前世は召喚された勇者でした。けどわたくしは天才じゃないです3
お待たせいたしました。
第3弾です。
全然進まなくて申し訳ない。
えっと、今回の話からエレインの名前を変更しました。
エレイン・フォン・グリード→エレイン・ヘルツォーク・グリード
です。
ま、大した変更じゃないですけどね。
ではお楽しみください。
「ん……」
清々しいほどの陽光が射し込む爽やかな朝の目覚めだ。視界の隅にちんまい少女があられもない姿で転がっている気がするが気にしないったら気にしない。せめて上の下着は残して欲しかったよ幼女さんや。
思わず遠い目をした俺は悪くねぇ。
見た目小学校低学年のちんまい金髪美少女が、ほぼ裸に近い(三角の白い上質な布は残ってる)状況で目の前に居るんだがどうしてくれようか?
と言うかあれだな、いつも思うんだけど普通身長に行くはずだつた栄養がある一点に集束されているんじゃないだろうかと思うほどデカイなこれ。え?何がデカイって?そりゃおめぇ――
「ううん……おねえしゃまぁま……」
白を基調とした肌触りの良い上質な布に埋もれた幼女が幸せそうに涎を垂らし寝言とともに寝返りをうてば、当然と言うべきか側でともに寝台に乗っている半覚醒状態の俺の右腕を巻き込んで、幼女が持つ山のような形が整った桃源郷が大津波を引き起こした。ぐにゃりと形の良い物の感触が眠気を弾き飛ばしていく。
こ、この大波に俺が乗らねば誰が乗るっ。おおっ、これが夢にまで見た至福の感触っ。
とまあ、なぁんてイマイチ回転数が上がらない脳ミソで考えること数秒間。
柔らかくて張りのある弾力、そいつはいつまでも触っていたいとは思うほど最高級の感触で俺の右腕から先を包み込んで離さない。
むしろ今は呑み込んだ右腕では足りないとばかりにグイグイと勢い良く右腕を引っ張ってくる。まるでギュムギュムと効果音を出さんばかりにしなだれ掛かってくるたびに言い様のない柔らかさが脳内のどこかを侵食していく。
だが悲しいかな。例え至福の感触を味わったとしてもその先へ挑む気持ちは全くといって良いほど起こら無いと言う絶望……。
心は間違いなく男なのだが生物学的に女である俺にとってこの絶え間無く続く幸福は「おお、良い感触だな」位にしか感じなく、沸き起こるはずの欲望が涸れ果てている今、この感動をイマイチ伝えきれない俺の語呂のなさのせいで逆にこちらが落ち込んでしまいそうだ。やるな爆乳幼女。
あ、どうも、おはようございます。
こんな朝早くに婦女子の寝室へようこそ。毎度お騒がせしております『勇者の末裔』ことエレイン・ヘルツォーク・グリードです。
先日「エレインお姉さまのお嫁さんになるっ」と公私ともに周囲に宣言されているハルラ・デュク・カレイドさん(身長138㎝、体重は乙女の秘密。年齢は早生まれな為俺より歳上な13歳)をお茶会にお誘いしたところ、その会の終わりに涙目で「今日お泊まりさせてもらっても良いですかお姉さま?」なんて言われましたのでキュンと来てお泊まり会を決行させていただいた翌日です。
まあ俺のなかでは同い年でも妹みたいなもんだと思って接してるんだが、最近スキンシップが激しい。一旦距離を置くべきだろうか?誰か教えてくれ。
そんなしょうもないことを考えていたら少し頭の回転数が上がってきたのでウォーミングアップとしてこの国の貴族の階級について説明しようかと思う。
簡単単純にパパっと階級順に並べると――
≪公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵≫
――と言った順にになり、貴族になれば名と姓の間に貴族の称号が入ることになる。
例にあげるとして今ここで幸せそうに俺の右腕にむしゃぶりついてはむはむしてる幼女の場合だと――
『ハルラ・デュク・カレイド』
つまり『カレイド公爵家のハルラ様』
――となるわけだ。
