第8話 聖女との出会い
辺境の村が盗賊団を退け、交易を得てからさらに数日。
村の空気はかつてないほど活気に満ちていた。
だが、その平穏を破るように、一人の来訪者が現れる。
――それは夕暮れ時だった。
森を抜ける小道に、よろめくような影が現れた。
白いローブは泥にまみれ、裾は裂けている。
倒れ込むように村の入口にたどり着いたその女性を、子供たちが悲鳴を上げて呼びに走った。
「アレン様! クラリス様! 誰かが倒れてます!」
駆けつけたアレンとクラリスが見たのは、血に濡れた聖職者の姿だった。
金糸の刺繍が施された聖衣は、確かに“神殿の者”を示している。
「……これは……」
クラリスが目を見開いた。
「まさか……王都の“大聖女”エリナ・セラフィード?」
その名は有名だった。
神殿において奇跡を起こすと称えられた、最年少の聖女。
だが同時に、派閥争いに巻き込まれて失脚し、最近「失踪した」と噂されていた人物でもあった。
「……水を……ください……」
かすれた声で聖女が求める。
アレンはすぐに水筒を差し出した。
彼女はごくごくと水を飲み、息をつき、そして弱々しく笑った。
「助けていただき……ありがとうございます。私は……もうどこへ行けばいいのかも分からず……」
クラリスは静かに問いかける。
「なぜ、こんな辺境に?」
エリナの瞳に影が宿る。
「王都の神殿は、清き場ではありませんでした。権力を求める者たちが互いに陥れ合い……私は“異端の聖女”として追放されたのです」
その言葉に、村人たちがざわめく。
アレンは拳を握りしめた。
――まただ。自分と同じ、クラリスと同じ。
「追放された者」。
「あなたも、捨てられたのね」
クラリスが言う。
「なら、ここに残ればいいわ。私たちは追放者の集まり。あなたが聖女であろうと、異端であろうと関係ない」
エリナの目が見開かれる。
涙があふれ、彼女は深々と頭を下げた。
「……私を、ここに置いてください。もう一度、人を救う力を……」
その夜。
村の広場に集まった人々の前で、エリナは両手を掲げた。
淡い光がほとばしり、負傷した者の体を癒やす。
傷がふさがり、苦しんでいた老人がすっと立ち上がった。
「奇跡だ……!」
「本物の聖女様だ!」
村人たちが歓声を上げる。
ミーナも感嘆の息を漏らした。
「これほどの癒やしの力……王都でも限られた者しか……」
クラリスは誇らしげに微笑む。
「いいわね。これで私たちは剣も、薬も、鍛冶も、そして奇跡すら手に入れた」
アレンは皆を見渡し、力強く言った。
「俺たちは、捨てられた者の集まりだ。だが見ろ――誰もがここで力を発揮している。これからもそうだ。王都に見捨てられたなら、俺たちが王都を超える」
その言葉に、村人たちの目が輝く。
拍手と歓声が広場を揺らした。
その後。
焚き火の傍で、アレンとクラリス、そしてエリナは肩を並べて座っていた。
エリナは火を見つめながら、ぽつりと呟く。
「私……“悪役”と呼ばれたあなたの隣に立つのが、こんなに心強いと思いませんでした」
「皮肉ね。私たちは皆、都合よく“悪”に仕立て上げられた者同士」
クラリスはワインを傾けて微笑む。
アレンは二人を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
追放された者たちが、こうして集まり、力を合わせている。
その光景は、かつて夢見ていた“仲間”の姿だった。
「……最強の夫婦、最強の仲間。きっと俺たちは、世界に逆襲できる」
焚き火の火花が夜空に舞い上がる。
辺境の村は、ただの村ではなくなった。
“聖女の加護”を得たことで、この地は確かな勢力へと変貌していく――。




