1話 転入先は◯◯校
五月十日。桜も花弁の数を減らし、学生も社会人も新たな環境の疲れを癒やすゴールデンウィークが終わった頃。東京都にある帝都桜華学園で、新たな始まりを迎えようとしている者が居た。
「うわー。すっげー豪華な学校」
正門の前に立ち、校舎を見上げて口を開ける一之助。僅かに散っている桜の花びらが、その口の中に飛び込んできた。
「ワッタ、ゲホッ、ペ! なんだぁ!?」
長い英国生活から思わずFワードが出そうになるのを堪え、桜の花びらを吐き出す一之助。
もう間もなく朝のホームルームが始まる登校時間ギリギリということもあり、彼の周囲に生徒は少ない。しかし全員が全員、異様な目で一之助のことを見つめている。
当然一之助もその視線には気付いているが、特段気に留めることはない。それよりも一之助は、自らに視線を向けてくる生徒のほうが気になっていた。
「部活、盛んな学校なのかな。女の子しか居ないけど」
見える生徒全員が女子であることに、首を傾げる一之助。
事前に学校側から登校時間ギリギリに来るように、と言われていた彼は、その指示通りに遅めの登校。周囲に女子生徒ばかりなのは、男子生徒はほとんどが部活に参加しており、日本の部活特有の朝練で早くに登校しているためだろうと考えていた。
周囲の女子生徒たちは、足早に歩きながらも当たりを観察する一之助のことを不思議そうに、ときには不審そうに見つめている。目があった生徒には会釈をするも、全員の反応は共通して目を逸らしそそくさと学校に向かっていくこと。
「なんか顔についてんのかな」
少なくない人数の通う学校であれば、同学年はともかく他学年まで全員が全員の顔を覚えている訳では無いだろうに、どうして自分のことを不審そうに見てくるのか。と考えた一之助は歩きながらスマートフォンのカメラを起動して身だしなみをチェックする。
大きな寝癖もないし、顔に何かがついているわけでもない、なら問題はなんだろうか。そう唸りながら歩く一之助の視界に、ふと誰かが立ちふさがった。
「歩きスマホか。感心しないな」
「お?」
一之助の前に立ちふさがったのは一人の女子生徒。風に長髪を揺らしながら仁王立ちで腕を組み、切れ長な瞳の上にある眉をキッと釣り上げ、叱るような口調で彼に注意する。
注意された本人の一之助は、再びぽかんと口を開ける。彼女が放つ同世代とは思えないオーラと、イギリスのチームメイト達の中では小柄とはいえ、日本の男性平均身長はある自分と同じくらいの背丈に、どことなく圧倒されていたからだ。
しかし、一之助は自身に非があったことを理解し、すぐさまスマートフォンの電源を切ってブレザーの胸ポケットに戻し謝罪する。
「すみません、ちょっと気になることがあって」
「......そうか。次からは気をつけるんだぞ」
「え、ああ。はい」
先程までの圧がある雰囲気から一変し、急に表情も雰囲気も柔らかなものになる女子生徒。
その高低差に一之助は驚きつつも、彼女のリボンの色が自分のネクタイと同じ赤色であることを見て問いかける。
「もしかして、同級生?」
「そうだ。私は栢木 玲名、よろしく頼む」
「こちらこそ。オレは橘川 一之助。今日からここに転入することになって」
玲名と名乗った女子生徒の目を見ながら、一之助はいつも初対面の人にやるように右手を差し出す。
その行動に驚いた玲名は、差し出された手を見た後に一之助の目を見る。彼の目が自らの瞳だけを見つめていることに気付いた玲名は、小さく笑ってから組んでいた腕を解いて握手する。
「ああ。イギリスから来ると聞いていたが、余計な心配だったようだな」
「知ってたのか?」
「もちろん。それで、念の為と英語が多少出来る私が見張り役になったんだ」
「まだ日本語は忘れてないっての! っていうか見張り役ってなんだ」
「それについては歩きながら話そう。行くぞ橘川」
踵を返し、校舎に向かって歩き始める玲名。一之助はその後を追い、横に並んで歩く。
時間はギリギリ、そのためか先程まではまばらにいた生徒の姿は無い。二人だけで校舎に向かって続く道を歩きながら、一之助は先程の玲名の発言について問う。
「それで、見張り役っていうのはどういうことか聞いても?」
「なに、単純なことさ。男子生徒であるお前が悪いことをしないか見張る、というだけのこと。いくら日本人とはいえ外国生活が長いとなれば、文化の違いもあるからな」
「そんな疑われてるのに、よく転入させてくれたな......」
まさか見張り役を付けられるなんて、と自分の信用度のなさにがっくりと肩を落とす一之助。
参ったなと落ち込む彼を見て、玲名は『そんなに落ち込むことじゃない』と慰めの言葉をかける。
「初対面だが、橘川がどういう人物かはなんとなくわかったつもりだ。私の目をしっかり見て話してくれる男はそう居ない」
「それは基本だろ? 栢木はデカいし雰囲気あるから、ちょっと圧倒される人が居るのかもしれないけど。少なくともオレはイギリスで慣れてるから」
「......それは、身長の話か?」
「それ以外に無いって。いや、でも女性にデカいとか言うのは軽率だったな。悪い」
