42.料理人、料理を披露する
俺は全員が席に座るのを待っていた。
「さぁ、どんな料理が……って何もないが……?」
「みなさんのタイミングに合わせて、料理を召し上がっていただこうと思いまして」
「ほぉ、そうか」
領主は席に座ると待ち遠しそうに俺を見ていた。
やはりクッキーを先に食べさせたことで、期待が上がっているのだろう。
それならその期待を貫いて、天高く喜んでもらわないとな。
「ハルトは一緒に食べないのか?」
「せっかくだから給仕も完璧にしたいからね」
『オイラはどうやって……』
「そこは任せておけ!」
ちゃんと白玉が食べやすいように調整してあるからな。
俺はコース料理のように順番通り提供することにした。
そもそも全て置かれた状態で食べ始めると、スープやメインが冷めて美味しくない。
せっかくの料理を食べ頃で味わってもらわないと。
「まず初めに前菜のサラダでございます。サラダにはオリーブオイルとレモンのドレッシングがかかっていますので、さっぱりとお召し上がりできるかと思います」
まずは前菜で用意したサラダ。
昨日はただの生野菜だけで、味が寂しいと感じた。
今回はそれを改善するために、オリーブオイルにレモンを絞り入れて、胡椒で味を調整したドレッシングをかけている。
「主食にスコーンと薄力粉のみで作ったフォカッチャを用意しました。フォカッチャはドレッシングとも合いますので、少しだけちぎって、ドレッシングを拭き取るように召し上がっていただくと……何か顔についているのか?」
順番に説明しながら料理を出していくと、みんな驚いた表情で俺を見ていた。
「いや、いつものハルトとは違うから……」
ゼルフはぼそりとつぶやく。
どうやら普段の様子と違って驚いているのだろう。
「まるで王族に仕える執事のように感じだな」
それは領主も思ったのだろう。
ただ、これぐらいなら俺だって勉強しているからできる。
料理を給仕する人限定だけどな。
「驚くのは召し上がってからにしてください」
そう伝えて、俺はにこりと笑った。
その間に俺は料理人にクリームシチューをゆっくり温めるように伝えた。
「うんまっ! やっぱりハルトの飯が一番だ!」
『オイラのは小さすぎて足りないぞ?』
「主食のパンはおかわりも準備しておりますので、いくらでもお申し付け――」
「『おかわり!』」
「はえーよ!」
あまりにもすぐにおかわりするため、つい突っ込んでしまった。
咳払いをして、俺は姿勢を正す。
「これがパンなのか……」
「ブレッドンとは一味違いますね」
スコーンは砂糖を抜けば食事に合うし、フォカッチャに関しては完全に薄力粉のみで作っている。
「本当は強力粉……んっ! 何もないです」
本当は強力粉が使えたら、もっと美味しいパンが作れたんだけどな。
厨房にあったのは薄力粉のみだし、昨日食べたのも薄力粉のパンだった。
それに町でブレッドンとの関係を聞いていたからちょうどよかった。
サラダがなくなってきたタイミングで、俺はクリームシチューを出していく。
「スープのクリームシチューでございます。こちらはスコーンと合うように作っています。とろみがついていますので、火傷に注意してください」
朝から作ったコンソメスープを利用したクリームシチューだ。
クリームシチューの表面に立ち昇る湯気が、ふわりと甘い香りを漂わせる。
その香りにすぐに虜になっていた。
中には食べ応えがあるように、野菜も入れている。
「こんなに濃厚なスープは初めてだ」
「こんなに美味しいものは初めてですわ」
すでに領主とショートも満足しているのだろう。
ゼルフと白玉は相変わらずガツガツ食べて、俺におかわりを求めてくるからな。
せっかくコース料理のように振る舞っているのに台無しだ。
けれど、それだけ美味しいってのが伝わってくる。
クリームシチューが半分程度飲み終わったタイミングで、メインのローストビーフを出していく。
「本日のメイン、ローストビーフでございます。低温でじっくり火を通し、肉汁を逃さず仕上げております。お好みでソースを二種類用意しました」
テーブルの上に二種類のソースを準備する。
「手前がグレイビーソース、奥にあるのがオニオンソースでございます。まずはお肉そのものの美味しさをお楽しみいただき、その後にグレイビーソースを少量かけていただきますと、より深い味わいになります。さっぱり召し上がりたい時には、オニオンソースがおすすめでございます。」
これで概ね料理は全て出し終えた。
ゆっくりとローストビーフを食べているところを俺は眺める。
肉料理一つでも調理方法と味付けが変われば、全く別物になるし、味付けの種類が多い方が楽しめる。
基本的に使っている肉は昨日と変わりないからな。
「なっ……なんだこれは……」
「お父様……私、天界にでも来たのかしら……」
「ショートよ……。私もすでに天界にいる」
領主とショートはその場で手を止めて、ただ呆然としていた。
あまりにも美味しいものを食べた時は、天国に行った気分になるからな。
それにしても、この世界も死んだら天国に行くみたいな言葉あるのか。
「『ハルト……』」
小さな声でゼルフと白玉は俺を呼んでいた。
皿の上にはローストビーフはなくなっていた。
その場ですぐに俺は手をクロスにして伝える。
「それはおかわりないぞ!」
「ガーン……」
『クゥエ……』
俺の料理って基本おかわりできるものが多いし、たくさん作っている。
ただ、ローストビーフはそこまで多く準備をしていない。
この後、料理人や他の使用人にも食べてもらいたいからな。
落ち込むゼルフと白玉には悪いが、ここは我慢してもらおう。
しばらくすると、全ての食事を終えて満足そうな顔をしている領主とショートがいた。
「ご満足いただけましたか?」
「大変満足――」
「ハルト様! ぜひ、ここの屋敷に働かないかしら!」
領主の言葉を遮るようにショートは話し出す。
よほど俺の料理を気に入っていただけたのだろう。
領主も頷いているから、雇用に関しては本当なんだろう。
ただ、ゼルフと白玉が悲しそうな顔をしていた。
俺がここで働くとでも思っているのだろうか。
「その提案はお断りさせていただきます」
「なんで!? お金ならたくさん出すわよ? ねぇ、お父様?」
「ああ」
ショートは椅子から身を乗り出す勢いで俺の手を握った。
それだけ俺の料理を気に入ってくれたってことだな。
それでも、俺は首を横に振る。
働き先があるのはありがたい。
それは俺も十分理解はしている。
ただ、本当にしたいのは――。
「俺はキッチンカーでこいつらと商売がしたいので」
俺はキッチンカーで成功することをキッチンカーを譲ってもらう時におじさんと約束した。
この世界に来て、もうダメかと思ったが無事に今も走り続けている。
だから、もうしばらくはキッチンカーでの販売を楽しみたい。
「そうだぞ! ハルトは俺のもんだからな!」
『違うぞ! ハルトはみんなのだ!』
俺の言葉を聞けてゼルフと白玉は嬉しそうにしていた。
「お前ら飯が食べたいだけだろ?」
「あっ……いや、そんなことは……」
『ゼルフはそうでもオイラは違うぞ!』
あたふたするゼルフを見ると、しばらくは離れられないような気がした。
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