第32話 影部の刃
夜の王都は静かだった。
昼間の市場の喧騒が嘘のように消え、石畳には冷たい月光だけが落ちている。
だがその闇の中を、黒衣の影が滑るように走っていた。
――帝国が誇る秘密部隊、「影部」。
暗殺と諜報に特化した彼らは、百の軍勢に匹敵すると恐れられていた。
「目標は王と王妃」
低い声が夜風に溶け、無数の刃が月明かりに煌めいた。
潜入
王宮の塔をよじ登る影。
静かに錠を外し、忍び込む気配。
廊下を巡回していた兵士の首筋に、闇色の短剣が閃いた。
「……っ」
声を上げる暇もなく、兵士は崩れ落ちた。
影部は音もなく広間へ進む。
その先には――アレンとクラリスがいた。
不意打ち
突如、窓を破って数人の影が飛び込んだ。
闇色の短剣がアレンの喉を狙う。
「来たか!」
アレンは剣を抜き、火花を散らして受け止める。
クラリスはすでに杖を構えていた。
「《紅蓮の壁》!」
炎が弾け、広間を赤く照らす。
影部の一人が炎を飛び越え、背後から迫る。
しかしクラリスの瞳はすでにそれを見抜いていた。
「そこよ!」
闇の槍が伸び、刺客を壁に縫い止める。
影との戦い
だが敵は精鋭だった。
倒れた仲間をものともせず、残りの影が一斉に襲いかかる。
「王と王妃を討て!」
剣と刃が交錯する。
アレンの剣筋は鋭く、次々に刺客を弾き飛ばす。
しかし敵はまるで影のように動き、倒してもすぐに別の者が迫ってきた。
「チッ、きりがない!」
「ええ。けれど……退く気はないのでしょうね」
クラリスの声は凛として揺るがなかった。
紅の瞳と銀の瞳が交わる。
次の瞬間、二人は同時に動いた。
夫婦の連携
アレンが前に出て敵を受け止め、クラリスが魔導で後方を封じる。
剣と魔法が一つの流れとなり、戦場を支配していく。
「左!」
「任せろ!」
アレンが剣を振り抜き、敵を吹き飛ばす。
クラリスの呪文がその隙を突く敵を焼き尽くす。
互いの声は短く、しかし絶対の信頼で結ばれていた。
夫婦の絆が、影の刃を打ち砕いていく。
暗殺隊長
そのとき、広間に低い笑い声が響いた。
月明かりを背に、一人の男が姿を現す。
影部の隊長、漆黒の仮面を被った暗殺者だ。
「なるほど……シグルトを倒しただけはある。だが――影には勝てぬ」
その手に握られた双刃の短剣が、不気味に光った。
一歩踏み込んだ瞬間、空気が裂けたようにアレンの頬を掠めた。
「速い……!」
アレンが剣を構えると、クラリスが叫ぶ。
「アレン、あの男はただの刺客じゃない。影部の“牙”よ!」
死闘の幕開け
隊長は低く笑い、刃を構えた。
「王と王妃……その首、帝に捧げる」
次の瞬間、闇と炎と鋼が激突し、広間は轟音に包まれた。




