。

 

第七条(青年臣民学校)

 第一項 青年臣民学校は、義務教育修了者対象とし、学都以外の市町村に設置する。

 第二項 一学校につき、男子部と女子部を設置する。

 第三項 青年臣民学校は、本科四年、追科二年の課程とする。ただし女子部については、本科のみとする。

 第四項 追科二年修了者には、専門学校・大学校進学資格試験受験資格が与えられる。


第八条(高等教育機関)

 第一項 本国は、中等教育修了者を対象とした高等教育機関を設置する。

 第二項 高等教育機関はその目的に応じて課程を決めるものとする。

 第三項 高等教育機関には、年齢の制限はない。


第九条(専門学校)

 第一項 高等教育機関として、専門学校を学都として制定した都市に設置する。

 第二項 専門学校は男子専門学校、女子専門学校の二種類とする。

 第三項 専門学校は本科三年の課程とする。

 第四項 男子専門学校修了者には、大学校四年への編入資格試験受験資格が与えられる。


第十条(大学校)

 第一項 高等教育機関・研究機関として、大学校を学都として制定した都市に設置する。

 第二項 大学校は本科六年、研究科二年の課程とする。

 

第十一条(学都)

 第一項 本国は、学術研究都市としての学都を制定する。

 第二項 学都は東海管区び青海管区に置かれる。

 第三項 各学都には次の数の教育機関を設置することを義務づける。

     男子中等学校 十校

     女子中等学校 五校

     男子専門学校 三校

     女子専門学校 一校

     大学校    一校

     青年臣民学校は設置しない。

 

(中略)


第二十三条(辺境地留学制度)

 第一項 ここで言う「辺境」とは、華西管区・南海区等の国境に面した地域のことを指す。

 第二項 各管区の「辺境」に指定された区域は、各年ごとに、その年義務教育を修了した最も優秀な児童一人を学都の中等学校に進学させなくてはならない。

 第三項 各学都の中等学校は、留学生を帝国臣民としてふさわしい教育を受けさせる義務がある。   


***


 教室棟と宿舎棟をつなぐ廊下は、歩くたびにぎしぎしと音がする。

 この学校の歴史は古かった。何せこの帝国で最初に作られた女子中等教育機関なのだという。正式名称を東海華皇立第一中等学校という。同じ名前の男子中等もあったが、ここは女子中等だった。

 今でこそ、東海管区と青海管区の二つの管区に、「研究教育都市」として指定されている「学都」は十を越えているが、この東海華はその一番最初の学都だった。

 女子中等は、先代の皇帝陛下がずいぶんと開明的な方であったために、その設置が許されたのだという。その程度はシラも知っている。


 ぎしぎし、ぎしぎし。


 シラは確かに動揺していたが、それは校長の期待とは全く別の所にあった。

 渡り廊下棟を抜けると、寄宿舎棟がある。寄宿舎棟は、五階建ての建物である。授業を行う校舎同様、この建物も古い。シラはその最上階にある自分の部屋へと向かう。

 何となく胸の中にもやもやもやもやしたものが溜まっているような気がする。それを早く吐き出してしまいたい。一刻も早く。シラは早足になる。だけど走る訳にはいかない。

 このかぶった猫を維持するためには。

 もう少しだった。もう少しで自分と相棒の部屋だ。誰もいないはず。盗聴器のある位置から一番遠い所を選んで。

 そうしたら思いっきり笑ってやる。

 そう思っていた。だが。ガチャ。扉を開ける音。薄荷煙草の軽い香り。


 …薄荷煙草?


