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3話 女子校唯一の男子生徒はパンダになる

 袖幕から現れた一之助を包み込むのは、驚きと困惑、そして興奮が入り混じった大きな歓声。

 千人超えの異性から浴びせられる視線と声。それでも、ブーイングに比べれば全然マシだと一之助は背筋を伸ばしたたまま歩き、演説台の前へ行く。


「静かに!」


 いまだやまない歓声にしびれを切らした水野が喝を入れると、体育館はようやく静かになる。数々の教師が静かにさせようと声をだしても生徒たちにかき消されるが、マイク越しとはいえ水野の一言で静かになる。

 それだけでこの人は怒らせたら駄目だな、と一之助は理解した。


「名乗りくらいで、質問は自クラスで受け付けてください」

「ア、ハイ」


 せっかく何言うか考えてたのにな、と肩を落とす一之助。入れ替わる形で演説台を降りた水野は、一之助の後ろ姿に若者としては珍しく肝の座った男であると見る。

 しかしその視線を『余計なことを言うな』という水野からの圧力だと思った一之助は、これ以上無いくらいに姿勢を正しマイクに顔を近づけた。


「イギリスから来ました、橘川 一之助といいます。二年生として、今日から卒業までここで皆さんと一緒に学ばせていただきます。ご迷惑おかけしないよう務めますので、どうぞよろしくお願いします!」


 そして再び大歓声。

 やれ『あと一年しかねえじゃねえか!』やら『よろしくお願いしちゃっていいんですか!?』やら『ご迷惑でも何でもかけてイイのよッ!』やら、中には本当に女子高生かと一之助が疑ってしまうほどの発言まであった。

 中でも熱心に一之助を見つめる二年生が一人。しかし、一之助がその視線に気づくよりも先に、我が校の品格が疑われる、と全校生徒に注意するためにと水野が一之助を袖幕に引っ込ませる。

 袖幕で待っていた三舟は、苦笑いで一之助を迎えた。


「予想してましたけど、凄い盛り上がりでしたね!」

「う~ん、なんか。そんなに盛り上がることですかね」

「それは、彼女たちも年頃の女の子ですから。同世代の橘川くんは貴重ですし」

「貴重?」


 三舟の言葉に首を傾げる一之助。

 十代の男などどこにでも居るだろうに、と考えた彼の脳が出した結論に、一之助は口元を抑え衝撃を受ける。


「まさか、日本ってそんなに少子化が......!?」

「何を勘違いしてるかわかりませんが、そういうわけではありませんよ。ただここは女子校ですし、他校の男子生徒とは恋愛禁止という校則もあるくらいですからね」

「今どきそんな校則が」

「設備の整った駅近の学校で、他校の男子との恋愛。それを夢見て入学したものの、生徒手帳に書かれた校則を見て絶望する生徒が後を絶たないとかなんとか」


 明るい顔で言う三舟。まるで経験者かのように語るその様子に、一之助はつい好奇心から聞いてみることに。


「もしや三舟先生もその一人だったりしますか?」

「いえ、私はゆ......おほん。だっ、男性との恋愛に興味のない人も居ますから!」

「ん? ......あっ、すみません! デリカシーない質問でした!」

「気にしないでください! ひとまず職員室に避難しましょうか!」


 言いかけた花の名前を飲み込んだ三舟に、一之助は失礼を働いてしまったと謝る。

 彼女が何を言おうとしたのか一之助はわかっていなかったが、年下に気を使わせてしまったと顔を赤くした三舟はそそくさと歩き出す。急いでその後を一之助が付いていき、三舟はついに職員室に到着するまで無言だった。

 とっくに一限目が始まっている時間ではあるが、体育館ではようやく一番うしろ列の一年生から退場が始まったところ。とはいえ、その道中に一之助を発見されてはまた騒ぎになること間違いなしであるため、一之助は職員室に置いたリュックを手に水野が戻って来るまでの間を三舟と過ごすことに。


