~激闘!赤エプロンの脅威~
この戦争が始まったのは今からざっと十年ほど前になる。
まだ俺、高倉恭介が18の頃だ。
当時の日本は酷い有様で、国の借金が兆を超えていた。
そのせいかどうかは良く知らないが、その後、各国との貿易は機能を停止。食品のほとんどを輸入に頼っていた日本は史上最大の飢饉に見舞われた。おかげで各地での暴動が頻発した。
それが、俺の中学卒業の年の出来事。高校進学はしなかった。
当時の日本では、もう既に勉強など意味の無い行為になっていたから。
政治家は暴徒に殺され、終いには国会が爆破、粉砕された。
中には国外に逃亡しようとする者もいたが、成功した奴の名はついぞ聞かなかったと思う。
もちろん一般市民の中にも国外に逃げる物は居たが、日本の信頼は米粒程も無い。
故に国外線はほぼストップ。確か生きていたラインはアジア圏位だった。
そんな時代に俺達は生きた。
おかげで本所そこらの奴らよりは逞しい半生を生きれたのではないだろうか?
幸い、暴動なんかは直ぐに治まった。次第に皆、自分の生活で手一杯になっていったのだ。
貿易がストップしたせいで、事業に弊害が生じ倒産した企業も多く、職にあぶれた人間が多くなり、その日の食事さえもきつくなっていたのだ。まぁ、それ以前に売っている物も少なかったが。
売っていても結構な値段で、簡単に買える人は少なかった。故に盗難が増え、日本は無法国家と化した。
それが大体二年くらい続いて、新たな変化が始まった。
突如として世界各地で怪死事件が多発し始めたのだ。
謎の窒息死、全身を何かに突かれ死亡、全身打撲、バラバラ殺人、終いには頭を食べられた様な死体まで。死因はバラバラ。老若男女、年齢もバラバラ。国、地方もバラバラだ。一致している物と言えば、凶器、犯人が一切不明な事位だ。
当初日本は海外の情報が入って来なかった為、日本のみ発生と思われ、極限状態の人間の犯行だと完結していた。
しかし、その一年後にとうとう始まってしまったのだ。
戦争が。
最初は、世界各地の動物達が人々を襲い始めた事から始まった。
動物園に管理されていた個体も脱走、町を襲撃。
最初は銃殺処理で間に合っていたものの、徐々に勢いを増していく動物側の攻勢に、人間が手も足も出なくなるのに、時間はかからなかった。
この謎の事態を重く見た国連は、全国の軍を一つに統合する事を決定。
これが、今の統合政府、及び統合軍の誕生した日だ。日本にもその報は届き、まずは食料の流通が再開。
こうして、人類と動物達の戦いに火ぶたが切って落とされたのだ。
まず初めの変化は、今まで徴兵制度の無かった日本も十五歳以上の男子は兵役に駆りだされる様になった。女子も志願次第では可とあり、この時俺が入った軍学校で初めて奈々世とであった。
その頃の日本の少年少女は、時代背景のせいか基本的な身体能力は高く、意外と優遇され俺も奈々世は、早い内に少尉の階級をもらった。
それからは、激戦の日々だった。
動物側も進化と適応能力の早さからか、人間の軍顔負けの統率力と銃弾を避ける反射神経、人間の急所を一撃で切り裂く鋭い爪に牙、非常に手ごわい相手になっていた。。
まず、大型、小型問わず肉食獣は特に危険だ。
その牙と爪にかかれば人一人など一捻りだ。しかも、これも進化の賜物か、クマ等の少々俊敏性に欠ける動物は、その表皮の大半を硬質化。普通の銃弾では歯が立たなくなった。
当時の俺は、学生時代にやったゲームのモンスターを思い出していた。
あれをリアルで倒す様な物だ。やってられない。
そして、草食獣。
これはこれで、厄介な相手だった。牙や爪は無いがこいつらは、意外にも強敵となった。
奴らには牙や爪が無い代わりに、その巨体を使った集団の特攻は凄まじい勢いと破壊力があった。何せ一度に突撃して来る数が数だ。とても防ぎきれるものでは無い。
それと魚類も忘れちゃならない。
あいつらは、海中ではまさに敵なしだ。
だが、最も恐ろしいのはイカやタコだ。奴らは怪獣としか言えないレベルの大きさに進化。潜水艦や空母をその足で巻き込んでは引きずり込みいくつも壊滅させた。
だが、こんな物はまだ序の口だった。
更に強大な奴らが現れたのだ。
「シロナガス大潜水艦隊」に「ペンギン十字軍」、「コアラ特殊陸上戦闘部隊」そして最大かつ最凶の最悪の敵、不死身の軍団「カンガルーソルジャーズ」
こいつらは、レベルが違った。まず、シロナガス大潜水艦隊。
こいつらは、その口内にライオン等の海を渡れない動物等を収容、海岸に現れてはそいつらを放って行く。更にその巨大な体での体当たりは潜水艦など一撃で粉砕する程だ。
次にペンギン十字軍。
奴らは水中での俊敏性を更に上げ、クチバシと翼を硬質化。水中魚雷と化し潜水艦や船底に風穴をあける。更に地上での動きも快活になり、弾を切り裂き、武器を切り裂き、人を切り裂く。まさに水陸両用の恐ろしい敵と化したのだ。
そしてコアラ特殊陸上戦闘部隊。
こいつらは最も厄介な相手で、銃弾の雨を潜り抜けその爪と牙をふるう。
更にどう覚えたのか格闘スキルを有しており鍛え上げた軍人ですら中々勝つのは難しい。
また、夜の闇に紛れた奇襲やセンサー等を掻い潜った潜入等、特殊な戦闘もやってのけるまさにスペシャリストなのだ。
そして、最後にして最悪の敵。カンガルーソルジャーズ。
奴らは更に十段は飛び越えて強い。
