27.料理人、スパイスカレーは人を変える
皿から立ちのぼる湯気が、ふわりと鼻先をくすぐる。
久しぶりに作ってみたが、匂いからしてうまくできたようだ。
「ハルト、もう我慢できない!」
『オイラも食べたいぞ!』
テーブルに運んでいる間、早くしろと言わんばかりにゼルフと白玉が俺をジーッと見つめてくる。
俺も席に座り、スプーンで一口すくう。
ゆっくり口に入れると、スパイスの香りが鼻を抜け、舌の奥がじんわりと熱を帯びた。
最初に広がるのはクミンの香ばしさ。
すぐにコリアンダーの穏やかな甘みが追いかけ、ターメリックの土のような深みが全体を包み込む。
あとからじわりと辛さが追いつき、スパイスの余韻が喉の奥に心地よく残った。
「……うまっ!」
『オイラ、これ大好きだ! なんか身体がポカポカする!』
ゼルフはナンを豪快にちぎってはスパイスカレーをすくい、口いっぱいに頬張る。
白玉は辛いと言いながらも、次のひと口を止めない。
掃除機に吸い込まれるかのように、スパイスカレーとナンがなくなっていく。
「これは……神様の食べ物ですか……」
女将はというと両手を合わせて祈っていた。
みんなの表情を見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。
「ははは、そんなに喜んでもらえるなら作ってよかった」
スパイスのおかげで、俺の心まで温めてくれたような気がする。
ただ、ゼルフと白玉の皿は涼しそうだ。
「明日はお米に合うスパイスカレーを作り直すか?」
「また作ってくれるのか!?」
『おかわりしてもいいのか!』
我が家の食いしん坊はスパイスカレーも気に入ったようだ。
俺が頷くと急いでキッチンに走って行った。
カレーは次の日が美味いって言うが、俺たちのカレーに二日目はないようだ。
「生きてきた中でこんなに美味しい料理は初めて食べました」
「それは大袈裟――」
「俺が言った通りだろ?」
「ハルトのご飯は悪魔も驚くほどの美味さなんだぞ!」
俺が否定する前にゼルフと白玉が追撃する。
悪魔には食べさせたことはないが、ここまで反応が良いと本当に悪魔も驚きそうだな。
まぁ、なるべくなら会いたくはないが……。
「私たちが作る料理と一体何が違うんでしょうか……。あぁ、天に召されるようだわ」
段々と女将に後光が差しているような気がする。
性格もどことなく穏やかだしな。
「お前らも食べ過ぎて、明日食べられなくても知らないぞ」
ゼルフと白玉がビクッとしていた。
あまりたくさんの量は作っていなかったのが幸いだ。
もう全て食べられてしまったからな。
大鍋で作っていたら大変なことになっていただろう。
そんなことを思いながら、俺は初めて異世界だけの食材で作ったスパイスカレーに満足した。
翌日、スパイスを大量に購入して、町の外に向かった。
今度こそキッチンカーが壊されないように注意が必要だろう。
しばらくすると、前回と同様にミニチュアのキッチンカーが光ると地面に置いた。
そのまま輝き続け、気づいた時には目の前に変わらない見た目のキッチンカーが現れた。
ただ、モニターで自動修復を確認すると、次に使える時間までのカウントダウンが短くなっていた。
レベルが上がると自動修復できる頻度が増えるようだ。
「じゃあ、俺はカレーを作っているから、お前たちはどこかに遊びに行ってこいよ」
「いや、俺はここで悪いやつが来ないか見張るぞ」
『オイラもカレーを見張るぞ!』
スパイスカレーを作るのに時間がかかるのに、ゼルフと白玉はキッチンカーから離れないようだ。
まぁ、また俺と離れている間にいなくなるたびに、キッチンカーを壊されたらたまったもんじゃないからな。
俺はスパイスカレーを作っている間に、炊飯器と鍋でターメリックライスを作っていく。
作り方はとても簡単で、いつも通りご飯を炊くのに合わせて、ターメリックパウダーとバターを入れるだけだ。
あとは普通に炊くだけで、ターメリックライスが完成する。
ちなみにスパイスカレーには、鶏もも肉を使ってチキンカレーにした。
『オイラも早く食べたいぞ!』
「俺もだ!」
朝も大量のカレーを食べたばかりなのに、待ちきれないのか、ゼルフ白玉はよだれを垂らしながら窓にへばりついていた。
ゼルフに関しては、自分からやると言った監視の仕事も忘れている。
「おっ、今日は食べ慣れたものを売るのか?」
しばらくすると、仕事を終えた冒険者たちが帰ってきた。
昨日はキッチンカーで販売ができなかった影響か、気になって声をかける人が多い。
ただ、普段嗅ぎ慣れているスパイスの香りに少し残念そうにしていた。
この町の人にとって、スパイスは食べ慣れたものだからな。
「ハルトのスパイスカレーは絶品だぞ!」
『オイラも一瞬死ぬかと思ったぐらいだ!』
そんな冒険者にゼルフと白玉はスパイスカレーを勧めていた。
もし、白玉が死んでも、美味しく料理してあげるから問題はない。
ただ、コールダックが鶏料理好きって大丈夫なんだろうか。
それだけをずっと疑問に思っていた。
「スパイスカレーができました! いかがですかー!」
俺は大きな声を出して、キッチンカーをオープンさせた。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします(*´꒳`*)




