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5.料理人、異世界の食材で料理する

「くっ……せまっ……」


 外の明かりが瞼を刺すように差し込み、思わず目を覚ました。

 身動きできないほどの狭さに、思わず文句が先に出てくる。

 ゆっくりと体を起こすと、なぜかゼルフは俺の方を見て眠っていた。

 俺がハンドル側に押されていたのも、ゼルフが寝返りしたのが原因だろう。

 そのまま隙間を抜けるように、俺は頭上から外に出る。


「あぁー、体がバキバキだわ」


 大きく背伸びをして、体を伸ばしていく。

 これからは寝る場所の確保をしっかりしないと体がもたないだろう。

 キッチンカーを見ると、俺がいなくなったことで、ゼルフはスヤスヤと眠っていた。

 少し苛立ちを覚えたが、あれだけ大怪我をしていたなら今は起こさない方が良いだろう。

 俺は顔を洗うために、近くの川に近づいた。


「結構綺麗なんだな」


 昨日は暗かったからわからなかったが、川の水は澄んでおり、中には魚が泳いでいた。

 川魚なら捕まえて塩焼きにしても美味しそうだ。

 そんなことを考えながら、顔を洗おうとしたら目の前に何かが近づいてきた。


「うわああああ!」


 俺の目を狙ってまるで包丁を向けられたような感覚だ。

 咄嗟に下がるが、そのまま魚は襲ってきた。


「なんだ!?」


 あまりにも大きな声に一瞬ゼルフの姿が霞むと、気づいた時には俺の隣にいた。

 そして、ゼルフは剣を一振りする。


「なんだ……ホーンフィッシュか」


 呆れた顔でゼルフは俺を見下ろしていた。

 頭を掻きながら、再びキッチンカーに戻ろうとするゼルフの手を掴む。


「ホーンフィッシュってなんだ!?」


 ゼルフは聞いたことのない魚の名前を言っていた。

 目の前には頭部から鋭いツノが生えた魚が真っ二つになっている。

 カジキのような鋭さに似ているが、サイズはカジキよりは小さいし、魚の額から生えているのは確かだ。

 まるでツノと魚をくっつけたような名前――。


「ツノが生えた魚の魔物(・・)だな」


 俺の予想は合っていた。

 今は周囲が明るいため、昨日見た空飛ぶ謎のトカゲや動く木が現実だったと実感してきた。

 それに日本で見たことない魚だからな。

 ただ、聞きなれない言葉が聞こえてきた。


「その……魔物ってなんだ?」

「ひょっとして魔物も知らないのか……? はぁー」


 大きなため息を吐いた。

 そんなに魔物って一般的なものだろうか。

 日本にはそんな生物いなかった……よな?