まず、その拳と脚を使った格闘技はコアラすらしのぎ、進化の過程で短時間の水中戦までこなせるようになった。そして、その中で伝説の様に語り継がれている存在がいる。
それが赤エプロン。
奴に出会った奴はまず生きては帰れない。赤いエプロンを纏ったカンガルーで、その拳が繰り出す一撃は鉄の壁すら貫く。
今の所奴を見て生き残っているのは、俺が確認しているのでは、俺と奈々世、ジョニーの三人のみだ。
一応、上に報告し、警告もしているのだが直接対峙していない者にはイマイチ理解が追い付いていない様で、未だにそんな物は居ないとかまで言われている。
取りあえず俺達の部下にはちらりとでも見えたら直ぐに逃げろと言ってある。
俺達三人が生き残れたのも、単なる幸運が重なっただけ、生き残れる保証は皆無だが。
こんな怪物と言っても過言ではない奴らが相手だ。
軍も躊躇はしてられない。
戦術核で吹き飛んだ町も一つや二つでは無い。地上はもう、まともな環境はほとんど残っていない。
最早人類の文明は終わりをつげ、野生動物の時代が来たのかもしれない、とも言われている。
事実、俺達人間は地下にもぐり、地上は野生動物の天下だ。
ここらが人類の潮時なのかもしれない。
「はぁ……」
俺は、ジョニーの病室への道すがら、ため息を一つ吐いた。今までの事を考えていると、いつも最後にはため息だ。俺も銃を取って既に十年。もうすぐ三十になろうって所だが、未だに戦争は終結しない。
それもそのはずだ。
相手は人間じゃない。降伏などしても意味が無い。
互いが互いを滅ぼし合い、俺達人間か動物がこの世から完全に駆逐されるかしなければこの戦いは終わらない。しかし、後者はまず不可能に近いだろう。
何せ人間と動物の繁殖能力には差がでかすぎる。動物は種によっては一週間で倍になる。
分が悪すぎる。
対する人類側は、既に六割を切りかけている。こんな事は言いたくないが、恐らく数の上では人類の敗北は最早決しているだろう。
「はぁ」
俺はもう一度、今度は少し小さくため息を吐き、暗い気持ちを払い除ける様に、首を振る。と、そうこうしていたらジョニーの病室に辿りついた。俺は早速室内に入ってジョニーを探す……と、直ぐに見つかった。
「……何やってんだ?」
「何って、見てわかんね?」
そのバカはこっちを向いてそんな事をぬかした。
「……俺からは看護婦さんを脅してる様にしか見ないが?」
「チッチッ……分かって無いねぇ、兄弟。こいつは脅してるんじゃねぇ。お願いしてるのさ。イエスか、はい、かってな」
「それを脅しと言うんだよ……」
俺はそう言ってジョニーの持つ拳銃をさっさと奪い取る。とたん脅されていた看護師を逃げて行った。
こいつはいつもこうだ。看護師を脅しては、早く退院させろとせがむ。
何がこいつをここまで突き動かすかは一切が謎だ。
一度聞いてみた事があるにはあるが、バカの答えはこうだ。
『俺は俺の魂に従って生きているのさ!』
訳が分からん。
まぁ、こいつの七割は訳が分からないからな……。
「なぁにすんだ、高倉よぅ。戦いが俺を呼んでんだ!俺は療養なんかしねぇぞ!」
息巻くジョニーの包帯が巻かれた右足をけっとばす。……割と本気で。
「イッテェェェェェェ!!!ゴフッ!?」
思いっきり飛び上がって天井に頭をぶつけてくださった。
リアルで飛び上がる奴を見たのは初めてだ。
「このっ!高倉!何しやがる!?それが戦場から生きて帰ってきた戦友に取る態度か!?」
「うるさい。まともな対応を取ってほしければ、まずはその傷を癒せ。いいな。これは命令だ」
「ぐっ……うぅ……」
すると、流石のジョニーも黙ってベッドに横になった。
「さて、俺はもう行く。くれぐれも脱走とかすんじゃないぞ」
それだけ言い残すと、俺は踵を返して作戦室に向かった。
「中尉、遅いですよ?」
入室早々少尉のお小言を受け取る。
俺は軽く謝りながら、室内に集まった隊員の人数を数える。
「……ざっと四十人、か」
「すみません、現在戦闘に参加可能なのはこれで全てです」
少々不安の残る人数だが、この際仕方がない。
それに、もし本当に赤エプロンがいるのなら人数など何の意味もなさない。
奴を目の前にしたら俺たちなんて赤子同然なのだから。
そう言えば、ジョニーに確認するのを忘れていたな……。
「いや、いい。これだけいればある程度の戦力は確保できる。心配は無いさ」
俺はそう言って少尉の肩を叩く。
「それより、今回の戦闘地域の地図を」
「了解」
俺の指示に少尉は返事を返し部屋の脇から大きな地図を持ってくる。
俺はそれをホワイトボードに貼りだし、ざっと見回す。簡単に地形を把握。
集まった部隊に目を向ける。
「さて、皆聞いてくれ。俺達はこれから旧新宿南東に集まっている敵部隊と交戦する。
部隊は全部で四つに別け、四方から襲撃をかける」
俺はそう言って地図の四方を指す。
「まず、田原少尉の部隊は北、山本中尉の部隊は東、鈴木中尉の部隊は西、そして俺の部隊は南だ。まず、俺達が突入し奴らの注意をこっちに向ける。東、西、北の順で合図を送る。受け取り次第順次突入しろ。質問はあるか?」
俺の言葉に一同は少しざわつく。
そして、内一人が手を挙げた。
「なんだ?」
「……赤エプロン出現の可能性を聞いたのですが、もし出現した場合はどういたしますか?」
どこからか情報の流出があるのか?