まあ、あくまでもこれは一般的な部類に当たり、本来はもっと複雑なことがあったりしたりなかったり、諸々の大人の諸事情によっては称号が色々変わったりしている可能性も捨てきれないけれど、大抵は相手が名乗ったときにその人が今、どんな地位を陛下に賜っているかの目安となる為結構重要だったりもする。
ちなみに安易に貴族の名を騙ったりした場合は問答無用で死刑なので気を付けなければならない。
ただまあ基本的には『貴族名鑑』とか言った無駄に税に凝ったクソ重い辞書のような本が毎年金貨10枚(平民が大人2人、子供3人で普通の生活をして4ヶ月生活出来る程度の額)を納めて手に入れれば、誰が何処の貴族かってのは絵姿付で分かるようになってるから、それに目を通していれば例え辺境の地に居ようとも情勢は把握出来るんだが。
まあ我が家にはそんな無駄な物は存在しないけれども。
さて、では俺の地位は一体何処の部分に当たるかと言うと――
≪公爵 ≒ 辺境伯>侯爵……以下略≫
こうなる。
地位的には公爵よりはほんの少し下ではあるが公爵と同等の権力を持ち公爵の立場にある人間に大して物を言うことを赦されている地位でもある。ただ一応立場的には公爵よりしたなのであんまりおおっぴらには反発出来ないんだけどね。
では何故俺がそんな王族と公爵家の次に強い権力を持つような地位に就いているのか。
我がグリード家が発足されるに当たる物事の始まりを言えば、1世紀ほど過去。この国『ラグレイグ王国』に戦争吹っ掛けてきた隣国『ディメンタール帝国』の侵略から自国の民(またの名を自分たちが好き勝手出来る収入源)を護るため、とか言うくっだらねぇ理由で異世界から召喚された『勇者カズキ』の子孫であるからだった。
え?どうしてそんなくだらねぇ理由のことを俺が知ってるかって?
一応俺の実家が『勇者の子孫』が治めるグリード領を束ねる辺境伯で『勇者カズキ』の手記とか王都禁制の歴史的資料とかその他諸々の逸品が書斎に一式揃えられてるってのもあるけれど、そのなかでも一番の理由がある。それは――
俺、エレイン・ヘルツォーク・グリード辺境伯令嬢は前世では召喚された『勇者本人』の生まれ変わりだってこと。
えっ、信じられないだって?
証明して見せろ?
あーっとうーん証明かぁ……。難しいな。
そもそも俺自身スゴく驚いてることなんだよね。
表立った争いの無い平和な島国で、のほほんと安穏な日々を過ごしていた俺が人混み溢れるスクランブル交差点をスマホを片手に小説読みながら渡って「異世界ねぇ、そんなのあったら行ってみたいぜ」なんてぼそぼそ呟いていたらいきなり喧騒が消えると言う恐怖を味わった。
日常ではあり得ない非日常な現象に思わず混乱を通り越して逆に冷静になると言う奇跡体験を感じつつ、パッと顔を上げて即座に現状の把握を努める俺。これさっきまで読んでた小説と同じ展開じゃないか……。冷静な脳内で後悔と叱責を繰り返し続けながらも観察を続ける。
周囲では明らかに同じ人種とは思えない金髪とか銀髪とかとりあえずどう見ても“異世界人”ですありがとうございますなファンタスティックな方々が口々に『勇者』『召喚が成功したのか』『なんか弱そうだな』とか明らかに侮蔑の含んだ物言いに頭が痛くなる。耳に入ってくるのは知らない言語なはずなのに頭では理解できちゃったりと不思議体験に戦々恐々しているなか、状況は目まぐるしく変化を続ける。
意匠の凝った白銀に染まる金属製の鎧をまとった男たちが整列し出したのを見つめながらこの時俺は思ったね。
何故あそこで「異世界に行ってみたいぜ」的な発言をしたっ。俺!戻れたらぶん殴ってやりてぇええっ。てな。
ざわざわとざわめきのなかで停止している俺の内心は地面に手をついて項垂れてる感じだ。絶望したよ俺は。
続々と包囲網が縮まるなかでも俺は情報を求めて足元を見つめる。仄かに輝きを失いつつ、不可思議な紋様が俺を中心にして拡がっているが、もしやこの紋様を使って呼び出されたのだろうか?
