第34話 帝国の策謀
影部の襲撃を退けてから数日。
王都の空気は落ち着きを取り戻しつつあったが、クラリスの紅の瞳は曇っていた。
「……帝国は一度失敗しても諦めない。むしろ次は、もっと大きな策で来るはず」
アレンは頷き、剣を磨きながら答える。
「剣で防げるものなら俺が防ぐ。だが……今回は剣だけじゃ済まないだろうな」
その時、斥候が駆け込んできた。
「報告! 帝国の使節団が近隣諸国を巡り、“追放者の国は反乱の温床”だと触れ回っております!」
外交戦の火蓋
帝国の使節団は、交易都市セラフィードを訪れていた。
豪奢な会議室で、総督を前に言葉巧みに語る。
「追放者の国は危険だ。連合軍を退けたのも、偶然にすぎぬ。
彼らに手を貸せば、いずれセラフィードの市場は混乱に飲まれる」
総督は扇子で口元を隠しながら答えた。
「……ですが、彼らが勝者であるのも事実。市場は勝者に従うもの」
使節団は微笑み、銀の箱を差し出した。
「では――勝者を“買い換える”のはどうです? 我ら帝国こそ、真の勝者です」
箱の中で金貨がぎっしりと輝いていた。
王都での報せ
その噂はすぐに王都へ届いた。
会議の席で、重臣たちは口々に叫ぶ。
「帝国は金と恐怖で諸国を縛ろうとしている!」
「このままでは同盟国が離反します!」
アレンは拳を握り、静かに言った。
「正面から戦う前に、俺たちを孤立させるつもりか」
クラリスは深く息を吸い、決然と立ち上がった。
「ならば、こちらも手を打つ。――外交の場に私が立つわ」
王妃の使節
数日後、クラリスはベルシュタインとセラフィードへ赴いた。
紅のドレスを纏い、気高く堂々とした姿で玉座の前に進み出る。
「聞きなさい。帝国は“恐怖”で従わせようとする。
けれど、私たちが示したのは“希望”です。
追放され、断罪された者でも立ち上がれる――それを証明したのがこの国」
その言葉に、重苦しい空気が揺らいだ。
民や兵の目に光が宿り、総督は思わず扇子を閉じた。
「……確かに、商人にとって最も値打ちがあるのは“未来”だ。
希望を売れるのなら、帝国よりあなた方に賭ける価値がある」
同盟は辛うじて維持された。
影の工作
だがその裏で、帝国の影部はさらに動いていた。
夜の農村。麦畑に火が放たれ、備蓄庫が爆破される。
兵糧が焼かれ、民衆は怯え始めた。
「王も王妃も、結局は守ってくれないのでは?」
「帝国に従った方が安全だ……」
そんな囁きが、夜風に紛れて広がっていった。
アレンは燃える畑を前に、拳を握り締める。
「剣じゃ、こういう敵は斬れない……」
クラリスはその手に自分の手を重ねた。
「だからこそ、二人で抗うのよ。国の不安を斬るのは、剣と魔導だけじゃない。――私たちの信念よ」
帝国の笑み
同じ頃、ヴァルハルド帝国の玉座の間。
シグマール帝は報告を受け、冷たく笑った。
「いいぞ。連合を潰すには戦より恐怖が早い。
最強夫婦とやらが英雄と呼ばれるほど――落ちた時の絶望は深い」
その声は夜の闇に溶け、さらに大きな嵐の前触れとなっていった。