「魔物は魔力を持っている生き物だな。ちなみに俺たちも魔力は持っているけど、知性があるから魔物とは呼ばれていない」


 ゼルフは小さく何かを呟くと、手の平から火の玉を出した。


「おぉー!」


 俺は思わずその場で拍手をした。

 まさかマジックを朝から見ることになるとは思わなかった。


「そのマジック……魔法みたいだな!」

「いや、これは魔法だぞ?」

「……」


 その言葉に俺は固まった。

 やはりここは俺の知る世界でもないし、昔のヨーロッパでもないようだ。

 魔法なんてそんなものは存在しないからな。

 だから、魔物を知らなくても仕方ない。


「あぁ……そうか……」


 俺は真っ二つになったホーンフィッシュを手に持ち、キッチンカーに戻っていく。

 突然、異世界に来たら誰だって頭の整理ができないだろう。

 そういう時は自然と習慣になっていることをすれば、頭は落ち着いてくる。

 俺の場合は仕込み作業なんだけどな。

 気づいたときにはホーンフィッシュの鱗を取り、三枚下ろしにしていた。


「こいつって美味しいのか?」


 キッチンカーの外から覗くゼルフに声をかけた。


「毒はないと思うぞ……」


 俺は聞く人を間違えたようだ。

 ゼルフの食べられるかどうかは毒の有無で決まっていたのを忘れていた。

 ただ、フグみたいに毒がないなら問題はないだろう。


「せっかくだからフィッシュフライバーガーみたいなのを作るか」


 昨日使ったタルタルソースはまだ余っているし、ホーンフィッシュはタラやホキのような白身魚で、フライにも向いてそうだ。


「フィッシュフライバーガー……?」


 ゼルフは首を傾げていた。

 みんなが知っているハンバーガーチェーン店でも発売しているぐらいなのに、もちろんゼルフは知らなかった。


「せっかくだからゼルフも手伝え!」


 俺はゼルフを手招きすると、恐る恐るキッチンカーの中に入ってきた。

 無愛想な顔をしてるのに、思ったよりもわかりやすい表情をしている。

 やっぱりキッチンカーにビビっていたのは本当だったようだ。


「じゃあ、これを手でちぎって中に入れてくれ」


 俺はフードプロセッサーと食パンを渡した。

 ゼルフにはパン粉の準備をしてもらうつもりだ。

 その間に俺はまな板の上に並べたホーンフィッシュの切り身に、塩とこしょうを振る。

 ふわりと白い身が引き締まり、下味の香りがほんのり立つ。


「できたぞ」

「じゃあ、蓋を閉めて強く押してくれ」

「これで――」


――ウイィィィン!


「うわああああ!?」


 フードプロセッサーの音とともに、ゼルフは驚いていた。

 その拍子にキッチンカーの天井に頭をぶつけて、大きく車体が揺れていた。


「おい! この魔導具、俺を殺す気じゃないか!?」

「ぷっ……あははは!」


 ゼルフの言葉につい笑ってしまった。

 まさかフードプロセッサーで殺そうなんて――。


「いや、運が悪ければ死ぬかもな」


 俺はニヤリと笑う。

 ゼルフの話では使用人がミンチに……いや、それは考えるのはやめておこう。

 俺の話にビビったゼルフはそのままキッチンカーの外に出て、再び窓から覗いていた。


「フードプロセッサーより、そこで覗かれた方が怖いからな……」


 無愛想な顔が窓の外から覗いていたら不気味だ。

 それにゼルフは相変わらずそこから覗くのが好きなんだろうか。

 そんなことを思いながら、フードプロセッサーでパンを細かく刻んでいく。

 これが今日使う〝特製パン粉〟だ。

 ホーンフィッシュに小麦粉をまぶし、溶き卵をくぐらせ、ふんわりしたパン粉をたっぷりまとわせる。

 指先で軽く押さえると、ふかふかと弾むような感触が返ってきた。


「油もちょうどいいかな」


 さすがにフライヤーも使うまでもなく、フライパンに注いだ油はパン粉を落とした瞬間、シュワッと泡が弾けた。

 そっと魚を入れると、衣の表面が一気にきつね色に変わり、香ばしい香りが台所に広がっていく。

 両面がカリッと揚がったところで油を切り、しばらく置いて余熱で中まで火を通す。

 その間に食パンを軽くトーストし、バターを薄く塗った。

 パンの上に千切りしたキャベツを敷き、揚げたてのホーンフィッシュのフライを乗せる。

 その上から昨日作ったタルタルソースをたっぷりとかけると、酸味と卵の甘い香りが、熱気に乗ってふわりと鼻をくすぐった。

 もう一枚のパンでふんわりと挟み、軽く押さえると、ホーンフィッシュのフィッシュフライバーガーの完成だ。


「なんとなくで作った割にはクオリティ高いな」


 異世界の食材で作った割には見た目は普通のトーストで作ったフィッシュフライバーガーだ。


「おい、できたか?」


 ずっと見ていたはずのゼルフがいつの間にかキッチンカーの中にいた。

 きっと待ちきれなかったのだろう。

 俺は皿に乗せると、キッチンカーの外に出た。

 二人揃って岩場の上に座ると手を合わせる。


「いただきます」


 俺は手を合わせてすぐにホーンフィッシュバーガーを口に入れる。

 カリッ、フワッとした食感が口いっぱいに広がっていく。

 ひと口かじると、外は香ばしく、中はやわらかい白身がほろりとほどけ、タルタルソースのまろやかさと一緒に口の中で溶けていった。


「いただきます」


 ゼルフは俺のマネをするように手を合わせてから、フィッシュフライバーガーを口に入れた。

 毒がないとわかったからか、一口入れたら勢いは止まらない。

 気づいたら三口ほどで食べ終わっていた。


「……少ないな」


 どこか寂しそうな顔でゼルフは何も載っていない皿を眺めていた。

 まるで大きな子どもみたいだな。


「おかわりなら――」

「食べる!」


 ゼルフは今すぐに寄越せと言わんばかりに、皿を押し付けてきた。

 やっぱりこいつは見た目が無愛想なイケメンなだけで、中身はただの子どもだな。

 俺は皿を持ってキッチンカーに戻っていく。


――カサカサ!


 だが、俺は忘れていた。

 呑気にキッチンカーで料理をしていたら、謎の生物……魔物を呼びつけてしまうことを。

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