「橘川くんは、どうしてサッカーを始めたんですか?」


 無言も気まずいだろうと三舟が一之助に問いかける。

 無難にサッカーを始めた理由を問えば話題につながるだろう。そう考えての質問だったが、三舟の予想以上に悩みこむ一之助にあたふたし始める。


「すみません、言いにくいことならば無理せず」

「違います! ただこう、なんというか。オレがサッカーを始めた理由を、サッカーが好きな理由をどうすればしっかり伝えられるかなと......むむむ」


 自分の心配が杞憂であったことに、三舟は小さく笑う。

『サッカーのことになると、どこまでもまっすぐな少年だから。とりあえず困ったらサッカーボール渡しとけばどうにかなるよ』

 とは一之助の転入が正式に決まったゴールデンウィーク前に学園長から全教師に通達された言葉。

 まさか、と疑う教師の一人に三舟も含まれていたが、目の前で唸りながら考え込む一之助を見てさもありなんと考えを改める。


「やっぱり、元をたどるとロイヤル・レッドになるんですけど」

「ロイヤル・レッド?」


 簡潔に纏めようとした一之助の出した言葉に、三舟は聞き返す。

 ロイヤル・レッドFCはサッカーをしている人ならば一度は聞いたことのあるクラブ。しかし、現時点でトップチームに日本人が在籍しておらず、なおかつ放映権が高額なことで有名なイギリスのトップリーグ、イングリッシュリーグのチームであるため日本のニュース番組等で映像を取り上げることが難しい。

 故に、三舟のようなサッカーとは遠い日本人は初めて聞くことも珍しくない。それを理解している一之助は、愛するクラブの名を世界中に轟かせるという夢をより強くするとともに、サッカーを始めたきっかけを語る。


「オレがイギリスで下部組織に所属してたチームなんですけど。四歳の時、夜中に目が覚めてリビングまで抜け出してテレビを付けたら、サッカー番組でそのチームの特集がされてたんです!」

「良く覚えてますね、四歳の時のこと」

「そりゃあもう、衝撃でしたからね! 流れるようなパスワークで、赤いシャツを着た選手たちがあっという間にゴールまで辿り着いて。最後はディフェンダーもキーパーも反応出来ない抜け出しからゴールにパス! それをしている選手たちが全員違う国籍だって知ってから、もうずっとロイヤル・レッドとサッカーに夢中なんです」


 キラキラと目を輝かせる一之助。年齢と比較してとても落ち着いており、ピッチで見せるプレーもとても十代のそれとは思えない、という評価を世界中で受けている彼だが、それでもサッカーとロイヤル・レッドFCのことを語れば年相応になる。

 三舟には、その姿が良い意味で子供っぽく見えた。


「......いや、子供でしたね」


 ロイヤル・レッドFCを語る興奮のあまり、広げた両手を壁にぶつけ涙目になる一之助に、三舟はあははと苦笑いする。

 痛がる一之助だが、ちょうど職員室の扉が開かれげっそりした様子の水野がやってきた。


「三舟先生、早くB組に行ってあげて。流石に堪えたわ」

「だ、大丈夫ですか?」

「若くて活発すぎるのも考えもの、か。後は任せる」


 そのままフラフラと歩き自席でパソコンを開き作業を始める水野。その周りからはもう話しかけるなオーラがどんよりと漂っていた。

 先程までの様子から一変した水野に、彼女をここまでにさせる二年B組とは一体どんなクラスなんだと固唾をのむ一之助に、男子効果恐るべしと眉間をつまむ三舟は職員室を出る。


 各学年の教室がある教室棟は四階建てであり、二年生は三階を割り当てられている。職員室は三年生と同じ二階であるため、校舎の中央にある大階段を登って三階へ向かう。

 二学年はJ組、つまり十クラスまであるが、それでも校舎には空き教室が生まれている。B組は端にあり、A組と向かい合わせの位置。大階段からB組に向かうまでの間、C組D組E組F組、そしてA組の前を通ることになる。


「すっげぇ視線。制服も合わせてまるでパンダ......いやアルビノかな?」


 三舟の後ろを歩く一之助は、横切ったクラスの中からじっと視線を感じ思わず震える。

 男子と同じクラスではなくて残念がる視線、ホッとする視線、男子が入るであろうクラスへの恨めしそうな視線、よだれを垂らしながら見つめてくる視線、様々な視線が一之助を穿く。普段女性はこういう気持ちをしているんだろうか、と遠い目をしていると、B組の前に着いていた。


「では、私が先に入ります。おそらく、いや。ほぼ、というかもう確実にうるさいと思いますが、普段は皆さんとても良い娘たちなのでどうかあしからず......」

「はい! むしろ、変に気を使われて静かになるよりは騒がしくしてもらったほうが助かります!」

「それなら良かったです。それでは、行きましょうか」


 B組の扉に手をかける三舟。少し開いただけで、既に何人かの扉に設置された窓越しに一之助の存在を認知した女子生徒が盛り上がっている声が二人に聞こえる。

 三舟がいつも通りに扉を開いて教室に足を踏み入れる。その時、一之助の姿はちょうど三舟に隠れていたため、教室内からは残念がる声が聞こえた。

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