4.料理人、寝場所を間違える ※一部ゼルフ視点
食事を終えた俺たちはすぐに寝る準備を始めた。
と言っても俺は車中泊用のマットレスに空気を入れただけだ。
「店主から譲り受けて正解だったな」
帰り際にマットレスもいらないかと聞かれて譲り受けたが、まさか異世界で使うことになるとは思わなかった。
軽トラックベースのキッチンカーは運転席と荷台部分が分かれている。
そのため、運転席は普通の車のように座席を倒せる構造をしていなかった。
休憩できるように足元まで、マットレスで隙間を埋めることで一人は余裕で寝る場所は確保できた。
「本当に外で寝るのか?」
「ああ」
ゼルフに尋ねても、あいつは返事だけしかしない。
チキン南蛮を食べて、少し距離が近くなった気がしたが俺の勘違いだろうか。
「さっきまで血だらけだったのを忘れてないよな?」
「……ああ」
少し歯切れの悪い返事が戻ってきた。
ゴツゴツした岩の上に座っているが、あの姿勢で寝るつもりだろうか。
それに山の中だから、俺が貸した服一枚では寒いはずだ。
いくら筋肉質だからって、熱を発生させるのにも限度がある。
「はぁー、そんな遠慮しなくていいんだぞ」
俺はゼルフの元まで行って手を引っ張る。
だが、ゼルフはその場で足を踏ん張って動こうとしない。
まるで抵抗している子どものようだ。
「ひょっとしてキッチンカーが怖いのか?」
俺がキッチンカーで料理をしている時も、外から中を覗くだけで中には入ってこなかった。
タルタルソースを作る時も開けた窓から手を伸ばしていたからな。
「なっ……俺があんな魔導具を怖がるはずがない!」
「なら中で寝ても大丈夫だな!」
掴んだ手は冷え切っていたし、明らかに震えていた。
車なら何かに襲われても、身を守ることができるだろう。
それにエンジンをつけておけば、外よりは暖かい。
俺はゼルフを無理やりキッチンカーの運転席部分に押し詰める。
だが、俺は後悔することになった。
「お前……デケェじゃないか!」
「見てわかるだろ……」
ゼルフが俺よりも身長が高いことを忘れていた。
俺って一般男性サイズの170センチメートルだからな。
ゼルフが寝ると足がキッチンカーのドアからはみ出ていた。
俺は無理やりゼルフの足を入れて、自分もキッチンカーに乗り込む。
「あぁ……狭いな……」
うまいこと足元を埋めたマットレスの隙間で寝転ぶことはできた。
ただ、身動きは出来なさそうだ。
「だから言っただろ。俺は外で寝る!」
ゼルフは起き上がろうとしたが、その衝撃で俺の顔はハンドルに押さえつけられる。
「狭いから動くな!」
起きようとするゼルフを手で押さえつける。
ゼルフとは背合わせだが、俺が一般男性サイズでよかったな。
ただ、寝返りができないため、明日からもどうやって寝るかが課題になるだろう。
「じゃあ、おやすみ!」
「ああ……」
俺はあまりの疲れに狭い空間なのも忘れて、そのまま眠りについた。
♢
隣からスヤスヤと寝息が聞こえてくる。
俺の存在が気にならないのかと疑問に思ってしまうほどだ。
今俺が剣で刺したら……ってことは思ってなさそうな寝顔をしている。
俺が魔物の攻撃でケガしたのを忘れたのだろうか。
「それにしても狭いな……」
顔は上がっても身動き一つでもしようとしたら、隣で呻き声が聞こえてくる。
謎の取っ手に顔が押さえつけられていたのだろう。
素性を知らないやつの隣で寝ているから、そんなことになるんだ。
楽しくなった俺は少しだけ寝返りしてみる。
「くくく」
潰れているハルトを見て、俺は自然と笑みが溢れてくる。
「ううっ……」
だが、自然と聞こえてくる呻き声はかなり辛そうに感じた。
首を見ただけでもわかるほど、大量に汗が出てきている。
「すみません……」
次第に呻き声は何かに対して謝るような言葉に代わった。
一瞬、起きたのかと思ったが、寝息が聞こえてくるため、起きてはいないようだ。
きっと問題を抱えているのは俺だけではない。ふとそんな気がした。
「このままこいつとどこかへ消えてしまった方が良いのかもな」
きっと今頃、兄は俺が死んだと思って笑っているだろう。
転移の魔導具を使ったのも、兄を支持する王族派の貴族だった。
俺にもっと力があれば抵抗できたのかもしれない。
結局、下民の子どもは下民でしかない。
この忌々しい銀髪も母親が魔力を持っていたら、何かが変わっていたのだろう。
「命が狙われないだけでもマシなのかもしれないな」
ただの操り人形として存在する第二王子。
それが俺に課された定めだ。
貴族派に利用されているのはわかっているが、そうでもしないと俺に生きる術はなかった。
「あぁ……またチキン南蛮が食いたいな……」
久しぶりに感じた温かな料理が、俺を幼い頃へと引き戻した。
唯一、俺の味方だった乳母が作ってくれた料理のように優しい味がした。
一人で生きるのは、もう疲れた。
こんなにも近くに誰かがいてくれるのは、久々だな。
俺は十数年ぶりかに、人の温もりを傍に感じながら、静かに眠りへと落ちていった。
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