まだ、誰にも言ってないはずだが……まぁいいか。
「俺が言う事はいつもと同じだ。脇目も振らずとにかく逃げろ。生き残る事だけを考えろ。それだけだ」
俺はそう言って少尉に顔を向ける。
「少尉、現在時刻は?」
「午前十一時七分です」
少尉の言葉を受け、俺は少しだけ考える。
「今回の作戦、夜と昼、どっちがいいと思う?」
その質問に少尉は、数瞬考え込み、答えを発した。
「……日中の方が良いかと。現在の我々に暗視ゴーグルはありません。対して相手は戦力の半減は見込めますが、夜行性の物も居ます。部は悪いかと」
「……よし。では、各員に通達。作戦は1400時より決行する。それまでに現地の配置につけ!」
「「了解!」」
◇◆◇◆◇
その後、俺が武器、弾薬の準備を終えてあらかじめ決めておいた集合地へ向かう途中の通路で再びバカに出会った。
「なぁ、忘れもんだぜ、兄弟」
忘れ物……俺は一応装備を確認する。
「……無いぞ?」
「俺だよ!俺!俺もあんたの部隊で行かせてくれ!」
分かってはいたが、まったくもってバカな奴である。
確かに人数は居るにこした事は無いのだが、こいつの場合既に手負いだ。
どう考えても足手纏いだし、そもそも、俺は部下をむざむざ死地に追いやる様な薄情な上司では無い。
「足手纏いだ……今回は病室で療養していろ」
俺はそう言ってジョニーの隣を通り過ぎて……背中に銃を突きつけられた。
「なんつもりだ」
「……俺を連れてきな。敵にはあの赤エプロンがいる。奴は俺が引き受けてやるよ」
「……死ぬ気かお前……だったら――」
「ちげーよ」
俺の言葉は途中で否定された。
「俺は死ぬ気はねぇよ。あんたに受けた恩を俺はまだ返してねぇ……俺はそれを返したいだけさ。それに、あんただって俺の伝説は知ってるだろう?」
こいつの伝説……必ず生きて帰ってくる男……そして、ジョニーの俺への恩義……それは、遠い昔の小さな恩。だから、俺も今言われるまで忘れていた。
「そんな物の為に……いいからお前は――」
「四の五を言ってないでさっさと答えを出しな。答えはイエスかノーか。どちらかだ」
「なんだ……いつもの『イエスかハイか』じゃないんだな」
俺の皮肉にジョニーは更に銃口を突き付けてくる。
「……オーケー、オーケー。……分かったよ。答えはイエスだ。だが、一つだけ約束しろ……絶対に死ぬなよ」
「HA!当たり前だ。相棒」
ジョニーはそう言ってようやく俺の背中から銃口を離した。
「……中尉?何故、ジョニー少尉が?」
「おうおう。挨拶じゃねぇか、藤ヶ谷。俺がいちゃいけないのか?」
集合地点には藤ヶ谷少尉含め、全員がそろっていた。
そして、早速ジョニーと少尉が言葉を交わす。他の部隊員も俺に疑問の表情を向けてくる。
「……本人の志願だ……赤エプロンを引きつけるそうだ」
周囲が息を飲むのを感じた。
しかし、俺はもうこいつと約束した……連れていくと。
「中尉!本気ですか!?」
少尉が怒りを含んだ表情で詰め寄って来る。彼女がここまで怒るのは珍しい。
まぁ、ジョニーも少尉にとっては古い戦友だ。怒るのも無理はない。
「……いいんだよ、藤ヶ谷」
そう言って少尉の肩に手を置いたのはジョニーだ。
「少尉!あなたもあなたです!あなたはいつから自殺志願者になったんですか!?」
「いいから聞け。俺は死なねぇ。中尉殿と男と男の約束だ。だから、中尉は俺を連れていく事を承知してくれたんだ。高倉を責めんな」
「少尉……」
少尉は俯くとそれ以上は言わなかった。
「……よし。もういいな!行くぞお前ら!!」
「「了解」」
◇◆◇◆◇
午後二時十分前。
全部隊の配置完了を確認した。俺達は、現在敵部隊を目前に待機している。他の三部隊もそれは同じ。
各十人単位で動いている為、多少隠密性には欠けるが、ある程度は何とかなるだろう。
「よし。じゃぁ、各員装備の最終点検だ。怠るなよ!」
現在の俺の装備は、投げナイフが十本、アーミーナイフ二本、アサルトライフル一丁、二百発のマガジンが装填済み合わせて七個、ハンドガン二丁、二十発マガジン十五個、ショットガン一丁、弾薬は十八発、スタンとグレネード各三発ずつ。そして、秘密兵器が一つ。
他の部隊員には、二人のスナイパーと爆撃用重装備が三人、残りは俺と同じような感じだ。
「中尉、全員装備の確認は完了、1400まで後二分です」
少尉が小声で報告してくる。
「俺もいつでも行けるぜぇ中尉殿」
