第28話 連合軍の崩壊
シグルトの巨体が地に沈んだ瞬間、戦場に走ったのは歓声でも怒号でもなく、深い衝撃の沈黙だった。
大陸最強と恐れられた猛将が、敗れた。
それも、追放された下級騎士と断罪された令嬢――二人の夫婦の手によって。
「ば、馬鹿な……」
「シグルト将軍が……倒された……?」
連合軍の兵たちの目に、恐怖と動揺が広がっていく。
最強の盾が砕けた今、自分たちに勝ち目はあるのか――その疑念が士気を一気に蝕んだ。
士気の崩壊
王都軍の兵たちは雄叫びを上げた。
「アレン王だ! 勝ったぞ!」
「最強夫婦が連合軍を打ち破った!」
その熱狂は炎のように広がり、兵の背を押す。
劣勢に見えた数の差は、次の瞬間には意味を失った。
追放者たちの遊撃隊が敵陣を突き崩し、ベルシュタインの援軍が戦場に突入する。
混乱した連合軍は、統率を失い始めていた。
「退け! 一度退け!」
誰かが叫ぶ。
だがその声は怯えにかき消され、後方へと伝わった瞬間、雪崩のような退却が始まった。
指導者たちの動揺
連合軍本陣。
諸国の将軍たちは信じられないものを見るように戦場を凝視していた。
「シグルトが……敗れた?」
「そんなはずはない! 奴は大陸最強の将だぞ!」
だが、現実は残酷だった。
黒煙の向こう、剣を掲げるアレンとクラリスの姿が見える。
その姿は絶望と恐怖を与え、同時に“新しい秩序”の象徴として映っていた。
レオニア王は蒼白な顔を怒りで染め上げ、叫ぶ。
「まだ終わっておらぬ! 残る兵をすべて投入せよ! あの夫婦を討たねば我らの威信が崩れる!」
だが、その声に将軍たちの多くは耳を貸さなかった。
すでに心は折れ、誰もが生き延びることを考えていたのだ。
王都軍の反撃
アレンは剣を振り上げ、全軍に響く声で叫んだ。
「追え! だが殺しは最小限に! 降る者には剣を向けるな!」
兵たちは頷き、敵を押し返していく。
逃げ惑う連合軍に比べ、王都軍の統率は乱れなかった。
その光景を見て、クラリスは静かに呟いた。
「……もう、彼らは“敗者”ではない。私たちこそ、今や大陸の中心」
紅の瞳が炎に照らされ、誇り高く輝いていた。
陰謀の影
しかし、すべてが終わったわけではなかった。
敗走する連合軍の陣中で、ひとりの影が密かに動いていた。
「……あの夫婦をこのまま放置すれば、大陸の均衡は崩れる」
仮面をかぶった密使が、震える将軍に囁いた。
「ならば、次は剣ではなく“毒”で討つのだ」
渡された小瓶には、紫の液体が揺れていた。
――戦の幕は下りつつある。だが、新たな陰謀の幕が上がろうとしていた。
凱旋
夕暮れ。
戦場を制したアレンとクラリスは、兵たちに迎えられて城へ戻った。
民衆は歓喜の声を上げ、広場に火を灯し、勝利を祝った。
「アレン王! クラリス王妃!」
「最強の夫婦万歳!」
アレンは剣を掲げ、クラリスは紅の瞳で民衆を見渡す。
二人の影は、炎に照らされながら堂々と王都の中心に立っていた。
だが、その背後にはすでに、新たな嵐の予兆が忍び寄っていた。