だとすれば俺はこの足元の石材に直接刻まれた紋様を一部でも良いから破壊したくなった。
今後の犠牲者が出ないようにするためにはそうしておく必要性がある。
しかし無言でいた俺に待ったがかかった。魔術師っぽいじいさんからのファーストコンタクトが俺の思考を止めたのだ。
「言葉は分かるか?」
ここで答えずに首を捻ったらどうなるんだろうか?
とりあえずじいさんの後ろに控える騎士さんが剣に手をかけてるので内心ビビりながら「ああ」と答えてみる。
するとじいさんは明らかにホッとしたのか、後ろの奴らに指示を出し始めた。
小さな声だが何故だか俺にはハッキリと聞こえ内容は「王に報告を」「お連れしろ」「丁重にな」等の漏れ聞こえる内容的にはまだましな扱いなのかな?
なんて思っていた時期が俺にもありました。
込み上げる恐怖心を押し殺し、俺は相対するのはガラの悪い騎士の兄ちゃんたちの下卑た笑いにただただ震えていた。それでも切っ先が震えて定まらない俺の構えを相手は待ってくれるワケでもなく。「勇者ならこれくらい出来て当たり前だろう」とかなんとか言われて訓練と称した私刑にあってぼっこぼこにされたよ。
それからあれよあれよと隣国『ディメンタール帝国』との戦争へ出陣。初陣で初めて人の死を身近に感じ、堪えきれずゲロを撒き散らしつつ何度も何度も血反吐を吐いて、漸く戦争に勝利した。
毎日死と隣り合わせの中でも俺は成長を続け、この頃から見違えるように勇者パワーって奴に目覚め、段々と無双状態を始めてた。まあ生存本能ってやつかな。死に物狂いで必死だっただけだと、後に呟いていたのを思い出した。
その後どう言った話し合いがなされたのか断片的にか思い出せないが、なんか知らんうちに抑止力として利用価値が出来上がっていた。
さて、漸く課せられた役目を終えたと思ったので王様に元の世界に還してくれと伝えてみたんだが――まだ役目は終わってない。貴様は抑止力として必要なのだ。なんて言われまして……。つまりあれか?還せないって取っても良いってことだよな?ディメンタール帝国は虎視眈々とラグレイグ王国を狙っているわけだしたぶん俺が死ぬまでこの役目から解放されることはない。
どうにか帰るにしてもディメンタール帝国を滅ぼすくらいしか手立てはなく俺にその気はないし、仮にラグレイグ王国を滅ぼしても契約不履行で還れない……。ここまで来ればバカな俺だって解る。つまり詰んだ状態だった。
絶望に崩れたなかで俺に新たなる命令が降った。
『魔王ユーフィルを討伐せよ』
聴いた直後何のために?って思った。
ラグレイグ王国と魔族との仲の悪さは知ってはいる。国境沿いで散発的にやりあっているのも知っている。
だけどそれだけで将棋盤で言う王を獲りに行く必要性があるのか?
俺には分からん。分からんなりに動いてみようと思った。
それからめくるめく魔王ユーフィルが治める魔族領へと単身潜入。軋轢の原因は王族と一部の貴族、そして魔族の有力者が仕組んだ自作自演だった。ラグレイグ王国は魔族の領土が欲しい。魔族の有力者は魔王になりたい。
俺は怒りに拳を震わせながらも目の前に立ち塞がる障害を文字通り千切っては投げ千切っては投げ。人族は最寄りの詰め所に証拠と一緒に叩き込み、魔族の有力者は簀巻きにしてシバき倒し、魔王ユーフィルに簀巻き魔族とセットで俺的お土産ランキングベストファイブ添えて進呈。
「よく来たな勇者よ」「あ、どもです」「じゃあとりあえず一発殺るか」「へっ?」から始まるリアル鬼ごっこ。一晩中に及ぶ一発当たったら全て粉微塵=即死級のテレフォンパンチの嵐。マジ死ぬかと思った。
で、疲労困憊のなかで次に起こったのが暴露混みの飲み会。「裏切りは知っとったよ」とはユーフィルさん談。マジぱねぇっす。
何だかんだで魔王と仲良くなって意気揚々と帰国。
国境沿いに俺が裏切ったとか言う理由で国の暗部の人間がゴロゴロ居ましたがそれ相応の対応をさせていただきました。
マジ汚いよね。詰め所に突っ込んだ貴族も死んだらしいし罪を俺に押し付けようとしている王家の動きが良く解る。
てか、俺消したらディメンタール帝国が攻撃してくるけど大丈夫なんかな?
