第46話 突破か持久か
軍議の夜
王都の大広間に、蝋燭の炎が揺れていた。
壁の地図には無数の小旗が刺さり、赤と青と黒が入り乱れている。
窓の外では風が荒れ、遠い戦鼓が地脈を揺らしていた。
アレンとクラリスは、最前列に立っていた。
その背後にはギルバート、エリナ、ミーナ、そして各部隊長。
緊張が肌に刺さるように張り詰めていた。
「包囲が緩んでいるのは確かだ」
開口一番、遊撃長ギルバートが槌を地に突く。「俺たちが突っ込めば、突破はできる。あの帝国の陣、穴だらけだ」
「だが、それは“囮”だ」
魔導師長が声を震わせて言う。「帝国宰相セイルの策だ。わざと外郭を薄くし、こちらが動けば牙で噛む」
「持久戦なら?」クラリスが問いかける。
「街は確かに息を吹き返した。だが、糧食が保つのはあと三十日が限界だ」
補給担当官が冷静に告げる。
広間がざわめいた。
「突破も危険、持久も危険……ではどうすればいい?」
誰も答えられなかった。
王妃の言葉
クラリスが一歩前へ出た。
「選ばねばならないわ。どちらにせよ、犠牲は出る。でも――」
彼女は壇上から兵士と民衆代表を見渡した。
「私たちの戦いは、ただ生き延びるための戦いじゃない。
“生き延びた先にどんな国を築くか”を示すための戦いよ」
その声に、ざわめきが静まる。
「突破を選ぶなら、“外”を信じる。援軍が必ず合流すると信じて、未来を掴みに行く。
持久を選ぶなら、“内”を信じる。王都の力が尽きないと信じて、最後まで耐え抜く」
クラリスの紅い瞳が揺れる。
「私の願いは……どちらを選んでも、あなたたちが“選んだ”と胸を張れること」
その言葉に、兵も民も沈黙した。
沈黙の中で、心だけが熱を帯びていった。
騎士の誓い
アレンが剣を抜き、地に突き立てた。
「俺の考えは――突破だ」
広間がざわめく。
アレンは続けた。
「このまま持久戦を選べば、確かに数ヶ月はもつかもしれない。だが、帝国の圧は強まる一方だ。
希望は摩耗する。……セイルはそれを狙っている」
銀の剣が蝋燭の炎を映す。
「だから、突破する。危険でも、痛みでも、血でも。それを超えて、俺たちの未来を取り戻す」
その背にクラリスが寄り添う。
「なら、私はあなたの隣に立つわ。最強“夫婦”だから」
広間に熱が走った。
民の声
「俺は……賛成だ」
農夫が声を上げた。
「耐えるばかりじゃ、子どもに胸を張れん。突破して未来を掴もう」
「そうだ!」
「俺たちも行く!」
兵も民も一斉に声を重ねた。
その声は恐怖よりも熱を帯び、広間の石壁を震わせた。
エリナが涙を拭った。
「……神は試す。でも、選ぶのは人だわ」
ギルバートが槌を肩に担ぎ、笑った。
「決まりだな。突破だ!」
帝王の気配
その頃、帝国本陣。
シグマールは天幕の奥で目を閉じていた。
「……選んだか」
彼の耳には届いていた。風を通じて、敵の意志が。
「突破を選んだ以上、もう後戻りはできぬ。
ならば私は、“帝王”として応じよう」
重い声が、夜を震わせた。
夜の誓い
軍議の後、塔の上。
アレンとクラリスは並んで夜風を受けていた。
星が遠く、黒柱の残骸が闇に浮かぶ。
「怖くない?」クラリスが囁く。
「怖いさ。でも――あなたと一緒なら怖さを越えられる」
アレンが手を握ると、クラリスも強く握り返した。
「明日、俺たちは包囲を破る。
たとえ罠でも、乗り越えて未来を掴む」
「ええ。最強夫婦として」
二人は唇を重ね、短い誓いを交わした。
その熱は、王都全体の希望の炎と一つに重なっていった。




