7.料理人、迷子になる
『オイラの羽を引っこ抜いても、ただの骨だぞ!』
「それはそれで出汁にできるから……」
『クゥエ!? お前らは人の心がないのか!』
コールダックはバタバタと足をばたつかせる。
さすがに人の心がないと言われたら、俺でも少し戸惑ってしまう。
「おい、俺がすぐに仕留めてやるから貸せ!」
ゼルフは鼻息を荒くして、剣を強く握りしめる。
いまだにホーンフィッシュのフライバーガーを食べられたことに怒っているようだ。
『クゥエエエエ! オイラには使い道があるぞ!』
「ああ、俺が今すぐに切り刻んでやる」
無愛想な顔がさらに怒りに満ちて、正直言って俺も怖く感じる。
まるで俺が睨まれているみたいだからな。
「とりあえず、ゼルフは落ち着け。昼はボリュームあるものを食べさせて――」
「そういうのは早く言え。俺もこんな頼りない聖鳥を切る趣味はないからな」
ゼルフは剣を鞘に戻すと、岩場に腰掛けてウトウトしていた。
やはり体力的にもまだまだ辛いのだろう。
それでもあれだけ怒る元気があるなら、もう問題はなさそうだ。
ただ、食欲がありすぎるという、別の問題が出てきたけどな。
『ふぅー、助かったぞ!』
「それでお前に使い道があるって言ってたが、何ができるんだ? なかったらその羽をむしり取って枕の中身にするからな」
俺はコールダックに冗談半分で優しく微笑むと、口をポカーンと開けて俺を見ていた。
枕があったらもう少し寝やすいだろうからな。
『お前も人間の心がないな! まるで悪魔じゃないか!』
「悪魔っているのか?」
『いるに決まってる! そのための聖鳥なんだぞ!』
コールダックを持っている手の感覚がボコッとした。
元々ふっくらしてわかりにくいが、きっと胸を張っているのだろう。
「お前って結構すごいんだな」
『今までこの山に悪魔が出てきたことはないけどな!』
悪魔に対抗する手段があって、この世界が安全なら問題ない。
人を襲う魔物や悪魔。
どちらもなるべく関わりたくない相手だからな。
「そういえば、今までここに住んでいたってことは、下山するまでの道はわかるか?」
『それならオイラに任せた』
コールダックは再び体をボフッと大きくする。
ゼルフも道がわからないため、山の中で迷子になるぐらいなら、案内してもらったほうが良いだろう。
それに食料だけでなく、キッチンカーの残っているガソリンでどこまで走れるかわからないからな。
せっかく格安で譲ってもらったばかりなのに、この先が真っ暗すぎて、考えるのも嫌になる。
「ゼルフ、行くぞー!」
俺はゼルフを起こして、キッチンカーに乗り込んだ。
「それでお前はなぜ俺の上に座ってるんだ?」
『オイラもキッチンカーってやつが気になるんだ!』
助手席にはゼルフが座っているが、その上にはコールダックが載っている。
山道だからシートベルトもしっかりつけてもらったが、さらに押しつけられるため、ゼルフは嫌そうな顔をしていた。
「出発するぞ!」
『クゥエー!』
エンジンをつけて、車を発進させる。
『ブルンブルンするぞ!』
舗装していない山道は思ったよりも、車が上下に揺れる。
さっきまで食べられる寸前だったのに、コールダックは楽しそうに体を上下に動かして衝撃を吸収していた。
「これはなんだ……うぉ! 俺が写ってるぞ!」
それはゼルフも同じで、車の中が気になって仕方がないのだろう。
ルームミラーを見て驚いていた。
あまりのはしゃぎっぷりにさっきまで敵対していたのも忘れていそうだ。
「それで次はどっちに行けばいいんだ?」
『次はあっちに行くんだ!』
俺はコールダックの指示通りにキッチンカーを走らせていく。
ただ、山を下っているはずなのに、体が後ろに引かれる感じがするのは気のせいだろうか。
「本当にこっちで合ってる?」
『クッ……オイラを信じられないのか!』
さっきよりもウキウキした感じはなくなり、周囲をキョロキョロと見ている。
俺は一度キッチンカーを止めて、コールダックの顔を掴む。
「もう一度聞くぞ? この道で合ってるのか?」
『オイラは聖鳥だぞ! 嘘なんて……つくはずないだろ!』
口ではこう言っていても、さっきから視線が全く合わない。
何度か顔をクイッと動かしても、別のところを見ている。
「嘘をついたら北京ダック――」
『ごめんなさあああああい!』
コールダックはその場で翼を広げて、頭と共に下げた。
だが、車内が狭い運転席部分では、翼が俺とゼルフに当たっている。
「やっぱり食べるか?」
「その方が良いかもな」
周囲はさっきよりも草木に囲まれているし、戻り方もわからないぐらいだ。
まだ名前も付けていないなら、食べるなら今がちょうど良い。
ゼルフはシートベルトを外すとすぐに剣を抜く。
「おいおい、車内はやめてくれよ」
「あっ、すまないな」
ゼルフは剣を鞘に戻すと、チャンスとばかりにコールダックは羽を羽ばたかせて逃げようとする。
――ポイントをナビゲーションに振り分けました。
「「うぉっ!?」」
『クゥエ!?』
突然、聞こえた女性の声に俺たちは動きを止める。
お互いに顔を見合わせたが、この中の誰かではないようだ。
異世界に来て幽霊に取り憑かれるとか勘弁して欲しい。
「おい、ハルト!」
「なっ……なんだよ……」
俺は怯えながらゼルフを見ると、どこか指をさしていた。
まさか幽霊――。
「何か出てるぞ!」
「へっ……」
ゼルフの指を恐る恐る追っていくと、キッチンカーのモニターを指さしていた。
「ひっ……!? はぁー、なんだ。ナビがつい……ナビがついた!?」
さっきまで真っ暗だったモニターにナビゲーションがついていた。
ただ、地図ははっきりと表示されておらず、全体の道がわかる程度だった。
「これで道を間違えることはなくなるか……」
この山は周囲の見た目がほとんど同じで、どの道を通ったのかもわからなくなる。
ナビがついただけで迷子になることは減るだろう。
そうなると――。
「やっぱりお前は必要ないな」
「すぐに食べるぞ!」
『クゥエエエエエエ!』
しばらくはコールダックの叫び声が鳴り響きそうだ。
だが、異世界に来て賑やかな時間にホッとしている俺がいた。
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