3
空は都市が吐き出すガスによって灰色に染まり、重たい、暦上は過ぎ去った梅雨雲が未だ漂っているようだった。
車が昼夜関係なく走行する道路を目の前にして建つアパートの一室に、優歩は越してきた。どちらか片一方の親が落ち着くまで、という名目で。
「いい、優歩? ご飯をしっかり食べて、学校に行くのよ。解った?」
言葉など届かない。ただ何となく頷き、相手を納得させる。その意味は理解していない。
だが、その相手である母親は優歩の行動の意味を考えることはなく、足早にいなくなってしまった。母親としての役目は果たしていると、自分の中で言い訳をしているのだろう。
決して広くはない部屋なのだが、ひとりではあまりしにも寂しすぎる。
ポツンとひとり残された優歩は部屋の中をうろうろした。
テレビを点けるが興味のあるものはなく、音楽をかけても全て聞き飽きていた。
両親もそれぞれの相手の部屋へ転がり込むためだろう、優歩は自分の荷物を全てあの家から持っていくよう言われた。そのため段ボールが山積みになっているが、中身を片付けることもせず、かといって勉強もしない。ただ優歩はベッドに横になった。
何も思い出したくない。何もしたくない。
その時、不意に優歩の携帯電話が鳴った。飛び起きて受信メールを見たが、届いていたのはメルマガだ。
ここ一か月程、誰からの連絡もない。春に交換したメールアドレスだって、ラインだって、最初によろしく、と挨拶したきりそれ以降のやり取りはないのだ。
おかげで優歩の携帯電話は持っているだけに等しい。鳴らない電話に、使わない携帯電話に、意味はあるのだろうか。
優歩は溜息をついた。誰から連絡が来るなんて考えているのだろう。皆は今、学校にいて数学の授業を受けているのに。
優歩はふっと笑った。だが顔に笑みは浮かばず、ただ息だけが唇の端から漏れた。