第29話 王への毒杯
戦勝の凱旋から三日後、王都の広場は華やかな装飾で彩られていた。
瓦礫の残る街並みに花が飾られ、民衆は歌い踊り、最強夫婦の勝利を讃えている。
「アレン王! クラリス王妃!」
「追放者の国万歳!」
熱狂は夜になっても衰えず、王宮の大広間では祝宴が開かれていた。
煌めく燭台、並べられた豪奢な料理、杯を掲げる歓声。
だが、その華やかさの裏に、密やかな毒が潜んでいた。
祝宴
アレンは正装の鎧を纏い、クラリスは紅のドレスで臨んでいた。
二人が姿を現すと、兵も民も一斉に歓声を上げた。
「我らの王と女王に!」
杯が打ち鳴らされ、酒が注がれる。
クラリスは微笑みながらも、視線を鋭く走らせていた。
――この空気の中に、不自然な“緊張”が混じっている。
「アレン、気を抜かないで」
「分かってる。剣を置いても、油断はしない」
二人の声は低く、しかし確かに戦場で交わすそれと同じ緊張を帯びていた。
毒杯
やがて、給仕が二人の前に銀の杯を運んできた。
赤い葡萄酒が満ち、揺れる灯りに妖しく光る。
「戦勝を祝して――王と王妃に献杯を」
広間の視線が二人に集まる。
アレンが杯を手に取った瞬間、クラリスの紅の瞳が鋭く光った。
「待って」
アレンが彼女を見ると、クラリスは囁く。
「香りが違う……これは、葡萄酒の香りじゃない」
その言葉に、アレンの手が止まる。
広間のざわめきが、一気に緊張へと変わった。
暴かれる罠
クラリスは杯を高く掲げ、笑みを浮かべた。
「王への杯に毒を盛るとは……ずいぶん安い暗殺ね」
その一言に、給仕の顔色が変わった。
背後から駆け出そうとした瞬間、アレンが剣を抜き放ち、杯を床に叩きつける。
赤い液体が石床に広がり、じゅうじゅうと焦げる煙を上げた。
その異様な光景に、広間から悲鳴が上がる。
「毒だ!」
「王を殺そうとしたのか!?」
アレンは剣先を逃げようとする給仕に突き付けた。
「答えろ! 誰に命じられた!」
震える声が返る。
「……レオニア……残党の密使……王を討てば報奨を……!」
動揺と誓い
捕らえられた暗殺者が連れ去られると、広間には沈黙が残った。
勝利の祝宴が、一瞬にして恐怖の場と化したのだ。
クラリスは杯を見下ろし、低く呟いた。
「敵は剣で来なくても、あらゆる方法で私たちを狙う。……戦はまだ終わっていない」
アレンは彼女の手を取り、力強く握った。
「それでも、俺はもう誰にも屈しない。剣で、お前とこの国を守り抜く」
紅と銀の瞳が重なり、互いの決意を確かめる。
兵と民衆もまた、その姿を見て再び声を上げた。
「アレン王! クラリス王妃!」
「最強の夫婦は死なない!」
勝利の祝宴は毒に染められかけた。
だがその夜、逆に“王と王妃は毒すら超える存在”として、民の心に刻まれることとなった。




