ブレトヴィル・ロルゲユースへの反撃2
パンツァー・マイヤーが文字通り先陣をきる。それに続いて戦車隊も楔形の陣形で西へと向かった。西に進んでいくと、街道の左手で友軍が対戦車砲の陣地を設営していた。その部隊の規模は中隊クラスで擁する対戦車砲は大きい。あれが8.8センチ対戦車砲か。私たちはドイツ軍の警戒ラインを越える。ここからはカナダ軍がいつあらわれてもおかしくない。
「もう敵地だぞ、気を抜くなよ」
キューポラ(車長用ハッチのある凸部のこと)から車外に顔を出しながら言う。当然、車外に顔を出している車長は歩兵の絶好の的であるが、多くのドイツ軍の戦車長は狙撃のリスクが大きい場面でも車外に体を出して周囲を偵察した。ドイツ戦車のキューポラには防弾ガラスがはめ込まれていて車外に顔を出さずとも周囲の偵察が可能であったが、ほとんどの場合それでは十分な情報を得られなかったのだ。ドイツ軍の戦車長の多くがこうした行為で命を落としたが、こうした戦車長の勇気ある行動はより多くの戦車兵の命を救ったのである。
警戒を緩めずにしばらく街道上を進むとロツ村の建物が見えてきた。村落の入り口ではオートバイの側車に乗ったパンツァー・マイヤーが戦車隊の到着を待っていた。
戦車が村の入り口に着くと、タンクデサント兵たちは戦車を降り、ロツの内部の捜索を始めた。結果としてロツには敵兵はおらず、戦車隊は一列になって村の中を通過する。そして、村を抜けると戦車は再び兵を載せ楔形陣形をとりながら西へと進む。
ロツ村とブレトヴィル・ロルゲユースの中間地点に位置するノレ―村を左手に見ながら街道を進む。カナダ軍の警戒ラインまであとわずかだ。
「村に照準をあわせろ!」
暗闇の中に村のシルエットが浮き出るとベッカーSS軍曹は私にそう命令した。それと同時に別の中隊の車両が砲撃を始めた。
「ライゼンシュタイン、止まるなよ!止まらずに村まで突っ込むぞ!」
ベッカーSS軍曹はツルタにそう命じる。
「ハーゲン、撃て!」
私は撃鉄レバーを引いた。凄まじい衝撃とともに砲が後退し、薬きょうが排出される。放たれた砲弾は村の建物に食い込み爆発した。遅発信管だ。砲弾の破片が周辺に危害を与える。
「装填良し!」
激しく揺れる車内でマヤが次の砲弾を装填する。マヤは名装填手だった。装填を終えるとすぐさま脇に逃げ主砲の安全装置を解除した。
カンカンカンカン!
村からの反撃だ。村のいくつかの場所が光り曳光弾が線を描く。その線の一つが912号車を撫で、鈍い音とともに装甲板をたたいた。
「ひい!」
無線手兼前方機銃手のマウラーが短く悲鳴をあげた。その悲鳴がヘッドセットを通して私やベッカーSS軍曹の耳に入る。
「落ち着け馬鹿者。豆鉄砲だ。ハーゲン、同軸機銃であいつらを黙らせろ」
「ヤボール!」
今度は主砲ではなくその横に取り付けられている主砲同軸機銃のMG34を操作し照準器を通して私たちを攻撃している機関銃に狙いをつけた。引き金を引くとMG34から7.92x57mmモーゼル弾が放たれる。数発に1発の割合で装填されている曳光弾が射線上に光を残し、暗闇の中に光の線を描いた。私の描いた光の線がカナダ軍陣地から伸びていた光の線と重なること数秒、912号車を攻撃していたカナダ軍の陣地は沈黙した。私が殺したであろう敵兵の姿は見えなかった。