第37話 決戦前夜
王都の空気は張り詰めていた。
昼間から鐘の音が鳴り響き、兵士たちは武具を磨き、民は荷をまとめて避難路の確認に追われていた。
遠い地平線から、十万の軍勢が迫っている――誰もがその事実を知っていた。
会議の終わりに
城の大広間では軍議が続いていた。
地図の上に並べられた駒が、赤く染まる帝国軍の規模を物語っていた。
「十万……数だけ見れば絶望的だ」
ギルバートが唸るように言った。
だがクラリスは紅の瞳を光らせ、静かに答える。
「数で勝てぬなら、知恵で勝つ。
補給を断ち、地形を活かし、民を守り抜く。
私たちの強みは“生き延びてきた知恵”よ」
兵たちの目に決意が宿る。
アレンは剣の柄を握り、短く言った。
「俺は前に立つ。帝国の刃が迫るなら、必ず受け止める」
民衆の声
その夜、広場に松明が焚かれ、兵と民が集められた。
アレンが壇に立ち、声を張り上げる。
「帝国の軍は十万だ。だが、俺たちは恐れない!
追放され、見捨てられた俺たちがここまで来られたのは、互いを信じたからだ!」
クラリスも続ける。
「帝国が奪おうとするのは、この“信頼”そのもの。
ならば守り抜きましょう。剣で、魔導で、そしてあなたたち一人ひとりの力で!」
民衆から歓声が上がった。
「アレン王! クラリス王妃!」
「最強夫婦に続け!」
将兵の夜
その後、兵舎では兵士たちが焚き火を囲み、互いの肩を叩き合っていた。
「明日、生きて戻れるかな」
「戻るさ。王と王妃がいる限り」
若い兵士が不安げに呟いた時、アレンがそっと現れた。
「怖いのは当然だ。俺も同じだ」
そう言って剣を地面に突き立てた。
「だが俺は退かない。お前たちの盾であり続ける。だから一歩でも前へ進め。――俺たちは負けない」
兵たちの目に炎が宿った。
夫婦の誓い
夜更け、王宮の塔。
クラリスとアレンは並んで王都を見下ろしていた。
月明かりに照らされた街は静かだが、緊張は確かに漂っていた。
「アレン、もし……もし明日、私が――」
クラリスが言いかけると、アレンは彼女の手を強く握った。
「何を言う。お前は俺と生き残る。二人で勝ち抜く。それ以外はない」
紅の瞳に涙が滲み、クラリスは微笑んだ。
「……そうね。最強夫婦は揃っていなきゃ意味がないもの」
二人は互いに寄り添い、夜空に誓いを捧げた。
明日の戦いがどれほど苛烈であろうとも――共に立つと。
帝国軍の影
同じ頃、帝国軍の野営地では十万の兵が松明の海を作っていた。
シグマール帝は軍馬にまたがり、闇を見下ろす。
「明日、この地から“追放者の国”を消し去る」
その声に、軍勢が一斉に雄叫びを上げた。
大地が揺れ、夜空が震える。
嵐のような決戦が、すぐそこまで迫っていた。