ジョニーも準備万端の様だ。
赤エプロンの配置は既に把握している。運よくこっち側の端近くにいた。
確かな存在感を持ってそこにいる。
「よし、藤ヶ谷少尉、カウントを」
「了解……一分前」
俺はライフルのセーフティーを外し構える。
「四十秒前」
敵部隊の中には幸い強力な物は赤エプロン以外には居ない様だ。
ライオン、チーター、ヒョウ、クマ、空を見ればカラスとワシがそれぞれ一個大隊程いる。
今回は肉食動物が多めだ。
「三十秒前」
戦闘に特化した特殊進化した草食系動物は居ない。
奴らがいたら、少々戦況が一気に悪くなっていた所だ。
「二十秒前」
しかし、だからと言って今回の作戦が楽なわけではない。
肉食系動物は、特殊な進化をしていない代わりに牙や爪、瞬発力等がケタ違いに上がっている。一撃でも食らえばひとたまりもないだろう。
「十」
さぁ、もうすぐ開戦だ。
「九」
皆の空気が張り詰める。
「八」
俺も銃を握る手に力を込める。
「七」
少尉もカウントの声に若干の緊張が窺える。
「六」
ジョニーはハンドガンとナイフを構えている。
最初は軽い武器で牽制、ひきつける作戦だ。
「五」
この作戦はジョニーの双肩に全てがかかっている。
失敗すればここにいる全員がおそらく戦死だ。
「四」
さぁ、開戦の狼煙はもうすぐだ。
「三」
「二」
「一」
「……開戦!!」
「「うおぉぉぉぉぉおお!!」」
全員が一斉に飛び出す。
それに一早く気が付き臨戦態勢に入ったのはやはり赤エプロンだ。
その脚力で一気に飛び上がりこちらに向かってきた。
「HEY!レッドエプロン!!お前の相手はこっちだぜ!!」
すぐさまジョニーがハンドガンを撃ち込み、牽制。標的がジョニーに移る。
「高倉!こっちはまかせな!」
そう言って、ジョニーは赤エプロンと共に部隊を離れて別所に移動していった。
同時に俺達も敵前線とクロス。
「中尉!スタン行きます!」
藤ヶ谷少尉がスタングレネードを構えて叫ぶ。
敵も流石にスタンに対する耐性低く、有効打を与える事が出来る。
ピカッ!
グレネードの着弾と共に眩い発光が視界を被う。こちらは瞬時にサングラスを装備する事で防いでいる。
直撃を受けた敵前線はその動きを硬直させる。
そこへ俺達は一気に銃弾を浴びせる。これだけで前線の六割を削れた。しかし、まだ全体の四割ほどしか削れていない。だが、それでも多い方だ。おそらく主力部隊ではなく、偵察部隊か何かなのだろう。
「俺は右側を責める!少尉はこっちに!佐藤、吉田、中田は左から攻めろ!」
突撃部隊に指示を出す。
同時に無線で後方の重装部隊と狙撃兵にも支持を飛ばす。
「スナイパー左右一人ずつ支援!重装はスティンガーを!」
『『了解!!』』
複数の返事を聞き、俺は一気にかける。
向かってくる敵を直前までひきつけ、弾幕を掃射。順調に始末していく。
と、ほぼ真横からライオンが一頭飛びかかってきた。
俺は何とか反応、避けきるとライオンの脳天の弾丸を一撃、死亡を確認。次の狙いを定めて突撃する。
他の部隊も投下し次第に追い込む。そんな感じに銃撃戦を繰り返していると、何とか敵部隊の八割を削れていた。残り二割も撤退の体を見せている。
ここは、何とか切り抜けられたみたいだ。と、俺が胸を撫で下ろしていると、不意に通信機に通信が入った。
「何だ?」
『こ、こちら鈴木!中尉!これは罠です!奴らが……う、うわぁぁぁあ……ブツッ!』
「な、何だ!?おい!鈴木!応答しろ!鈴木!」
不意に途切れた通信に俺は声を荒げる。
だが、もう分かっている。鈴木はもう……そして、鈴木は最後の通信で罠だと言っていた。これが記す答えは……
「っ!!まさか!?……くそっ!やられた!全員、直ちに撤退だ!」
「中尉!?一体、何が?」
少尉が突然の指示に驚く。
しかし、今は説明している暇は無い。
「いいから、とにかく撤退だ!!各員に告ぐ!全員直ちに撤退しろ!!」
そうだ。
とにかく撤退しなくては、俺達の命運はここで尽きる事になる。
しかし、どうやら天は人類を見限ったらしい。
『な、こいつは!?うわ!くそ!!ぐぁぁああぁぁぁあ!』
『ど、どこからわいて出てきやがっ……ぐはぁぁ!』
『た、隊長!奴らが!う、うわぁぁぁぁああぁぁぁぁ!』
もう……遅かったらしい。
通信機の向こうから次々と断末魔の叫びが聞こえてくる。
そして、この急な戦況の変化の原因に俺は既に行きついていた。
