第7話 村の繁栄の兆し
盗賊団の本隊を退けたその夜、村の広場は祝祭のような賑わいに包まれていた。
小さな焚き火の周りに人々が集まり、乾いたパンや干し肉を分け合い、勝利の余韻に酔いしれていた。
「誰も死ななかった……」
老人が涙を流しながらつぶやく。
「この村で、戦って勝てたのは初めてだ」
子供たちが笑い、若者たちは剣を振って真似をした。
その光景を、アレンとクラリスは並んで眺めていた。
「……見て、あの子たち」
クラリスは目を細める。
泥だらけの少年が棒切れを振りながら叫んだ。
「俺、アレンみたいに強くなる!」
「私はクラリス様みたいに魔法を使いたい!」
その声にクラリスは頬を染め、アレンは少し照れくさそうに苦笑した。
「いつの間にか、俺たちは“見られる存在”になってしまったな」
「そうね。もう私たちは、ただの追放者じゃない」
その言葉は、村全体の空気をよく表していた。
翌日から、村は慌ただしく動き始めた。
ギルバートは鍛冶場を再建し、若者たちを集めて武具の作り方を教え始めた。
「剣は魂だ! 安物を持つくらいなら、俺の作った槍を握れ!」
彼の豪快な声が村中に響き渡り、若者たちは誇らしげに金槌を振るった。
ミーナは薬草畑を作り、村の女性たちを集めて薬の調合を教えた。
「ただ煎じるだけじゃ駄目です。火加減と順番が大事なんです」
彼女の丁寧な指導に、子供を抱えた母親たちも真剣な顔で頷く。
クラリスは村の広場に机を置き、文を広げていた。
「ここに貯蔵庫を建てて、収穫をまとめて管理するの。税を一律にして、働いた分がきちんと戻る仕組みにすれば、皆が安心して働けるわ」
侯爵家に生まれた彼女は、社交だけでなく政務も学んでいた。その知識を、今は辺境の村に注いでいるのだ。
アレンは訓練場を整え、村の男たちに剣を教えた。
「大事なのは力じゃない。姿勢と足さばきだ。無理に振るな、確実に守り、確実に突け」
最初は頼りなかった村人たちの剣筋が、少しずつ形になっていく。
こうして村は、一歩ずつ「軍」と「生活基盤」を手に入れ始めた。
数日後。
旅人を名乗る男が村を訪れた。背負った荷には、塩、布、鉄、そして干し魚が詰まっている。
「盗賊団を退けたという噂を聞きましてな。もしよろしければ交易を……」
それは、この村にとって初めての「外からの取引」だった。
村人たちは驚き、そして大きな歓声を上げた。
さらに、その旅人は言った。
「追放された者や、住む場所を失った者が、あなた方の村に向かっているそうです。『辺境に新しい力がある』と……」
クラリスが微笑んだ。
「やっぱり広がっているのね、噂が」
アレンは剣の柄を握りしめた。
「ならば、受け入れよう。追放者でも罪人でも、望むならここで立ち上がれる」
その言葉は村人たちに大きな希望を与えた。
かつて捨てられた者たちが、新しい国の礎になる――そんな夢を抱かせる響きだった。
夜。
焚き火の前で、アレンとクラリスは並んで腰を下ろしていた。
周囲では子供たちが歌い、老人たちが昔話をしている。
「ねえ、アレン。気づいている?」
「何をだ?」
「もうこの村は、ただの“村”じゃない。人が集まり、武具があり、薬があり、交易も始まった。これはもう……小さな国の萌芽よ」
クラリスの声は誇らしく、同時に少し震えていた。
「私、あの日、断罪されたとき……すべてを失ったと思った。でも違ったわ。ここで、もっと大きなものを手に入れ始めてる」
アレンはしばし沈黙し、焚き火を見つめる。
炎が揺れ、その赤に映るクラリスの横顔が、どこか切なく、美しかった。
「……俺も同じだ。騎士団を追放されたとき、終わったと思った。でも、ここで剣を振るって、人を守って、やっと“騎士”になれた気がする」
二人の言葉が交わったとき、焚き火の火の粉が夜空へ舞い上がった。
まるで未来を照らす星々のように。
こうして村は、一歩ずつ「繁栄」への道を歩み出す。
それはまだ小さな光にすぎない。
だが――やがて王都を飲み込むほどの炎となる、その始まりだった。