 彼女は目を疑った。一人の女性が居た。一瞬自分がその女性に目を奪われていたことにシラは気付く。


「…あなたは、どなたですか?」


 最初に相棒に出会った時も、似たようなことを口走った記憶がシラにはある。だがその印象は、現在彼女の目の前に居る人物とは全く逆と言っていい。


「ごきげんよう」


 目の前の人物は、アルトの声でそう言った。相棒より低い声。知らない。この人物に会ったことはない。どう言った対応が妥当か? シラは頭の回転を一気に速める。

 とりあえずはこう言っておけば間違いない。


「ごきげんよう。はじめましてというべきでしょうか?」


 室内に居た人物が、例えば物取りだったり、部屋を抜き打ち検査する舎監だったりすれば話は別だ。その時にはその時の対応の仕方というものがある。

 だがこういう場合については教則本がない。

 侵入者の女性は、半分開けた窓に軽く腰掛け、シラが入ってくるまで外の景色を楽しんでいたようだった。

 短い、きついウェーヴのかかった黒髪。それは副帝都の流行の最先端と言っていい。

 濃い黒い眉とその下の大きな黒い目。彫りの深い顔立ちなので、やや濃いめのシャドーがずいぶんと似合っている。そして肌の色自体は白いから、余計にそれは引き立つ。

 上は飾りとしてしか役立たないだろう小さな帽子から、上着から長いスカート、そしてストッキングに靴に至るまで、黒・黒・黒。

 薄荷煙草をふかす煙管すらも黒のつや消しのものである。ずいぶん高級なものなのだろう。見えるか見えないかという程度の模様がぼんやりと浮かび上がって見える。

 そしてその煙管を持つ手には黒のレースの手袋が。


「あなたをお迎えに来たのよ」


 やや気怠げな声がシラの耳に届く。


「それはありがとうございます。ですが貴女様がどなたであるか判らないうちは、ここを動く訳には参りません」

「でしょうね」


 くす、と彼女は笑った。窓から降り、煙管を持っていないほうの手を腰に当て、まだ入り口を閉めないシラの方へとゆっくりと近付いてくる。


「むやみに貴族令嬢たる者が侵入者に気を許してはいけないわね。アヤカ・シラ・ホロベシ男爵令嬢?」

「いったい貴女は、どなたですか?」


 シラは続けて問う。


「私? 私はラキ・セイカ・ミナセイと言う者よ。夫はミナセイ侯爵…ご存知ない?」

「…黒夫人!」


 反射的にその通り名がシラの口から洩れた。ラキ・セイカ・ミナセイは、やや薄い笑いを浮かべ、満足そうにうなづいた。


「知っていて下すって何より。何だったら皇宮の通門証でも見せましょうか?」

「いいえ、結構です」

「あらそう。ならいいわ。ねえせっかく忙しいのを割いてやってきたのよ。あなた早く支度なさいな」

「支度?」

「帰るのに決まっているでしょう?」

「迎えの方がどうの、と… 貴女がそうなんですか?」

「あら、言わなかったかしら?」


 聞いていない、とシラは思う。


「…何やらずいぶん警戒されたようね…」


 当然だ、とシラは思う。

 黒夫人と言えば。

 黒夫人と言えば、帝都の社交界でも、最高の有名人である。皇族の縁戚である公爵家の次に格の高い侯爵家、その中でも筆頭、公爵家とほとんど格が違わないというミナセイ侯爵の夫人。

 最も彼女が社交界の中心人物である理由は、家格だけではない。

 社交性だけでもない。

 知性・教養と言った中身の面も含め、彼女には何やら人を引きつけるものが天性で備わっていた。時には傲慢とまで言われるその振る舞いも、その物腰やら何やらというフィルターを通すと、それは魅力というものに変わるらしい。

 その傲慢と言われても仕方がないのが、彼女のまとう「色」である。

 黒夫人、と言われるだけあって、彼女の身体はいつも黒の衣装でくるまれていた。微妙の色あいの差こそあれ、黒は黒である。

 黒は、帝国では伝統的に、高貴な人か、何かに秀でた人にしかまとうことを許されない色である。さすがにこの現代では「禁止」されてはいないが、まずたいていの人間は大量にまとうことを避ける色である。

 ところがこの夫人ときたら。

 それ以外の色を身につけた彼女を見かけた者はここ十数年ないという。

 もちろんそれまでも、黒を含めた強い色が好きだったのは事実だが、それまでは、深い赤だの、沈みそうな程の青だの藍だの、それなりにとりどりの色を着こなしていたのである。

 ところがある時点から、ぷっつりと彼女は黒しか着なくなった…

 シラは寄宿舎の少女達の愛読する月刊誌「女子学生通信」の記事を必死で頭の奥から引っぱり出していた。

 その雑誌は、教科書程度の大きさ厚さなので、教室に持ち込んでもそう判らない、という利点もあり、少女達の愛読書となっていた。

 だがやはりシラは警戒の念を隠せない。戸口につっ立ったまま、じっと夫人をにらみ据えている。


「じゃあこう言ったらどうかしら?」


 シラは扉に手をかける。


「私はあなたのお母様とお友達だったのよ」

「母と」

「ええ。それもとっても仲の良い」


 ぴりぴりした気分が半分薄れる。だがその言葉はまた一つ別のぴりぴりを生み出すのだ。


「とっても?」

「ええ、とっても」


 夫人は軽く目を細めて、薄荷煙草の煙を軽く吐き出した。


「あなたが同室のお友達と仲の良いくらいに仲良し」


 シラは後ろ手に扉を閉めた。そして奥歯をぎっと噛みしめた。

 仲良し、と言えば、自分と相棒は確かにそれこそ「仲良し」だろう。

 ではどのくらい仲良しか。それを口にはそうそう出す訳にはいかない。少なくともこの寄宿舎の外の世界では。

 おそらく夫人の言うところの「仲良し」は自分と相棒のそれと同じ類のものだろう、と思われる。彼女が自分の母親と少女の頃同じ学校に通っていたとすれば。

 それに心当たりがない訳ではない。


「盗聴を気にしている? だったら平気よ」

「…」

「私も昔はこの学校に居たのよ。そして物騒な生徒だったの」


 だからと言って安心できる訳がないじゃないの!

 シラは内心怒鳴った。



 相棒の名はイラ・ナギマエナ・ミナミと言う。

 何となく覚えにくいというか、アンバランスな名だ、とシラは最初聞いた時に思った。まあ上はいい。彼女はナギマエナという名を嫌って、シラにはナギとだけ呼んでくれ、と最初から言ったものである。

 シラが彼女に初めて会ったのは、一昨年の春だった。

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