『や、奴らだ!カンガルーソルジャーズが!くっそおぉぉぉぉ!!』
「止めろ!逃げるんだ!」
『ぐぁぁぁああぁぁぁ!』
「くっ……!」
そう。奴らだ。不死身の軍団……カンガルーソルジャーズがやってきたのだ。
否。正確にはどこかに潜んでいたのだろう。
最初から疑問に思うべきだったのだ。赤エプロンが一人でこんな所に居るはずがない事を。
「くそ!生き残りはとにかく生き延びる事を考えろ!奴らも決して最強では無い!逃げろ!撤退だ!」
「中尉!しかし、どうやら私達は完全に囲まれてます!」
近くに居た隊員の一人が叫んだ。
同時に周囲を見回せば、確かに周囲一帯はカンガルーソルジャーズに囲まれていた。
しかし、どこにも赤エプロンは居ない。どうやら、奴はまだジョニーが引きつけているのだろう。
俺はそれを確認すると、生き残る為の突破口を開くべく、敵陣の一画に飛び込んで行った。
◇◆◇◆◇
「そらそら!俺はこっちだぜ!」
ジョニーは赤エプロンの攻撃を避けつつナイフで切りつけ、銃で撃ちを繰り返す。
しかし、銃弾もナイフもギリギリで回避されている。
「……!」
赤エプロンは右拳を引き、ためる。必殺のコークスクリューの構えだ。
「
はっ!そいつは予測済みだぜ!」
ジョニーは直ぐに地面を蹴って後方に飛んだ。当然、赤エプロンの拳は空を抉る。
赤エプロンの両眼が驚きに見開かれた。
「!?」
「はっは!こいつでもくらいな!!」
そして、ジョニーは攻撃後の若干の硬直時間の隙を狙い一気に近づき、同時に武器をショットガンに切り替える。そして、その銃口をゼロ距離発射した。
◇◆◇◆◇
「はぁ……はぁ……くっ……生き残りは何人だ!」
俺達は何とか包囲の一部を突破、脱出。現在は近くの洞窟に身を潜めている。
「中尉と私を含め七人です」
少尉の報告が空しく響く。一個小隊分も残って無い。これでは、もう戦闘の続行は不可能だ。
何とか脱出は出来たものの、奴らの部隊は一割も削れていない。俺は唇をかみしめ、入口の方に目を向ける。そして、ジョニーの事を思い出す。
「そうだ!ジョニーが!あいつは、まだ戦地にいる!」
まずい事になった。
自分達の脱出で手一杯でジョニーを忘れていた。
このままではジョニーはまず生き残れないだろう。ジョニーの自信から赤エプロン一体なら何とかなるのかもしれない。しかし、今やソルジャーズがいる。多勢に無勢。勝ち目はない。
「俺はあいつを助けに行く。お前達は直ぐに支部に撤退しろ。異論は認めない、いいな!」
「……中尉、私も行きます」
背を向け走り出そうとした瞬間、少尉が目の前に立ちふさがった。
「……藤ヶ谷少尉……どういうつもりだ。異論は認めないと言った」
「……残念ながら、それは却下です。中尉一人を激戦区へ戻す事は私が許しません。どうしても行くというのなら私がここで行動不能にします」
少尉はそう言って、ハンドガンの銃口を向けてきた。
「……お前までそんな事を……いいか?今、向こうに行けば俺達は死ぬかも知れないんだぞ!?お前はわざわざ死にに行くつもりか!」
「それは中尉にも言えるはずですよ?」
「……俺は死にに行くんじゃない。一人の戦友を助けに行くんだ」
「では、私もそうです。ジョニー少尉は私にとっても戦友です。問題は無いかと」
「……くっ」
俺は唇をかみしめる。そして……答えを出した。
「分かった。来い。だが、お前を守るだけの余裕はないからな」
「大丈夫です。私は守られるのではなく、守るのが仕事ですから」
もう言う事は無い。
俺と少尉はたった二人で戦場へと舞い戻った。
「うおぉぉぉ!」
ソルジャーズの攻撃を上手く避けながら弾雨を浴びせる。
しかし、強靭な反射神経の賜物かことごとくを避けていく。
「中尉!目を!」
「っ!?」
俺はその叫びと同時に目を閉じる。途端スタンの気配が体を襲う。少尉のスタングレネードだ。
敵の攻撃が無い所を見るに効いたのだろう。俺はアサルトライフルの装填弾数が尽きるまで撃ちまくる。少尉も同じく、敵に掃射をお見舞いする。
これなら何とかなるか?
そんな一瞬の油断が俺に隙を作った。
「っ!?中尉!!」
「なっ……!?」
気がついた時には既に一匹のカンガルーが目前まで迫って来ていた。
完全に不意をついた一撃だ。俺は、ほんの一瞬の内に自身の死を覚悟し、目を閉じた。
しかし……その瞬間は中々訪れない。痛みも苦しみも、何もない。
一体何が……?
