第5話 力の覚醒
村が息を吹き返し始めてから、一週間。
アレンとクラリスは、日々汗を流していた。
崩れた柵を直し、荒れた畑を耕し、鍛冶場を再建する。
ギルバートの槌が響けば、村に新たな剣が生まれ、ミーナの手で薬草が煎じられれば、咳き込む老人が救われる。
村は確かに「生きる場所」として蘇りつつあった。
だが同時に、危険も増えていた。
盗賊を退けた噂は森を越え、辺境全体に広がり始めていたからだ。
「新しい勢力が芽吹いた」と聞きつけ、力を試そうとする者たちが現れるのは時間の問題だった。
そのことを、アレンもクラリスも理解していた。
だからこそ――鍛錬が必要だった。
「ふっ……はあっ!」
アレンは剣を振る。
朝露に濡れる草地を踏みしめ、ひたすらに剣を振り続ける。
かつて騎士団で叩き込まれた基礎を磨き直し、さらに自分の戦い方を見つめ直す。
ギルバートが腕を組みながら見ていた。
「剣筋は正確だが……力を抑えすぎてるな」
「抑えてる?」
「ああ。お前、自分の力を“並みの騎士”に合わせてんだろ。功績を奪われねぇように、目立たないように、ってな」
その指摘に、アレンは息をのんだ。
図星だった。
騎士団にいた頃、目立つと上官に疎まれ、功績を横取りされた。
だから無意識に、自分の力を抑え込んでいたのだ。
「だがな、今は違う。もう“団の一員”じゃねぇ。お前はお前のために剣を振っていいんだ」
ギルバートの言葉に、アレンは剣を握り直した。
胸の奥にくすぶっていた炎が、一気に吹き上がる。
「――っ!」
次の瞬間、剣が光を帯びた。
風が巻き起こり、草地が裂ける。
抑えていた力が解き放たれたことで、眠っていた“血統の力”が目を覚ましたのだ。
「これは……!」
「ほう……やっぱりな。お前、ただの下級騎士じゃねぇ。古き剣士の血を引いてやがる」
ギルバートが豪快に笑う。
アレンは息を荒げながら、己の手を見つめた。
――俺には、まだ眠っていた力がある。
一方、クラリスもまた、新たな才能を開花させていた。
村外れの廃屋で、彼女は古びた魔導書を開いていた。
王宮時代、図書館の奥に隠されていた禁書。追放される際にこっそり持ち出した、祖先の魔女の研究記録だった。
「“封印魔法”……。かつて王家が恐れ、禁じた術式」
彼女の血に流れる魔導の系譜は、決して伊達ではない。
読み解くたびに、術式は自然と体に馴染み、やがて彼女は指先一つで石壁を鎖のように縛り上げた。
「……やれるわ。私には、この力がある」
その背後でミーナが目を丸くしていた。
「ク、クラリス様……今の、王都でも使える者がいないはずの……」
「だからこそ、私が“悪役”に仕立て上げられたのよ。恐れられた力を持つからこそ、排除された」
クラリスの瞳に宿るのは、かつてない決意。
“悪役令嬢”という烙印を逆手に取り、その魔導を世界に叩きつける覚悟だった。
夕暮れ。
村の広場に戻ってきたアレンとクラリスは、互いに向かい合った。
「お前も、力を得たのか」
「ええ。あなたも、ね」
二人の視線が交わる。
そこにはもう、追放された敗者の影はなかった。
代わりにあったのは、“覚醒した者同士”の誇りと信頼だ。
「これで俺たちは……ただの辺境の追放者じゃない」
「最強夫婦になるための、一歩目を踏み出したのよ」
村人たちが焚き火を囲み、仲間たちが笑い声を上げる中――
その中心で、アレンとクラリスの新たな力が確かに芽吹いていた。