あー、もしかして俺消してまた勇者召喚でもやらかす気か?
そうとしか考えらんねえな。
さてどうしたものかね。一応魔族の王から預かった親書を持っているんだが、あーめんど。
とりあえず王様に逢うか。
そしてやって来ました謁見の間。
おいおいどうしたんだい顔が青いよ王様ァ。
あ、これ親書です。魔王から預かってきました。
あと、召喚の間の召喚陣壊しときましたんでもう召喚は出来ないっすよ?
あれ?怒っちゃいました?
王家に代々伝わる召喚陣?へぇーそんな昔から俺たちのこと誘拐してたんだ。
王家って誘拐犯の集まりか何かですか?
侮辱するな?いえいえ事実でしょうが。なんの関係もない世界から許可なくいきなり拐って家族と引き離して元の世界に還りたければ言うことを聞けと脅す。
これって立派な犯罪ですよね?
考えてみてくださいよ。貴方のお子さんが誰かに連れ去られました。しかも痕跡が全くありません。どうしましょう?
ねえ貴方ならどう思います。
仕方がなかった?
知らねえよそんなこと。自分たちでもたらした結果だろうがっ。
安易に他人にケツ拭いて貰ってんじゃねぇぞオラァ。
もううんざりだっ。
テメェラの言い分もワケわかんねぇし何で俺が無償でなにかせにゃならんのだっ。ふざけるなっ!
いつまでも言うことを聞かせられると思うなよっ。
最初は従ってたがこっちの世界の情報が手に入ればもう関係もない!
丁重に扱われるならまだしも使い潰されるような真似されて黙ってられるかっ!
言い訳すんじゃねえっ!良いかっ!ディメンタール帝国からは護ってやるよ。ただそれ以外のことで俺の邪魔をするなっ。
もし邪魔をするならディメンタール帝国に寝返ってこの国を食い潰してやるよっ!
あ?爵位?
んなもん要らねぇっての……本当だな?義務は発生しないんだな?
なら受けてやっても良い。
精々俺の対策として色々と準備でもしとくんだな。
いっやーブチキレましたわー。
うん反省。
これでも我慢した方だぞ。あいつらこっちのこと道具か何かと勘違いしてるっぽかったし釘さすって意味合いでも言って良かったわ。
うんスッキリした。
ただあれだ。どうして英雄扱いなんだ?
