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追放された下級騎士、断罪された悪役令嬢に拾われて成り上がり ~共に復讐しながら最強夫婦になりました~  作者: 妙原奇天


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第43話 無冠の詠唱

宰相の影


 夜の平原に、声は静かに落ちた。

「最強夫婦。君たちが柱を折るなら――私は、心を折りに来た」


 黒衣の男が一歩、また一歩と近づく。

 彼の歩みに合わせて風が消え、草木が沈黙し、夜そのものが深く沈んでいく。


 アレンは剣を構えた。

「名を名乗れ」

 男は仮面も兜もなく、ただ目だけが闇のように冷たい。


「帝国宰相、セイル・オルドリック。別名《無冠の詠唱》。冠も称号も不要、言葉そのものが冠だからな」


 クラリスの眉がわずかに動いた。

「……帝国の宰相。数多の同盟を寝返らせ、都市を屈服させた、言葉の魔術師」


 セイルは微笑みすら浮かべない。

「言葉は剣より強い。人の心を折れば、戦わずして国は落ちる」


言葉の刃


 セイルの声が夜に広がった。

「追放された下級騎士よ。君が剣を振るう理由は何だ? 捨てた国に仇を返すためか? それとも、英雄と呼ばれたい欲か?」


 アレンは口を開きかけたが、クラリスが先に答えた。

「違うわ。彼は“守るため”に戦っている」


 セイルの瞳がわずかに細まる。

「では君に問おう、断罪された令嬢よ。君の誇りは本物か? “悪役”と呼ばれた過去を誤魔化すために、今ここで英雄の仮面を被っているのではないか?」


 クラリスの胸に、一瞬痛みが走った。

 ――確かに、自分は断罪された。

 かつて「悪役」と罵られ、孤独に沈んだ。

 その記憶は、まだ紅の瞳の奥に残っている。


 アレンが一歩前へ出た。

「彼女は仮面なんかじゃない! 俺が見てきたクラリスは、誰より誇り高く、誰より民を想ってる!」


 セイルの声は低く冷たい。

「美しい言葉だ。だが、兵たちはどう思う? “悪役令嬢”と呼ばれた者に、本当に未来を託せるのか?」


 後方の兵たちがざわめいた。

 言葉は剣より早く、静かに胸を刺す。


炎の応答


 クラリスは深く息を吸い、杖を掲げた。

「ならば見せてあげる。私が“悪役”ではなく、“王妃”である証を」


 紅蓮の炎が空に広がり、夜を照らす。

 その光は兵の瞳に映り、迷いを焼いた。


「私の炎は偽りではない。これが私の誇り。

 そして、アレンと共に歩むことで初めて“最強”になる!」


 兵たちが声を上げる。

「王妃様だ!」

「最強夫婦に続け!」


 セイルは小さく頷いた。

「なるほど。……ならば次は“理”で試そう」


無冠の詠唱


 セイルが低く詠唱を始めた。

 その声は歌のように滑らかで、同時に数百の術式が夜空に刻まれていく。


「同時多重詠唱……!」クラリスが目を見開いた。

 紅蓮の魔導師である彼女でさえ、一度に三つが限界だ。

 だがセイルは数百。音が理を束ね、夜を塗り替えていく。


 黒い光の雨が降り注ぎ、地面が裂け、影の杭が兵を縫い付けた。

 悲鳴が上がり、盾が砕ける。


「止める!」クラリスが杖を振る。

 紅蓮の光が広がり、影の杭を焼き払う。

 だが数が多すぎる。焼いても、次が降り注ぐ。


 アレンが叫ぶ。

「クラリス! 守るのは俺に任せろ!」


 剣を振るうたび、迫る影を斬り裂く。

 斬っても斬っても尽きない闇の中で、アレンは立ち続けた。


心の戦場


 セイルの声が重なる。

「君たちが民を守ろうとすればするほど、国は疲弊する。

 戦いが長引けば、希望は腐り、絶望に変わる」


 クラリスは歯を噛み締めた。

「……それでも、守るわ。希望が一日でも続くなら、次の日もまた繋がる!」


 アレンが叫ぶ。

「俺たちは一度捨てられた! 絶望を知った! だからこそ、希望を裏切らない!」


 その声に兵が呼応する。

「そうだ!」「俺たちも繋ぐ!」


 セイルの詠唱が一瞬止まった。

 わずかだが、彼の瞳に動揺が宿る。


剣と理の衝突


 セイルは再び両腕を広げた。

「ならば証明してみせろ。言葉でなく、力で!」


 黒の刃が空に走る。

 アレンは銀の剣を掲げ、真っ直ぐに踏み込む。

 紅蓮の炎が剣に絡み、銀と紅が一つになる。


「――行くぞ!」

「ええ!」


 銀紅の閃光が闇を裂き、黒の詠唱を切り崩す。

 衝撃で夜空が震え、風が渦を巻く。


 セイルは初めて口元をわずかに歪めた。

「……なるほど。“二人”だから抗えるのか」


宰相の退き


 セイルは一歩後ろに退いた。

「今夜はここまでだ。君たちの光は、予想以上に強い」


 その声は淡々としていたが、確かに僅かな熱を帯びていた。

「だが、希望は必ず摩耗する。……次に会う時、君たちの声がまだ響くかどうか、楽しみにしているよ」


 黒い霧が彼を包み、姿は闇に溶けた。


夫婦の誓い


 静寂が戻る。

 兵たちは息を荒げながらも、生き延びたことに歓声を上げた。


 アレンは剣を下ろし、クラリスの肩を支えた。

「……大丈夫か」

「ええ。あなたは?」

「まだ立てる」


 二人は夜空を見上げ、互いに微笑んだ。

「希望は摩耗するかもしれない。けど、俺たちは何度でも燃やし直す」

「ええ。二人でなら、永遠に」


 最強夫婦の誓いが、再び夜に刻まれた。

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