第54話 終焉の光
崩れゆく闇
黒い空がひび割れていく。
まるで世界そのものが砕けるように、闇が断片となって落ちていった。
帝王シグマールの纏う影も薄れ、鎧の継ぎ目から淡い光が漏れる。
「……理は、崩れるのか」
帝王が呟いた声は、戦場のざわめきよりも静かで、どこか寂しげだった。
アレンは血に濡れた剣を握りしめ、かろうじて立っていた。
クラリスは彼の隣に寄り添い、炎の残光を灯す。
ふたりの息が、夜気の中で一つに混じる。
帝王の最後の問
シグマールは、かつての威圧を失った瞳で最強夫婦を見つめた。
「人が愛を選ぶというなら、私は問おう。
――その愛も、やがて時間に呑まれ、忘れ去られる。
それでも、なお信じるのか」
アレンが応えた。
「忘れられてもいい。
誰かの中で一瞬でも、生き続けるなら」
クラリスが微笑む。
「炎は消えるわ。でも、温もりは残る。
それが、私たちの“勝ち方”よ」
帝王の目が見開かれた。
「……そうか。私が見落としていたものは、それか」
闇の崩壊
帝王の背から、巨大な影が噴き上がる。
それは彼の心の形――「理」という名の牢獄。
闇が最後の抵抗のようにうねり、世界を呑み込もうとした。
「来るぞ!」アレンが剣を掲げる。
クラリスが頷き、紅の杖を突き立てる。
「――《紅蓮終結・共鳴式》!」
「――《双輪断界》!」
剣と炎が再び一つになり、光輪が空へと走った。
世界が震え、闇が裂け、音が消えた。
次の瞬間、まばゆい光がすべてを包み込んだ。
終焉の光
静寂。
そして、風。
光が収まると、平原に立つのは三人だけだった。
帝王シグマールは片膝をつき、崩れ落ちた黒鎧が風に散っていく。
だが、その顔は穏やかだった。
「……ようやく見えた。
力の果てにあるものが、滅びではなく、愛だと」
アレンが剣を下ろす。
クラリスが一歩前に出て、微笑んだ。
「ありがとう。あなたがいたから、私たちはここまで来られた」
帝王はその言葉に微笑を返し、静かに目を閉じた。
闇が霧のように薄れ、彼の姿は光の中へと消えていった。
戦場の朝
気づけば、夜が明けていた。
長く閉ざされていた雲が晴れ、初めて太陽の光が戦場を照らす。
兵たちが息を呑んでその光景を見つめた。
誰もが言葉を失い、ただ静かに涙を流した。
アレンはクラリスの手を握った。
「終わったな」
「ええ。でも……始まったのよ。これからが」
紅と銀の衣が朝日に照らされ、風に揺れる。
その背にはもう、戦の影はなかった。