そうかそんなに隠したいか上層部の腐敗を……。
まあ害は無いから放っておくが。あー、市民のキラキラした目がツラいわー。
なんか知らんうちにディメンタール帝国を退け魔族との和平を結んだ英雄?みたいな感じで祭り上げられてっし。
ラグレイグ王国を救ったのは我が国が召喚した勇者だ。だから王国をもっと崇めよ。
ははっ、利用されたわ。
ムカつくけど許してやんよ。今は気分が良いからな。
とりあえず引き攣った笑みを見せる陛下から領地を持たないが伯爵としての地位を頂きました。ちゃんちゃん。
そこからすり寄って来る王族の息のかかった貴族どもを適当にあしらいつつ、暗殺回避したり、毒殺回避したり、腐敗貴族ブッ飛ばしたり、魔王さんとこ遊びに行ったり、旅行したりしてとにかく開き直った。
異世界最高ヤッホォーってね。
んで、気が付いたらユーフィルさんの親戚で戦闘狂と畏れられてる姫さんに目をつけられて毎日のように決闘、共闘を繰り返していつの間にか結婚しちゃってました(テヘペロ
長い年月掛けて2人で一緒に色んな所を旅をして、王都の外れに家建てて、仕事して、無事にガキどもを育んで、子供に手出そうとする糞どもブッ飛ばして、嫁さんは二人目を産んだ後の体力が戻らなくてそのまま亡くなっちまった。
「私よりこの子を…」なんて言葉を遺してさ……馬鹿な女だったよアイツは。んでまあガキどもに英才教育と言う名の戦闘訓練とか暗殺の回避の仕方とか貴族に言質取られないようにするための立ち回りとかとかとか仕込んで幾星霜。最期は毒キノコに当たって死にました。
史実では魔王に殺されたとか嘘八百並べられてたけど、ええ、死因は毒キノコです。ガキどもは半笑いだったのが印象に良く残ってる。勇者に憧れている皆々様。なんかゴメンね。
ちなみに享年53歳でした。
まあ孫抱けたしいっかな。
んでんで次に目を覚ました時にはおっぱい吸ってた。思わず鼻と口からミルクを噴いたよ。ゴメンねマミィ。
ってな感じで転生しました。エレイン・ヘルツォーク・グリード、今年で13歳になるピチピチのギャルです(死語)。
世間様での肩書きは『勇者の子孫』で『辺境伯令嬢』、そして『ラグレイグ王立学院』に所属する一生徒。最近では『第2王子の想い人』なんかあるらしいけど俺は知らない。知りたくもない。
みんなが知らない肩書きは上記に加えて『魔王の親戚』『前世勇者』『元男』だ。
さてさて、元男と宣言したところで悲しいかなこの身体。エレインとして育った12年の月日が俺の滾る熱いパトスを鎮めたのか、女の子の胸を見ても興奮しなくなりました。今現在は大津波に呑み込まれた我が右腕を取り戻さんと悪戦苦闘している最中であります。
確かにいつまでも触っていたいと称したけれどこのままでは朝の鍛練に向かえないではないか。あ、やめっ、左腕まで持っていかれたら俺はどうやって脱出を謀れば――
カタンッ。
――むっ?
俺が必死になっているうちにどうやら我が家の侍女様が起こしに来てくれたらしい。
そりゃあいつも侍女並みに早く起きてくる俺が全然起きてこなかったら気になるよな。でもあれだ……その入室してこちらをまじまじと眺めながらの沈黙はやめてくれませんかねメリスさんや。
え?なにその『わたくしめはわかっておりますから』的な意味深な目は!?
「っんっ…おねえしゃまぁ」
おお、こら待てっ!扉を閉めんなメリス!その扉を閉めて去るんじゃないっ!メリスっ、戻ってこいっメェリィィィスッ!!
的なやり取りがあった後の応接間。そこで俺はメリスが淹れてくれる紅茶に舌鼓を打っていた。やはり彼女の淹れる紅茶は美味しい。いずれ自分で淹れるようになってみたいものだ。
「おはようございますお嬢様」
「おはようメリス」
あれから揉みに揉まれ脱出するまでに数々の冒険を乗り越えてきた俺は、妙な疲労感とともに寝室から応接室へと姿を移していた。え?爆乳幼女?起きてんじゃねえの?ってぐらいあまりにもしつこかったから(物理的に)沈めてきたよ。楽しみにしてた人ゴメンね。
まあそんなことより今も黙々と軽食を用意してくれる侍女の方が俺には大事だなうん。
「あのぉメリスさん?」
「なんでしょうかお嬢様」
「いやぁあのぉ、わたくしの聞き間違えじゃなければ先ほどからおかしな副音声が聴こえるのだけれども」
「気のせいじゃありませんかお嬢様。別にお嬢様がハルラ様のような幼児体型の方に抱き付いてようが、わたくしめは何も思っておりませんが」
「そ、そうなの。まああの娘はカワイイからつい、ね」
「左様でございますか」
「うん、まあ別にこちらから抱き付いたワケじゃないし気にしなくてもよろしいんじゃなくて?」
「そうですねお嬢様」
のぉおおレベル上がってるぅ!?
