秋知将と冬将軍
冬将軍は、ゆっくりと腰を上げた。
白銀の甲冑が朝の光を受けて淡く輝く。
「どれ、今年はそろそろ、赴こうかの」
その声は、霜柱のきしむ音のように低く、澄んでいた。
腰の太刀が、金属の呼吸をひそかに漏らす。
冬将軍は望遠鏡を手に取り、彼方の山々を見やった。
「ふむ……秋知将は、まだ働いておるな。見事なり。しかし──」
その視線の先、山は赤や金に染まり、燃えるような景観をつくっていた。
秋知将は巧みに筆をふるい、山肌に色を置く。
その筆は風を染め、山に息を吹き込んだ。
その均衡、その節度、まさに自然の調律師であった。
冬将軍は空に手をかざすと、北風を呼んだ。
風は鋭く唸り、彼の羽織が揺れた。
やがて彼は手を前に押しやり、一陣の白風となって秋知将の社へひとっ飛びした。
「やあやあ、今年も見事よ、秋知将」
秋知将は筆を止め、深く頭を垂れた。
「これはこれは、冬将軍。今年は少しお早いのではございませぬか」
冬将軍は目を細め、静かに答えた。
「貴殿も承知しておろう」
秋知将はわずかに沈黙し、やがて頷いた。
「はい……存じております。力の及ばぬことながら、全力を尽くしております」
「ふむ。仕方あるまい。
実りがこうも少なくては、熊も安らかに眠れん。まぁ、いざとなればこの冬将軍が──」
秋知将は深々と頭を下げ、遮るように言った。
「まだ、暫しお待ちください。
秋の真髄、いま一度お目にかけましょう」
そう言って、秋知将は社の前に立った。
袖を広げ、ゆるやかに舞いはじめる。
その瞬間──
風は優しく渦を描き、木々は息を吹き返した。
紅はさらに深く、黄は光を帯び、枝の先々にはふっくらと実が育っていく。
山は一枚の絵画となり、世界がひととき、時を忘れた。
冬将軍はその光景を見つめながら、静かに頷いた。
「……まこと、美しき景観よ」
白い吐息が宙に漂い、ゆっくりと溶けていった。
そして季節は、音もなく冬の支配へと移り変わっていった。




