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メシマズ世界にこんにちは  作者: ペロロンチーノ


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思い出してメシマズ世界

この世界の料理は、あまりにも不味い


 その夜、アイは唐突に味覚という概念を思い出した。


 田舎の小さな村。

 木と土で作られた家の中、家族四人が囲む質素な食卓。

 そこに並べられたのは、黒く濁った煮込みと、硬く焼かれたパン。


 湯気と一緒に立ち上る匂いに、幼い身体がぴくりと反応する。


(……ん?)


 その瞬間だった。

一瞬の違和感、そしてすぐに頭に流れ込む記憶

 頭の奥で、何かが弾けた。


 視界が歪み、胸が詰まり、呼吸が一瞬遅れる。

 世界が、二重に重なった。


(……あ)


 激しい頭痛が収まると同時に理解した。


 ここは地球ではない。

 剣と魔法があり、ダンジョンがあり、魔物が跋扈する世界。

 そして――自分は、転生者だ。

何度も読んだ異世界転生というものをしたらしい。


 同時に、前世の記憶が流れ込んでくる。


 炊き立ての白米。

 湯気の立つ味噌汁。

 揚げ物の音と、油の香り。

そのどれもがこの世界ではありえない光景


「……」


 喉が鳴った。


「どうした、アイ。冷めるぞ」


 父の声に促され、スプーンを取る。

 幼い指が、微かに震えていた。


 一口。


 次の瞬間、脳が理解を拒否した。


「……っ!」


 苦い。

 酸っぱい。

 舌に残るえぐみと、生臭さ。


 味が混ざらず、ただ同時に主張してくる。

 記憶の中で昨日までの自分は平気で食べていたが、前の世界の記憶を取り戻した今は、とてもじゃないが受け付けられない。



(……なに、これ)


 必死に飲み込む。



「今日はいい魔獣が手に入ったのよ。内臓も新鮮だったし」


 母は満足そうだ。

 兄も、何事もない顔で食べている。


(……これが、普通?)


記憶を辿るがこれまで見た全ての料理がとてもじゃないが美味しそうには思えない。


 その事実が、ゆっくりと胸に沈んでいった。


無理やり胃に流し込み気分を誤魔化すように寝室へと駆け込む。


 その夜、アイは布団の中で天井を見つめていた。


(これから毎日……これ……?)


 前世では当たり前だった「美味しい」が、ここにはない。

 失われたのではなく、最初から存在しない。


この世界はただの異世界ではなく、いわゆるメシマズ世界と呼ばれる概念の世界なのだろう。


 その事実を噛み締めると喉の奥が、ひくりと震えた。


 ――その時。


《対象の魂を確認》

《記憶の定着を確認しました》

《これより転生特典を付与します》


 無機質な声が、頭の中に響く。


《料理知識:地球に存在する全ての料理を完全習得》

《料理技能:料理に関するあらゆる技能を最適再現》

《味覚補正:所有者の料理を食べた際に味覚を正しく補正》


 一気に流れ込む情報。

 包丁の入れ方、火の扱い、調味の意味。

地球にあるあらゆる料理の映像がなだれ込む。


「……あ……」



激しい頭痛が収まると同時に、

 救われた、と心底思った。


(これがなかったら……)


 翌日から、アイは台所に立った。

 家族には珍しがられたが、微笑ましく思ったのか誰も止めなかった。


 素材を洗い、切り、下処理する。

 火にかけ、灰汁を取り、味を整える。

地球では当たり前のこと、だがこの世界では誰も知らない


 ただそれだけだ。


 それだけのことで――


「……味が、全く違う……」


 父が呟いた。


「苦くない……」

「変な後味がしない……」


 それは、この世界の人間にとって未知の感覚だった。


 味覚補正が働いたのか料理は無事に受け入れられた。

家族は誰もが美味しいそうに食べ、その日から料理は全てやることになった。






(……ここだけじゃない)


 アイは成長するにつれ、この世界の仕組みを学んだ。


 ダンジョン。

 魔物。

 冒険者と冒険者ギルド。


 命を削り、素材を持ち帰る者たち。

 彼らが集まる場所には、必ず「食」が必要になる。


(行くなら、都市だ)



この世界で活躍できるような力を手に入れられた以上、試してみたくなってしまった。

田舎では手にすることが出来ないような食材、それらが都市にはきっとあるはずだ。






 十年後。


 青年となったアイは、村を出た。

家族は魔物に襲われてしまったためもう誰もいない。

アイの作る料理があまりに美味しかったため、更に美味しくなるように、格上の魔物を求めてしまったらしい。


ただの料理、だがこの世界ではその料理で人を変えてしまうことをその時に初めて実感した。


このメシマズ世界において、自分の料理は依存させてしまう。

だからこそ目立つようなことはせずにひっそりとやろう。




 都市は、騒がしく、雑多で、生きていた。

 魔道具の光が夜を照らし、鎧の音が通りを満たす。


 だが――


(田舎だけだと思ったんだけどな……)

(……飯は、相変わらずだな)


自分の住む田舎だけが異常なのかと思ったが、この様子だとメシマズはこの世界全体なのだろう。

 漂ってくる屋台の匂いに、思わず顔をしかめる。


(素材はいいのに……)



地獄のような露店通りから遠ざかり店を開けそうな場所を探す。


できるだけひっそりとやりたいため、 裏路地に入る。


 裏路地を歩きながら、アイは空き店舗を探していた。

 人目につきにくいが、冒険者の動線に近い場所。


 古びた扉の前で、足を止める。

何故だか分からないが妙に心惹かれる。


(……悪くない)


 その時だった。


 ふわり、と空気が揺れた。


「……へえ」


 小さな声。


 宙に浮かぶ、手のひらサイズの存在。

 透き通る羽を持つ――まさに妖精としか表現できない


 この世界では、見ることすら稀なほとんど伝説の存在だ。


 妖精は、じっとアイを見つめている。


「人間なのに……」


「?」


「魂の匂いが、なにか違う?」


 料理の知識。

 異世界の魂。


 それらが、この世界の理から浮いている。


「私はピイ」


 妖精は名乗り、楽しそうに笑った。


「あなた、面白い匂いがするわね!」


そう言ってアイの周りをくるくる飛び回る妖精を見ながら思う。


何故だか分からないがこの妖精ピイと長い付き合いになるような気がしてきた。


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