第23話 王妃の外交
レオニア軍を退けて数日。
王都は一時の安堵に包まれていたが、その空気の奥底に潜む緊張は消えていなかった。
広場で笑う子供たちの声の裏で、大人たちは囁く。
「また攻めてくるんじゃないか……」
「今度はもっと大軍で……」
戦に勝っただけでは国は守れない。
補給、同盟、信頼――それらを築かなければ、この“追放者の国”は一瞬で潰える。
クラリスの決意
王宮の執務室。
地図の上で駒を動かしながら、クラリスは冷静に言った。
「勝利はした。だが、孤立したままでは次の戦には耐えられない」
アレンが剣を磨きながら顔を上げる。
「孤立を解くって……他国と同盟を結ぶのか?」
「ええ」
クラリスの紅の瞳が強く光った。
「剣で信じさせるのは限界があるわ。私が行く。周辺諸国に、直接交渉を仕掛ける」
アレンは眉をひそめる。
「危険だ。敵の奸計かもしれない」
「危険だからこそ、私が行くの。断罪された“悪役令嬢”が、自らの言葉で信を得られれば――この国は真に変わるのよ」
その強さに、アレンは息を飲んだ。
「……分かった。俺は剣で後ろを守る。前に出るのは、お前に任せる」
二人の視線が交わり、沈黙の中で確かな信頼が結ばれた。
初めての使節団
クラリスは外交使節団を率いて出立した。
同行するのは聖女エリナ、薬師ミーナ、そして護衛のアレン。
最初の訪問先は小国ベルシュタイン。
商業で栄えるが軍事力は弱く、隣国レオニアに怯えている国だ。
宮殿に通されると、老いた王が彼女を睨んだ。
「断罪令嬢が“王妃”を名乗るとはな。……笑わせる」
廷臣たちも鼻で笑う。
「追放者の国? そんなものが長続きするものか」
クラリスは微笑み、紅の瞳で一人一人を見つめた。
「長続きするかどうかは、あなた方次第です」
王妃の交渉
クラリスは卓上に地図を広げた。
「レオニアは必ず再び攻めてきます。狙われるのは、王都だけではない。あなた方ベルシュタインも同じ」
廷臣が顔をしかめた。
「証拠があるのか?」
クラリスは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは斥候が奪ってきた、レオニアの補給計画書だった。
「補給線を焼いた時に手に入れました。次の侵攻予定地に、ベルシュタインの名がある」
老王の顔色が変わる。
「我らが選べる道は二つ」
クラリスは言葉を重ねた。
「一国で滅びるか、私たちと共に未来を築くか。――どちらを選びますか?」
紅の瞳が揺るがぬ意志を示す。
その姿は、もはや“悪役令嬢”ではなく、一国の王妃だった。
アレンの一撃
その時、廷臣の一人が嘲るように笑った。
「口では何とでも言える。だが、剣を持たぬ女の言葉に価値はない!」
瞬間、アレンが一歩前に出て、剣を抜いた。
その一閃が卓の上をかすめ、燭台を真っ二つに断ち割る。
火花が散り、静寂が落ちた。
「言葉は俺が保証する。彼女の言葉に逆らう者は、この剣を敵に回すことになる」
廷臣たちは蒼白になり、誰一人として声を上げられなかった。
老王は深く息を吐き、静かに頷いた。
「……よかろう。ベルシュタインは、お前たちと手を結ぶ」
新たな同盟
こうして、追放者の国は初めての同盟国を得た。
帰路の馬車の中で、クラリスは小さく笑みを浮かべた。
「剣と、言葉。どちらも必要なのね」
アレンが彼女の手を取り、力強く答える。
「ああ。お前が前を進むなら、俺が必ず後ろを守る」
夜空に星が瞬く。
最強の夫婦は、今や戦場だけでなく外交の舞台でも、その名を轟かせ始めていた。