第6話 初めての勝利
辺境の村に漂う空気は、確かに変わり始めていた。
追放された騎士アレンと断罪された令嬢クラリスが手を取り、鍛冶師ギルバート、薬師ミーナが加わったことで、村は徐々に「拠点」としての形を帯び始めた。
だが――それを黙って見逃す者はいない。
狼煙が上がったのは、ある夕暮れだった。
森の向こうに炎が立ち上り、偵察に出ていた少年が慌てて駆け込んできた。
「た、大変だ! 盗賊団の本隊がこっちに向かってる! 数は……三十人以上!」
広場がざわめきに包まれる。
村人たちの顔から再び血の気が引いた。
「前に追い払ったのはただの下っ端……本命が来たのね」
クラリスは冷ややかに呟く。
アレンは剣を腰に差し直し、皆の前に立った。
「いいか、怯えるな。ここで逃げれば、この村は本当に滅ぶ。だが……俺たちには仲間がいる。剣も薬も、そして魔導も。恐れる理由はない」
村人たちの表情に、不安と期待が入り混じる。
アレンは続けた。
「ここで勝つ。今日を“最初の勝利の日”にする!」
夜。
松明の赤い光が村を照らす。
三十名の盗賊が押し寄せ、嘲笑と怒号が混じる。
「ははっ! こんな辺境の村に、まだ命があるとはな! 全部奪ってやる!」
「嬢ちゃんも鍛冶屋も薬師も、全部俺たちのもんだ!」
村人たちは柵の後ろで武器を構える。震える手の中に握られているのは、ギルバートが打った新しい剣。
その光に、わずかな希望が宿る。
「行け、アレン!」
ギルバートの声に背を押され、アレンは前へ。
盗賊の先頭が斧を振り下ろす。
アレンは剣を振り上げ――
「ふっ!」
一閃。
鋼のきらめきが夜空を裂き、斧ごと盗賊を弾き飛ばした。
その瞬間、彼の剣が再び光を帯びる。
「な、なんだあの光……!?」
「ただの騎士じゃねぇぞ!」
盗賊たちが動揺する中、背後からクラリスの声が響いた。
「《封鎖の檻》!」
地面が割れ、闇色の鎖が伸び、十人近い盗賊の足を絡め取った。
彼らは叫び声を上げて倒れ込み、動きを封じられる。
「今よ!」
「任せろ!」
アレンがそこへ飛び込み、次々と斬り伏せていく。
村人たちも勇気を得て、柵の隙間から槍を突き出した。
だが盗賊団の本隊は手強い。
矢が飛び、柵を越えて火炎瓶が投げ込まれる。炎が燃え広がり、悲鳴が上がる。
「ミーナ!」
「はい!」
薬師ミーナが素早く薬草袋を開き、治癒薬を配って負傷者を救う。
その必死な姿に、村人たちも奮い立つ。
「俺たちも戦うんだ! この村は俺たちの家だ!」
混乱する戦場の中で、アレンの剣はさらに研ぎ澄まされていく。
――抑えていた力は、もう必要ない。
剣閃が走るたびに、盗賊たちは倒れていく。
「おのれぇぇ! 下級騎士のくせに!」
頭目らしき大男が大剣を振りかざし、アレンへ迫る。
「俺はもう“下級”じゃない」
アレンは一歩踏み込み、渾身の力を込めて剣を振るった。
閃光。
大剣は真っ二つに折れ、大男は地に崩れ落ちた。
「ひ、ひいいっ! 退けぇ!」
「こいつらは化け物だ!」
頭目を失った盗賊たちは次々と逃げ出し、森の奥へと消えていった。
戦いの後。
広場に残ったのは、勝利の余韻だった。
負傷者は出たものの、誰一人命を落とさなかった。
村人たちが歓声を上げる。
「勝った! 俺たちは勝ったぞ!」
「本当に、盗賊団を追い払ったんだ!」
アレンは剣を収め、深く息をついた。
クラリスが隣に立ち、静かに笑う。
「これが……“初めての勝利”。そうでしょう?」
「ああ。俺たちが本当に“始まった”証だ」
村人たちの喜びの声に包まれながら、二人は確信する。
この勝利は小さな一歩にすぎない。
だが、それはやがて――王都を揺るがす大逆襲の始まりとなるのだ。