第33話 帝国の牙
月光が射し込む王宮の広間で、影部の隊長は双刃の短剣を逆手に構えた。
漆黒の仮面に覆われた顔からは表情が読めない。だがその動き一つ一つに、死の気配がまとわりついていた。
「王も王妃も関係ない。お前たちはただの標的だ」
冷たく響く声。
アレンは剣を正眼に構え、クラリスは杖を握り直す。
「……帝国の牙、か」
「なら、折ってやるだけよ」クラリスの瞳が紅に輝いた。
開戦
一瞬、空気が揺れた。
次の瞬間、隊長の姿が掻き消えた。
「……速い!」
アレンは反射的に剣を振るい、火花が散る。
見えぬ刃が頬を掠め、血が一筋流れた。
背後に回ったかと思えば、次の瞬間には真横。
常識を超えた速度と技術に、兵たちは声を上げることすらできなかった。
「これが影部……」
「王でも……勝てるのか……?」
不安が広がる中、アレンは一歩も退かず、剣を構え直した。
死線
剣と短剣が何度も交錯し、金属音が火花を散らす。
だが双刃は鋭く、アレンの鎧に幾度も浅い傷を刻んでいく。
隊長が囁いた。
「お前の剣は正直すぎる。影を斬ることはできん」
アレンが苦笑を浮かべる。
「なら――光を当てればいい」
その言葉に呼応するように、クラリスの声が響いた。
「《紅蓮閃光》!」
広間を赤い閃光が走り、影が露わになる。
隊長の動きが一瞬止まり、アレンの剣が閃いた。
鋼と鋼がぶつかり、仮面にひびが走る。
魔導の攻防
だが隊長はただの剣士ではなかった。
手印を切り、闇色の霧を放つ。
「《影縛》」
黒い霧が床を這い、アレンの足を絡め取ろうとする。
「させない!」
クラリスが杖を突き立て、紅の魔法陣を広げた。
「《紅蓮結界》!」
炎の壁が霧を焼き払い、アレンを守る。
だがその隙に、隊長は天井へ跳び、次の一撃を狙っていた。
「上だ!」
アレンが見上げ、剣を構える。
双刃が流星のように降り注ぎ――
夫婦の連携
「アレン!」
クラリスが叫び、炎の槍を放つ。
隊長はそれを短剣で弾くが、着地の瞬間に体勢が僅かに崩れた。
「今だ!」
アレンの剣が閃き、隊長の肩口を斬り裂く。
血飛沫が広間に散り、仮面が砕け落ちた。
露わになった顔は、若く鋭い眼差しを宿した男だった。
だが彼は怯むことなく、血を拭って笑った。
「なるほど……最強夫婦と呼ばれるわけだ。だが――帝国は俺一人ではない」
撤退の影
その言葉と共に、広間の影が揺れ、複数の暗殺者の姿が現れた。
彼らは隊長を囲い、煙玉を投げつける。
瞬く間に広間は濃い煙に覆われ、視界が閉ざされた。
咳き込みながら剣を振るうアレン。
だが、気配はすでに消えていた。
「逃げられたか……!」
煙が晴れると、広間には倒れた兵士と血の跡だけが残っていた。
残された刃
クラリスが瓦礫の隙間に転がった短剣を拾い上げる。
黒い刃に刻まれた帝国の紋章。
「これで確定ね。……帝国は本気で私たちを潰しに来ている」
アレンは深く息を吐き、剣を鞘に収めた。
「正面の戦だけじゃない。これからは影との戦いだ」
二人は互いに視線を交わし、手を握り合った。
炎に照らされる紅と銀の瞳が、次の戦いを見据えていた。