「まあ冗談はさておき、お嬢様も女性たちとばかり交流ばかりなさらないでそろそろ殿方に興味を持ってくださいね」
「わたくしが女性にしか興味ないような言い方はよしてよ」
「違いましたか?」
「…………」
全くもってその通りです。いかん、勝てる気がしない。
「それより早く鍛練に向かいたいわ」
あ、メリスさんや、タメ息は吐かないで……。
「左様で、では準備しておきますね」
「お願いするわ」
さて、ではいつものをやりに行きますかね。け、決して逃げたワケじゃないからなっ。
▽△
「ふっ」
斬り下ろし、斬り上げ、水平斬りからの回転斬り。
「はっ」
サイドステップ込みの撫で斬り、刺突、突き上げからの引き落とし。
一呼吸の間に繰り返し繰り返し繰り返し。何度も何度も愛用の木剣二刀流を振り回す。
産まれる前から営んできた俺の訓練の型。
この瞬間だけはあの時代に戻れ、この瞬間だけは誰にも邪魔されたくはない。
そう思っていたのに……。
「やあ」
まだ真新しい訓練施設の隅、視界に入ってくる不協和音。
舌打ちしたくなるのを抑えながら、最後の1セットとばかりに先ほどは逆サイドの行程で木剣を振るい続ける。
意図的に無視したとしても目の前の男は帰ってくれなくて、にこにことこちらの動きを眺め続けている。それが堪らなく不快で、俺の精神を乱す。
もちろん乱れているとしても相手にそんな状態を悟らせはしないけれども。シュッシュッと小気味の良い音が朝露の満ちる空間に響き続け、やがて静寂が訪れる。
「ふぅ」
「お疲れさまエレン」
「おはようございますシャイン王子殿下」
「今日も良い朝だね」
そーですね毎朝毎朝ご苦労様です殿下。
背後で申し訳なさそうにしているカイルさんが印象的で可哀想だ。
「はい、やはり天候が良いと気分も爽やかになって鍛練の励みになります」
「確かにそうだね。僕も天候が悪化した状態だと気分もそぞろになって勉学も疎かになったりしますよ」
にこにこと会話を続けるサクシャイン殿下に軽く目眩を起こしてしまいそうになる。まあそんなことになったらそこらにいる女より美しい金髪のタラし男は嬉々として俺を自室とか保健室とかに連れていきそうな気がするからしないけど。
「そうですか、ではわたくしはこれより朝食に向かいますのでこれで」
「そうか、ちょうど良い、じゃあ一緒に朝食に行かないか?」
暗にこれ以上話す必要性を感じないと告げて訓練施設の出口へと向けて足を向けると、サクシャイン殿下も一緒に移動を始める。
タメ息を洩らさなかった自分を誉めてやりたくなりながら、俺は歩調を変えずそのまま室内へと突入し、まだここ周辺に使用人たちが現れていない時間帯の人寂れた道を進んで行く。
農業、商人等と言った一般階級の人間にとって早起きは当たり前だが、この学院に通う者は一部を除いて貴族で埋められている。また全員が魔力を持った者がここ『ラグレイグ王立学院』に集められており、その為、当然のように宰相一派が植え付けた貴族思想が蔓延っているので授業の開始が俺にとっては異様なほど遅い状況へと陥っている次第だ。まあその空白の時間を訓練に当てさせて貰っているので文句は無いんだが。
今は訓練を適当に切り上げてサクシャイン殿下とともに歩いてはいるけれど、そろそろ他の真面目な顔馴染みの生徒がこの訓練施設に来る可能性がある以上俺は訓練を中断して立ち去らなくてはならなくなった。これ以上サクシャイン殿下との噂を広げられては敵わないからだ。ここ最近の嫌がらせの影響から考えると正直手遅れな気もするけど。
「申し訳ありません。友人と我が部屋にて朝食を摂る予定ですので流石に婦女子の部屋に招待するわけには」
「そっか……じゃあ仕方無いね」
こうシュンッとされると本当に面倒だ。
何故捨てられた仔犬のような表情をするんだこいつは。そんな顔されると邪険に――
「それでは友人を待たせてますので」
出来るけど。
