第20話 戴冠の夜
王都の空に漂っていた黒煙が、夜風に吹かれて薄れていった。
炎に包まれた街はまだ傷跡を残している。だが、広場にはそれを覆い尽くすほどの歓声があった。
「アレン! クラリス!」
「新しい王に!」
「我らを導いてくれ!」
群衆が松明を掲げ、二人の名を叫ぶ。
その熱狂は、もはやただの追放者への同情ではなかった。――彼らを“新しい時代の象徴”として迎え入れようとする渇望だった。
王冠の行方
王宮の大広間。
老王は蒼白な顔で玉座に座り込み、震える手で王冠を押さえていた。
ユリウスを失い、国を救ったのは誰か――もはや誰の目にも明らかだった。
「なぜだ……なぜ、追放した者たちが……」
王の呻きは誰にも届かない。
重臣たちの視線はすでに、アレンとクラリスへと向けられていた。
宰相バルドーが進み出る。
「陛下。この国に必要なのは、もはや“血統”ではございません。民を導く力と意志を持つ者――それが彼らです」
老王の肩が落ち、冠が手から滑り落ちる。
銀の王冠は床に転がり、まるで新たな主を待つかのように輝いていた。
民衆の戴冠
広場。
群衆の波に押されるように、アレンとクラリスは玉座の間から連れ出された。
民衆が作り上げた花冠が差し出され、震える手がそれを掲げる。
「我らの王と、我らの女王に!」
歓声が轟き、松明の火が夜空を焦がす。
アレンは驚愕し、戸惑いのままクラリスを見た。
「俺が……王に?」
クラリスは微笑み、彼の手を握った。
「違うわ。私たちが――最強の夫婦が、新しい王よ」
民衆の手によって、花冠が二人の頭に載せられる。
王冠ではなく、民が編んだ花の冠。
だが、その瞬間こそが真の戴冠だった。
誓い
アレンは剣を掲げ、群衆に響く声で宣言する。
「俺たちは血統の王ではない! 追放され、捨てられた者だ!
だが、だからこそ誰も捨てはしない! 弱き者も、声なき者も、共に歩む国を築く!」
クラリスが続ける。
「私は“悪役令嬢”と呼ばれ、断罪された。
だが今日ここで誓う。もう二度と、誰も理不尽に断罪させない。
この国は、すべての追放者の国となる!」
歓声が夜空を震わせ、炎に包まれた王都を覆い尽くす。
その瞬間、アレンとクラリスは“追放者の王”として認められた。
戴冠の夜
夜。
王宮の塔の上から眺めた王都は、まだ煙を上げていたが、そこには確かに新しい灯がともっていた。
民衆が歌い、踊り、未来を語り合う声が風に乗って届く。
クラリスはバルコニーに立ち、夜空を見上げた。
「……信じられる? 処刑台に立たされた私たちが、こうして“王”と呼ばれるなんて」
アレンは隣に立ち、手を重ねる。
「信じられるさ。お前と一緒に歩んできたからな。これからもずっと」
二人は互いに微笑み合った。
追放と断罪から始まった物語は、ここで一つの頂点を迎えた。
――戴冠の夜。
それは敗者が勝者となり、悪役が英雄となり、追放者が王となった歴史の一夜だった。