6.料理人、食材を捕まえる
多めに揚げていたホーンフィッシュのフライをすぐにパンに挟んで、再び皿に乗せて運んでいく。
今回は二人前載せたが、ゼルフはそれで足りるのだろうか。
そう思いながら俺はキッチンカーから降りると、近くにあった草むらが大きく揺れていることに気づいた。
「おい、ゼルフ!」
「できた――」
「何かいる!」
俺の声に反応して、ゼルフは剣を抜いて一気に詰め寄ってきた。
相変わらず俺の目でゼルフの動きは見えないな。
「いただき――」
「いやいや、あっちの方を気にしろよ!」
あまりの食欲に、俺はゼルフの足を蹴った。
明らかに何か出てきそうなのに、フィッシュフライバーガーの方が気になるってどういうことだ。
ゼルフは惜しみながら、フィッシュフライバーガーをお皿に置いた。
自分がクマみたいなやつに引っ掻かれて、死にそうになったのを忘れたのだろうか。
俺とゼルフは警戒しながら草むらを見つめる。
『何かいい匂いがするぞ!』
声が聞こえると、草むらから何かが姿を現した。
真っ白な体をボテボテと揺らしながら、小さな足が地面をペタペタと叩く柔らかい音が聞こえてくる。
「アヒル……? いや、コールダックか?」
草むらから出てきたのは、大きなアヒルだった。だが、アヒルにしては体は雪玉のように丸っこくて、くちばしがコンパクトで小さい。
それに俺の知ってるアヒルよりかなり大きい。
大型犬サイズと言った方が良いだろう。
見た目はコールダックなのに、大きさはアヒル以上で混乱してくる。
「聖鳥がなぜここに!?」
「いや、あいつは白鳥や鶴じゃなくてコールダックだぞ?」
ゼルフはコールダックを見てその場で固まっていた。
しかも、体が白いからか白鳥や鶴と間違えている。
『おい!』
ペタペタと足音を立てながら近づいてくるコールダックは俺に話しかけてきた。
「んっ……お前話せるのか?」
『聖鳥だからな!』
さすが異世界だ。コールダックが普通に話しかけてくるとか普通なら腰を抜かすだろう。
『オイラにそれを寄越せ!』
まるで俺に見せつけるように、コールダックは羽を大きく広げた。
その姿にゼルフは息を呑んでいた。
だが、俺には目の前にいるコールダック……いや、食材に興味が出てきた。
「なぁ、こいつって食べたらきっとうまいよな?」
「はぁん!?」
『なんだと!?』
ゼルフとコールダックは驚いた顔をしていた。
俺にしたら急にきて、飯を寄越せって強奪してこようとするアヒルの方が驚きだ。
そんなやつは食用にしか見えない。
それに今さっき食べたホーンフィッシュっていう魔物も美味しかったから、聖鳥も美味しいに違いない。
「人の物を勝手に食べようとするってことは、食べられても文句は言えないよな?」
『なっ!? 聖鳥を食べたらどうなるか知ってるのか?』
コールダックは羽をバタバタとさせて威嚇してきた。
だが、大きくなっても見た目が可愛いから怖くもない。
「別にアヒルは毒もないし、北京ダックって有名だぞ? 肉も鴨と似ていて脂が多くてうまいし……」
「本当か?」
チラッと隣を見ると、ゼルフの口元からよだれが出ていた。
コールダックが出てきた時は手を合わせるぐらいだったのに、今は完全に食欲に負けたのだろう。
そりゃー毒ばかり食べていたのが、食の良さに気づいたらこうなってもおかしくない。
『オイラは美味しくないぞ……』
「いや、食べてみないとわからないぞ?」
「ここには誰もいないからな」
俺とゼルフは少しずつ距離を詰めていく。
『クゥエ……クゥエエエエエエ!』
コールダックはペタペタと地面を鳴らして逃げていく。
だけど体が大きいのもあり、逃げ足は遅いようだ。
「ゼルフ、捕まえてこい!」
「まかせろ!」
ゼルフはすぐにコールダックの元へ駆け寄る。
毎回ゼルフが霞んだと思ったら、瞬間移動のように消えるあれも魔法なんだろうか。
『オイラはうまくないぞ!』
「ハルトがうまいと言ったらうまいんだ」
ゼルフはコールダックを抱えて戻ってきた。
俺に差し出すと、今すぐにキッチンカーに行けと視線を送ってくる。
「ゼルフって食いしん坊だな」
「いや……俺はこれから体が大きくなるんだ」
すでに俺よりも大きいし、年齢もそこまで変わらないのに、今から成長期ってことか?
異世界は何もかも規模が違うのだろうか。
そんなことを思って話していると、手元から何か声が聞こえてきた。
『クゥエ……うにゃ……うまうま!』
勢いよくコールダックはホーンフィッシュのフライバーガーを食べていた。
おかわりを作ってすぐにコールダックに会ったから、皿を持ったままなのを忘れていた。
「おいコラ! それは俺のだろ!」
あまりのおいしさに食べる勢いは止まらない。
ゼルフはコールダックを引っ張るが、体が大きいため、そう簡単には止まらないだろう。
コールダックも最後の晩餐とでも思っていそうだ。
『ゲフッ!』
気づいた時には皿の上に置かれたホーンフィッシのフライバーガーは食い尽くされていた。
周囲には食べカスが散らばり、コールダックは綺麗に食べるのが苦手のようだ。
『……クウェ!?』
コールダックが驚いた声で鳴き始めた。
隣からはミシミシとコールダックの体から音が鳴っている。
『痛たたたたたた!』
ゼルフは俯きながら、強くコールダックを握っていた。
あまりの痛さにジタバタしていると、ゼルフの手から抜け出し、俺のところに逃げてきた。
「許さん……! 絶対に食ってやる!」
『だからオイラを食べても美味しくないぞ! お前も言ってくれ!』
俺の周囲をクルクルと回るコールダックとゼルフ。
俺はそっと手を伸ばして、コールダックを捕まえた。
『たっ……助かっ――』
「俺が料理人だったことを忘れたか?」
『……クゥエエエエエエ!』
コールダックの叫び声が山の中に大きく響いた。
言葉を話すアヒルって本当に美味しいのだろうか……。
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