ゆっくりと目を開けてみれば、目の前に少尉の背中が見えた。
「小……尉……?」
「……全く……あなたはいつまで経っても直ぐに油断するんですから……気をつけてください……ごほっ!」
ほとんど囁く様な声でそれだけ言って少尉は血を吐いて崩れ落ちた。敵の攻撃から俺をかばったのだ。しかも、同時にショットガンの至近距離発砲で敵を再起不能にしている。
相討ちだ……。
俺は慌てて少尉のそばに駆け寄る。
周囲には未だ敵が残っているがなりふり構っていられるか。
「少尉!!」
少尉を抱き寄せてこっちを向かせる。
コークスクリューが腹部に直撃。防弾チョッキなど意味が無い。チョッキごと腹部をやられている。おそらくほぼ致命傷だ。
「……すみません……私もここまでの様です……最後までお供出来ず申し訳ありません……」
「んな事言ってる場合か!!いいから喋るな!今ならまだ間に合う!直ぐに医療班を呼んでやる!!」
……そんな物気休めですらない。
少尉が既に助かり様が無い致命傷なのは火を見るよりも明らかだ。
それは少尉自身も分かっている様で、俺の手をあまり力の入らない手で握りしめてきた。
「中尉は先に進んでください……ジョニー少尉を助けに行かなくてはいけないのですから……」
そう言って少尉はほんの少し微笑んだ。
その笑顔を俺は久しぶりに見た気がして、一瞬今が戦闘中だと言う事を忘れかけてしまった。
しかし、その微笑みも長くは続かなかった。
「中尉……最期に……貴方を守る事が…………出来て…良かった……です……」
それを最後に少尉の体から力が抜けた。
「っ!?少尉!?おい、少尉!!」
少尉の死。
今まで何人もの人の死を見て来たと言うのに、俺は今までで一番の悲しみを感じていた。
長年の相棒で補佐、戦友。そんな大事なピースが目の前で永久に失われてしまった。
俺は少尉の体をゆっくりと横たえると、通信機を取りだした。
「……こちら高倉……〝負傷者〟が一名……支給回収しろ……」
「グルル……」
通信の終了と共にソルジャーズが一斉に戦闘態勢を取り直す。
律義に俺を待っていたのか、はたまた先程のスタンから全員が回復するのを待っていたのかは分からないが、再び仕切り直しの様だ。
「お前等……全員まとめてあの世に送ってやる……」
その呟きをきっかけに戦闘が再開される。
一匹が俺に飛びかかってきた。それをギリギリまで引きつけ横に軽く跳ぶ。
見事に空振りしたカンガルーに一瞬の隙が出来る。そこを見逃さず、俺はショットガンをぶっ放す。
ドゴン!!
射撃音と共に大量の血飛沫が舞う。
俺は一匹の死を確認後、直ぐに次の標的を定める。
すると、背後からもう一匹迫っていた。敵の攻撃はアッパーカット。俺は相手が攻撃範囲に入る前に脇の下にもう一丁のショットガンを滑り込ませ引き金を引く。
少尉の分を持っておいたのが幸いした。恐らく敵は俺のリロードの隙を狙ったのだろう。
ドガン!!
更にもう一匹、敵を仕留めた。
俺は直ぐに二丁のショットガンをその場に捨てると、投げナイフを二本引きぬく。
それを左右から迫っていた二匹に投げつける。
だが、案の定そんな物は避けられてしまう。だが、避ける動作で体勢が若干崩れ、そこにほんの少しだけ隙が生じる。その隙に俺は一気に地面を蹴って後退する。
標的に居なくなった攻撃は、味方同士を狙い見事クリーンヒット。二匹は再起不能になった。これで、四匹目。どうやら、四方から挟み撃ちにするつもりだった様だ。
しかし、不思議だ。さっきまでより体が軽く感じる。相手の動きも今までよりもはっきり見えるようになった気がするし……。
一体何が起ったのだろうか?
否。考えるのは後だ。今は、目の前の戦いが先だ。
俺は、先程落としたショットガンを一丁拾い上げリロードする。
「さぁ、次はどいつだ?」
俺は軽く挑発する。
すると、三体程が俺に向かって飛びかかってきた。
俺はまずその三体に向けてショットガンを撃ち込む。ショットガンの散弾なら一発くらいなら当たるだろう。そして案の定、避けそびれた数発が敵をかすめる。
今はそれだけで十分だ。
多少バラけた三体は、物凄い速度でこっちに向かってくる。しかし、その速度が命取りだ。
俺は脚元の砂を思いっきり蹴りあげ敵に浴びせる。恐ろしく原始的な手段だが、それ故に有効打が打てる。敵は見事砂の一撃を見舞われ、動きを止める。
そこに俺はハンドガンで一撃を見舞ってやる。脳天に一撃をくらった三匹はそれぞれその場に崩れ落ちる。
そして、すかさずショットガンをリロード。今度はもう一丁も拾ってリロードする。
さて、今まではカウンターだったが、ここからはこっちから攻めさせてもらう。
「……行くぞ!!」
俺は一気に駆け抜けると、敵の一人に密接、同時に発砲。
八匹目。
次はその隣に居た奴。仲間がやられると同時に、こちらへ攻撃してきたので、俺はそれを前転でかわしもう一丁で吹き飛ばす。
九匹目。
すかさずショットガンを一瞬宙に浮かし、再度キャッチ、二丁同時にリロード。
今度は四匹が同時に接近していた。そこへまず一撃。狙い通り四匹は回避、バラける。
俺は今の一撃で装填数ゼロとなったショットガンを敵の一人に投げつけ更にバランスを崩した所に一撃、爆散。
十匹目。
俺は直ぐにスタンを取り出し足元に落としその場を離れる。途端爆発、閃光が襲う。
俺は目を閉じやり過ごしたが、やはり敵はもろに食らっており動きを止めている。
しかし、その隙に別方向から無事なのがもう三体迫って来ていた。
「……チッ……」
俺は軽い舌うちと共に、ショットガンを捨て置き、アーミーナイフを二本引きぬく。
そして、敵の一体のクロスレンジに入り込む。
敵はまさか飛び込んでくるとは思わなかったのか、一瞬の硬直を見せる。
俺はその隙に敵の首を切りつけ、始末。
十一匹目
そいつが倒れるのも待たずにもう一匹の懐に飛び込む。しかし、今度の奴はこれに反応。俺にひざ蹴りをかけて来た。