「そう言えばエレンの二刀流って誰かに教わったの?」
「いいえ、当家の書物にあったご先祖様の指針にて読み取ったわたくし独自の武術です。所詮我流ですが」
「へぇー、なんか洗練された動きだよね。そう思わないかカイル」
「そうですね。私としましては戦場で生き残る術を追求した動きだと判断いたします」
へぇ、さすがかの有名なリュグイン騎士団副隊長の肩書きを持つ男。解るのか。この勇者二刀流の凄さが。
あの頃はどうやったら生き残れるか必死に模索してた時期だったから色々と試した。
片手剣を試し、斧槍を試し、槍を握り、弓を放ち、魔法をぶっぱして行き着いた先が左刀、右片手剣の二刀流。一応両刀の柄の一部に魔法の発動を補助する媒体が仕込んであったりするが、一応無しでも魔法ぶっぱ出来るようには訓練してる。
戦場では何でも利用して生き残らないといけなかったから一通りの武術はこなせるけどな……。
「へえ、やっぱりスゴいんだねエレンは。天才の名は伊達じゃない」
むっ、これは天才とかじゃなくて努力し続けた結果なんだがな。
あの咽返るような夏の暑さのなか底の見えない谷底に「よしっ、逝ってこいエレイン」と言うありがたくない親父どのの足蹴と餞別を押し付けられ落とされた日々……。
あれをこなせば高度1000mから落ちても平気になるね。魔力すっからかんになったけども……。
そんな忘れたい経験を懐かしんでたら聴力の良い俺の耳にひそひそ話が聴こえてきた。
「ま、穢らわしい」
「また、サクシャイン様を誘惑されてらっしゃるわ」
「勇者の血筋とかいってますけれど噂では魔族の血が入ってるらしいじゃないの、そんなの危険じゃありませんこと?」
「案外、サクシャイン様を魅了の魔法でも使って誘惑してるんじゃないのかしら?ほら、何人かの殿方も熱を上げてるって聞くし」
「なにそれ、さっさと学院から居なくなって欲しいわね」
「そうね、早く死んでくれないかしら」
おうおう、聴こえてるぞ嬢ちゃんたち。そういう話はもう少し慎重に話を進めた方がいんでないかい?
まあ色々と注意しとくか。
彼女らの冥福を祈って合掌。
「また後で逢おうねエレン」
振り返って暇を告げるとサクシャイン殿下はふわりと笑って……ああ、面倒だ。
やっぱり友達としては良いが婚約者としては願い下げだな。権力とか興味ないし。
まあさっきまで殺気付いてたお嬢ちゃんたちが軒並み倒れたので良しとするか。
そして俺はサクシャイン殿下と別れたワケだが――
「お姉さまぁぁああああああああああ」
5階建ての女子寮最上階にある無駄に豪華な扉を開けて自室に入ると砲弾が突っ込んできた。
これ毎回思うけどかわしちゃダメかね?あ、ダメっすか、はい受け止めますよーだ。
「おおう、おはようございますハルラさん」
「おはようございますお姉さまっ朝目覚めたらお姉さまが居なかったものでいったいどちらにおられるのか慌てましたわっ」
「うんうん、いつもの訓練をね。ハルラさんは食事は済んでいるかしら?もしまだなら少し待って貰えれば一緒に摂れるんだけれども」
「お待ちしますわっ」
「そう。じゃあちょっと待っててね。メリス」
「はい、準備出来ております」
いつの間にか近くに来ていたメリスが汗を流す為に必要な道具一式を手渡してくれる。
タオルに、石鹸、後は乙女のお手入れ用具。言わせんな。恥ずかしいだろうが。
それを見たハルラは何かを察したのかいそいそと俺と同じ道具を取り出しキラッキラッした目で着いてこられる。
「あの、ハルラさん?」
「わたくしも入りますわっ」
「あの、シャワーを軽く浴びるだけだから一緒にと言われても」
「かまいませんわっ」
あ、そう。
「では行きましょうか」
「はいっ」
ちなみにこのシャワーとお風呂の機能は俺が普及させた。
自重せず商人たちに色々なアイディアを売り込み、仲良くなって売り込んだ。特に風呂上がりの1杯を勧め、更には風呂に入る習慣を付けさせるために王都周辺の上下水道を能力全開で完備させた。