一之助から謝罪を受けて、玲名は再び胸の前で組んでいた腕を解く。
視界の隅でそれを捉えた一之助は、栢木にはそういった類のコンプレックスでもあるのだろうと察したが、口には出さず。代わりに玲名と話す時は彼女の目だけを見るようにしようと心に誓う。
一方で玲名も一之助に悪気がないことを感じ取り、じーっとその横顔を見つめ始める。彼が視線に気づいて顔を向けると、玲名は眉を柔らかく落とした。
「気にしてないさ。それに、私がお前の見張り役を任されたのは体格もあるだろうし」
「えーなんだよその『お前デカいからキーパーな!』みたいなノリ嫌だな。でも栢木って何かスポーツとかやってるのか? 姿勢良いし見るからに運動出来そうだけど」
「中学までサッカーはしてたな」
「栢木もサッカーやってたのか!? オレもなんだけど、今度暇な時あったら練習付き合ってくれよ!」
わっと誰が見ても明らかににテンションが上がる一之助。その勢いに押された玲名は思わず後退りするが、目の前の一之助がそれだけサッカーのことが好きなんだな、と解釈し頷く。
「機会があればな。さて、まずは職員室に向かうぞ。橘川のクラスは二年B組になる、下駄箱はそっちだ」
「おっす」
それぞれ一之助は二年B組、玲名は二年A組の下駄箱へと向かい上履きへと履き替えに行く。
イギリスでは無い上履きで学校に入るということに、一之助は小学生以来の懐かしさと感動を覚えながら靴を脱ぐ。それを橘川と名札の着いた下駄箱に入れ、リュックからあらかじめ貰っていた学校指定の上履きを取り出す。
帝都桜華学園では学年を表すために赤、青、黄を用いている。現在は一之助たち二年生は赤色、一年は黄、三年は青。三年が卒業すれば新一年生が青を引き継ぐという形になる。
そのため一之助と玲名の履いている上履きは靴底のゴムがネクタイやリボンと同じ赤色。一之助が履き替えたところで、玲名がそっと顔を出す。
「履き替えたか?」
「ちょうど。ところで玲名、この下駄箱ってもしかして暗証番号付きか?」
「ああ。自分が忘れないようにな。ちなみに教室の後ろにあるロッカーも同じように暗証番号付きだ」
「自分のロッカーがあるなんて、なんと便利な......」
イギリスで通ってた学校は数に制限があってロッカー有料だったのに、とぼやきながら四桁の暗証番号を設定する一之助。四桁となれば番号はやはり、愛するロイヤル・レッドFCの設立年だった。
「イギリスには無いのか?」
「あることにはあるけど、オレの居た学校では有料で年間契約した生徒だけだったから早い者勝ちみたいな感じで。でも日本で靴箱にも暗証番号があるってのは珍しいな」
「聞いた話だが、だいぶ昔にこの学校に侵入者がやってきて、多数の生徒の靴などを盗む事件があったらしい。犯人の男は逮捕されたが、それ以来下駄箱やロッカーなどは全て暗証番号付きになり、警備員も増員されたとか」
「無差別泥棒ってことか。犯人は女性でも野郎でもお構い無しな奴だったんだな」
今度は職員室に向かいながら、玲名と他愛ない会話をする一之助。しかし、彼の言葉に玲名の足が止まる。
「何を言っているんだ? 橘川。今日からはともかく、以前までなら盗めるのは女子生徒のものだけだ」
「は? いや、よほど特殊能力が無い限りは無理じゃないか? 靴にしろその他の私物にしろ、男子が使ってるか女子が使ってるか見分け難いものもあるでしょ?」
「確かに人の好みによって変わるだろうが。どちらにせよここで男子生徒の私物を盗むのは不可能だな」
「どうしてだ?」
至って真面目な表情をした一之助の素朴な疑問に、玲名は呆れたような顔をして答えた。
「帝都桜華学園は職員までも女性で固められた女子校だぞ? 校舎内に足を踏み入れた男は先程話た泥棒という前例があるが、男子生徒はお前が最初だ。橘川」
「......はい?」
玲名の言った言葉を、脳内で何度も復唱する一之助。彼の理解が追いつくよりも前に、朝の予鈴が鳴り響いた。
「おっと、少し職員室まで急ぐぞ」
「えっ、あ、おう!」
駆け足で移動を始めた玲名の後を追いながら、一之助は思い出す。
この学校を勧めてきた代理人の園田が、やけに楽しそうだったこと。自分の母親である橘川 ハナが、日本に戻る話になるとずっとニヤニヤしていたことを。
そして一度だけ電話で話をした、帝都桜華学園の学園長である麻野と名乗った女性の言葉を。
『我が校も新しい道を探る必要がありますので。ハナちゃんの子供である一之助くんなら、これ以上適任の男子は居ませんね』
一之助はその言葉の本当の意味を理解した。つまり自分は、罠にかけられたのだと。
ぐぅ、と苦い顔をする一之助。その前を走る玲名も先程の一之助のことを思い出しながら『もしかしてこいつ、帝都桜華学園が女子校だとは知らなかった,,,,,,?』と険しい顔になっていた。
「完全にはめられた。オレの肩身はロンドンのナローハウス並に狭くて細い学生生活を送るんだ......」
「......まあ、橘川なら平気か。問題を起こしても最悪私がどうにかすれば良い」
二人して互いに聞かれないよう小さな言葉でつぶやき、職員室に向かって歩みを進めた。