だが、その程度では意味など無い。俺は、ナイフを構え膝を受ける。見事膝にナイフが刺さり威力が軽減された。それでも、多少腹に響き、なおかつ後ろに飛ばされる。
凄い威力だ。
そして吹き飛ばされた俺をもう一匹が待ち受ける。が、俺は手に持ったナイフをそいつ目掛けて投げつける。と、同時に飛ばされた勢いを乗せた蹴りを放つ。敵は、ナイフは避けたものの、俺の蹴りは避けきれずもろに食らう。よろけた所にハンドガンの銃弾を見舞う。
十二匹目。
そして直ぐにナイフを拾うと残った一匹に向かいアサルトライフルを掃射。
膝にナイフが刺さり機動力を失っていた為、ほとんどの弾が直撃、絶命。
これで十三匹目。
そして、その勢いのままスタンで怯んでいた三匹にも掃射をかける。
一匹残らず殺しきる。
十六匹目。
ショットガンを拾い、リロード。軽く辺りを見回せば、残りは五匹。
こっちの弾薬はまだ十分。体力もまだまだ残っている。
俺は早くジョニーを助けに行かなくてはいけないんだ。
俺はまず、ショットガンの残り弾数を確認する。
装填数が二、手持ちは十。次にハンドガン。装填数は十、マガジンは十二。
それだけ確認して止める。戦闘中はあまり余裕は無い。これで十分だ。
流石に相手も油断を払拭したのか五匹が一斉に飛びかかってきた。
俺はあらかじめ栓を抜いておいたスタンを空中に放り投げハンドガンで撃ちぬく。
辺りが閃光に包まれる。
だが、今回は相手も目を閉じて対応。少しだけ動きが止まる物の怯ませては居ない。だが、それは既に予想済みだ。
隙は一瞬で良い。
「……全弾持っていけ!!」
アサルトを空になるまで乱れ打ちする。
これで三匹は始末。しかし、残りの二匹はギリギリで対応。岩陰に隠れられた。
そして、弾薬が尽きた瞬間その二匹が飛び出してきた。
俺は瞬時にアサルトを放棄。ショットガンを一撃。しかし、今回は多少のダメージは覚悟の上らしく、かわす事無くこっちに突っ込んでくる。だが、距離が詰まればダメージは変わって来る。直ぐにリロードし攻撃がくる瞬間にさらなる一撃を見舞う。
見事に二匹は吹き飛んだ。
しかし、まだ致命傷にはなっていない様だ。だが、動きは格段に鈍くなっている。
このチャンスは見逃すわけには行かない。
俺はショットガンをしまうと、グレネードを二つ放る。無論敵は退避しようとするが、そうはさせない。
俺はグレネードをハンドガンで撃ちぬき直ぐに爆破。爆風に巻き込まれ二匹は死亡。
これで、ここの敵は全滅した。
俺は周囲に他の敵がいないか確認した後、直ぐにその場を離れ、ジョニーを探しに向かった。
◇◆◇◆◇
どれ位歩いただろうか。
ジョニーを探して歩き続ける事およそ三十分。
その間に何回か戦闘があったが何とか切り抜けてきた。しかし、流石にそろそろ弾薬も体力も限界が近い。いい加減見つからないものか……。
ドゴン!!
「っ!?」
不意に近くでショットガンの発砲音が響いた。
今この戦場に残っているのは俺の他には、ジョニーのみだ。
「……あっちか!」
俺は発砲音の方に向かって駆け出す。
そして、瓦礫の山を越えたその先に、ジョニーの背中と赤エプロンが見えた。
二人は隣接した状態から動かない。
恐らくジョニーがゼロ距離発砲をしたのだろが、どうなったんだ?
次の瞬間、ジョニーの体が倒れた。
「っ!?ジョニー!!」
「来るんじゃねぇ!!」
「っ!?」
俺は駆け出そうとした脚をジョニーの叫びで止めた。
「俺はまだ……大丈夫だ……中尉はさっさと逃げな…………ガハッ!!」
フラフラとした足取りで立ち上がる。
しかし、直ぐに赤エプロンの一撃をくらい、こっちに吹っ飛んできた。
「ジョニー!!」
俺はジョニーに駆け寄り、無事を確かめる。
幸いまだ息はあったが、腹が変にへこんでいる。恐らく内臓がいくつかとあばらがいくつかやられている。多分……致命傷だ。
「……ゴホッ……ちゅ、中尉……さっさと逃げるんだ……奴のエプロンはただのエプロンじゃねぇ……あれは何かの合金製だ……ショットガンの……ゼロ距離を物ともしなかった……俺たちじゃ勝てねぇ……」
「……合金製……そんなもんどうやって……っと、今はそれどころじゃない!今すぐお前を連れ帰る!」
しかし、ジョニーは首を横に振った。
「……バカ言ってんじゃねぇ……俺を抱えて奴から逃げ切れるかよ……俺はここに置いて行きな……大丈夫だ……まだ策はある……」
そう言ってジョニーは俺を押しのけて立ち上がる。
そして、どこにそんな力があったのか、致命傷を負った体で駆け出し、赤エプロンの懐に飛び込んでいく。
「おおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉおぉぉ!!」
「っ!?ジョニー!何をする気だ!」
あまりの事に俺は一瞬対応に遅れてしまい、止める事が出来なかった。
そして、俺の目の前でジョニーは赤エプロンに組みついた。
しかし、同時にジョニーの体が赤エプロンの拳に貫かれる瞬間でもあった。
「……ぐっ……!へっ……ようやく捕まえたぜ……赤エプロンさんよ……」
「っ!?」
ジョニーは呻くが決してつかんだ手を離さなかった。
そして、俺に顔を向けて口を開いた。
「……すまんね中尉……俺の不死身伝説も……ここまでだったらしい……せめて、俺という伝説の男がいた事を忘れないで……くれよな……」
「ジョニー!?お前、一体――」
「……アディオス」
それは俺と赤エプロン、両方に向けられた言葉だった。
次の瞬間、ジョニーはグレネードを爆発させ、赤エプロンと共に煙の向こうに消えた。
「ジョニー……お前まで……くそっ!くそぉおぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は喉の奥から叫びを振り絞り、自身の拳に怒りを乗せ地面を叩く。
この怒りは、一体どこに向かっているのか?