が、そこは流石腐ってる王都の貴族。結局高い水道税とか諸々の税金を設けやがったせいで水道の使用が可能になったのは上流階級の人間、つまり王都に住む貴族たちばかりだった。
だがあの時代から既に100年近く経っている今、王都の住民税の一部として盛り込まれたのか、最近は一般人にも普及し始めてはいるみたいだ。
そしてもちろんこの宰相一派の顕示欲の塊である『ラグレイグ王立学院』には当たり前のようにしっかりと風呂とシャワーが完備されており、使用するためには水を温めるために魔石が必要となってくるので色々とコストが掛かってくる。
これらの費用は入学金としてちょっとあり得ない額を納めているので一応無料扱いで使用可能になってはいるのだが、その差し出す額が問題な気がする。
まず基本に入学させる子供一人につき、金貨100枚。
続けて爵位のランクで20枚から始まり下から順に20枚ずつ増え、辺境伯の場合公爵より少々劣る金貨95枚。
最後に連れてきた使用人の数だけ金貨5枚が加算されると言う恐怖。うちの場合メリスとローカスの2名で金貨10枚。マジ笑えない。
さらにそこから上記の爵位分を省いた内容が毎年四分の一取られるので金貨25枚と使用人一人につき金貨1枚と銀貨25枚が持っていかれるワケだ。
ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚な。金貨50枚で白金貨1枚とかに替わるけど今は関係ないから無視するぜ。
つまり俺、エレイン・ヘルツォーク・グリードの場合は学費として金貨が(100+95+10=)205枚。最低でも学院には5年は通わなければならないため初年度を差し引いた4年分そこに金貨((100+10)÷2×2=)110枚を払わなければならないと言う超VIP待遇になる。
だが市場の流れや物の価値を知っている俺からすれば無駄にぼったくられてる気分なんだよな。義務教育と称して貴族の子女を集めてるなら金額はもう少し抑えて欲しかったりもする。
現に払えない下級貴族も続出しており、そう言う貴族は繋がりのある貴族に貸してもらって派閥に組み込まれたりと何かと貴族の勢力図を塗り替えられている状態でもある。
正直この徴収制度、そう言った金の貸し借りによって敵対勢力の力を削ぐために使われている気がする。
うちは領内が賑わっているから良いけれど他領はえげつない速度で落ちぶれているのが、日々届く報告書に記されているのが現状だ。
その影響からかうちの領には毎年少なくない数の難民が流入しておりそろそろ飽和状態になりそうな勢いだった。
この国の限界も近いな。
思わず遠い目をした俺は悪くねえ。
さて風呂から上がったし朝食と洒落混みますか。
え?風呂の描写?やだよめんどくさい。ご想像にお任せします。
そして無駄に税を凝らした朝食をハルラと頂きながら俺は午後から久しぶりの市場調査へと繰り出すことにした。
ハルラは一緒に行きたがってたが外せない用事があるとかないとか……。
あの子も悪い子では無いんだけどな。
いかんせん俺への憧れが強すぎるのが問題だと思うわ。
じゃあ午後からメリスとローカス連れて行くかねぇ。
「おねぇさまぁぁぁあああ、わたくしもいきたかっでずぅぅうう」
ああうん、ハルラは泣き止んでくれ。
「では行きましょうか」
「はいお嬢様」
「はい、畏まりました」
滂沱の涙を溢す幼女に苦笑しながら俺は侍女と執事を連れて王都へと繰り出す。さてさてどんな状況になることやら。
大した期待はしてないけれど、来るときにはろくに見て回ることが出来なかった王都だ。楽しみっちゃ楽しみだ。
ではみなさまごきげんよう。またお逢い致しましょう♪
いかがでしたでしょうか?
たぶん今回はあまり動きがなく申し訳ない感じになっちゃったかもしれません。
次回はしっかり決めますのでヨロシクです。