第35話 炎上する王都
その夜、王都に突如として火の手が上がった。
最初は小さな倉庫の爆発。だが風に煽られ、炎は瞬く間に市場へ広がり、木造の家々を呑み込んでいった。
「火事だ――!」
「水を! 桶を回せ!」
悲鳴が夜空を裂き、赤々と燃え上がる炎が王都を照らした。
まるで街そのものが巨大な松明となったかのようだった。
影部の襲撃
混乱に乗じて、黒衣の影が動いた。
影部の刺客たちは井戸を毒で汚し、救援に駆けつけた兵士を次々と暗殺した。
「王も王妃も、この火は止められぬ!」
闇の声が響き渡り、民衆の心に絶望を広げていく。
逃げ惑う人々の耳には、炎の轟きよりもその言葉が残った。
王と王妃の出陣
その時、城門が開き、白銀の鎧を纏ったアレンが駆け出した。
炎の中を突き抜け、剣を掲げて叫ぶ。
「怯えるな! 俺たちが必ず守る!」
背後には、紅のドレスを纏い炎の魔導を操るクラリスがいた。
杖を振りかざし、紅蓮の壁で火の広がりを抑える。
「水を! 広場に集めて! 私が炎を押さえ込む!」
その声は混乱の中で鋭く響き、民衆は必死に動き始めた。
剣と炎の救済
アレンは燃え落ちる建物の中へ飛び込み、取り残された子どもを抱きかかえて戻ってきた。
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
クラリスは魔法陣を広げ、夜空に巨大な炎の龍を描き出す。
それが火の流れを食らい尽くし、炎を制御していく。
民衆はその姿に息を呑み、やがて歓声を上げた。
「王と王妃が……火を鎮めている!」
「まだ戦える……!」
絶望は少しずつ希望へと変わりつつあった。
影の刃との激突
しかし、その時だった。
炎の奥から影部の隊長が姿を現した。
仮面は半分砕け、肩には前回の傷が残っていた。
「生き延びたか……」
アレンが剣を構える。
「当たり前だ。俺は帝国の牙。王都ごと燃やしてでも、お前たちを討つ」
双刃が煌めき、再び死闘が始まった。
炎の中、アレンと影部隊長の刃が交錯し、火花が飛び散る。
同時に、周囲の刺客たちがクラリスへ襲いかかった。
「王妃を討て!」
「紅の魔導師を倒せ!」
だがクラリスは冷笑を浮かべ、紅蓮の魔法陣を展開した。
「――紅蓮は影を呑む!」
炎の鞭が走り、影の刺客を次々と焼き払う。
民衆の結束
火事場で民衆は必死に桶を運び、兵士は負傷者を助け出す。
誰かが叫んだ。
「王と王妃だけじゃない! 俺たちも戦える!」
その声が波紋のように広がり、民衆は火を消し、影を追い払った。
王と王妃が灯したのは炎ではなく、民の心だった。
炎上の果てに
長い夜が明ける頃、王都の火はようやく鎮まった。
瓦礫の街並みは痛々しかったが、民衆は生きていた。
アレンは剣を支えに立ち、クラリスが傍で微笑んだ。
「……守れたな」
「ええ。けれど、帝国はこれで終わらない」
遠く、煙の向こうに帝国の影が見える気がした。
彼らの策謀は止まらず、次はもっと大きな嵐を呼ぶだろう。
それでも――最強夫婦は立っていた。
炎を背に、揺るぎなく。