ジョニーを殺した赤エプロン?
敵である動物ども全般?
はたまた自爆なんていう手段を取ったジョニー?
それを止められなかった俺自身か?
どれでも無い……とにかく沸き出る行き場の無い怒りを拳に乗せて俺は泣く。
涙などとうの昔に枯れ果てたと思っていたが、どうやら違ったらしい。
しかし、次の瞬間、驚愕と共にそんな場合では無くなった。
「……っ!?ウ、ウソだろ……」
煙の向こうに黒いシルエット……それはゆっくりとこちらに向かってきて、やがて煙から出で、俺にその姿を見せる。それは所々血や煤で黒くなってはいる物の、赤エプロンで間違いなかった。
奴の体はあの爆発にも耐えうるのか……?
しかも、あのグレネードは爆発だけでなく敵を焼きつくす特別製の焼夷弾だ。
それに耐えたとすれば、本当に奴を倒す手段は人間には無い……。
もしかすれば、ジョニーはそれも分かっていてせめて俺が逃げる時間だけでもと思っていたのかもしれない。だとすれば、俺はジョニーの死を無駄にしてしまったのか……。
と、そこで俺はある事を思い出した。
つい先日、武装開発班が新しく開発した新兵器をテスト用に持って来ていた事を。
本当は軽く雑兵に使うつもりだったがすっかり忘れていた物だ。
もしかすれば、こいつなら……。
俺はすぐさま思考を切り替えると、ショットガンやハンドガン、リロード用の呼び弾薬、諸々無駄な物を全て放棄。身を軽くする。そして、背中にかけてあった最も大きい新兵器を構える。
それは、ショットガンの様な武骨さを持ち、比較大きめな弾薬を込めたリボルバー。中には既に六発の薬莢が込められている。
そして、銃口には穴の代わりに巨大な銀色の鉄杭が光を反射して輝いている。
こいつの名は〝ストライクバンカー〟。敵の心臓に突き刺し、杭を打ち込んで確実に殺しきる。テストではある程度の鉄板は貫いたらしいが、奴のエプロンが貫けるかは賭けだ。
「……まぁ……分の悪い賭けは嫌いじゃない……行くぞ!赤エプロン!!」
俺の宣言を川切りに俺と赤エプロンは同時に前に飛び出す。
さっきの爆発で無傷では無いだろうに、普段と変わらない動きで迫る赤エプロンに、俺はステークを構えて出せる最速の走りで駆ける。
そして、奴の必殺技、コークスクリューがくる。こいつは他のソルジャーズとは比べ物にならない威力がある。当たったらまずそいつは肉片と化すだろう。
だが、弱点もある。
ある程度は軌道が読める事だ。軌道さえ読めれば回避は難しくない。しかし、それでも速度が速いため中々回避できる者はいないが。
俺はコークスクリューが来る事を読み、走りこみつつ屈み、更に体を若干そらす。
そして奴の拳は空を切る。
同時に俺は奴の懐に入り込む。そして、バンカーの切っ先を力の限り突き込んだ。
「……チッ……だが――」
舌打ち。やはりエプロンは貫けなかった。だが、こいつの真骨頂はここからだ。
「――ここまでくればこっちの物だ!」
俺は力一杯引き金を引き、同時にバンカーを押し込む。
ガゴン!!
「!?」
鈍い音と共にエプロンが貫通し、奴の動きが止まる。
「……これで終わりだ……全弾……持っていけぇ!!」
叫び、残り五発を一気に撃ち込む。
無論、衝撃は相当なものだ。俺の体は撃ち込む度に悲鳴を上げる。
「ラストぉぉぉお!!」
そして最後の一撃。
撃ち込むと同時にバンカーを前に突き出す。
その衝撃で赤エプロンの体が吹き飛ぶ。
それと同時に俺の右腕は完全に死んだ。どうやら衝撃が強すぎて腕が耐えられなかったらしい。これは開発班に報告だな。
俺はゆっくりと赤エプロンに近づき、その死を確認する。
突いても、叩いても、蹴っても反応は無い。心臓部にも風穴が空いて血が溢れている。これで生きていたらこいつは完全な化け物だ。
俺は通信で戦闘の終了を告げると、ボロボロの体で歩き出す。と、俺の脚が何かを踏んだ。
その何かを拾い上げてみると、それはジョニーのドッグタグだった。
俺は再び込上げて来た涙を飲み込むと、そのドッグタグを首に下げ、帰路についのだった。