第19話 新王の影
王都を覆っていた黒き瘴気が晴れ、怪物と化した王太子ユリウスが倒れてから数刻。
炎に包まれた街はなお煙を上げていたが、民衆の目には恐怖ではなく、奇妙な熱狂が宿っていた。
「見たか? あの騎士と令嬢が……王太子を討ったんだ」
「断罪されたはずの悪役令嬢が、今や人々を救った……」
「もはや王都の未来は、彼らしかいないのではないか」
ざわめきは波紋のように広がり、やがて叫びとなる。
「アレン! クラリス! 新しい王に!」
群衆が拳を突き上げる。
その声は焔を超えて王都全域に響いた。
王宮の動揺
玉座の間では、重臣たちが混乱に陥っていた。
宰相バルドーは額に汗を浮かべ、震える声で叫ぶ。
「王太子が……王太子が亡き今、継承権は空白! しかし民衆の声は“追放者”に向いている!」
老王は玉座で呻くように声を漏らした。
「まさか……我が血を捨てた者が、新たな王を名乗るなど……」
だが、別の貴族が声を上げる。
「ですが、殿下を討ったのは確かに彼らです。禁呪を止め、民を守ったのも……」
広間は二分されていた。
一方は「追放者など認められぬ」と叫び、もう一方は「彼らしか未来を託せぬ」と囁く。
民衆の押し寄せる声
その頃、王都の広場に姿を現したアレンとクラリスは、群衆に囲まれていた。
人々は跪き、声を揃えて叫ぶ。
「アレン! クラリス! 王になれ!」
「あなたたちが導いてくれ!」
アレンは驚愕し、言葉を失った。
剣を携え戦うことには慣れている。だが「王」として人を導くなど、想像もしていなかった。
隣でクラリスは、民衆の声を静かに受け止めていた。
紅の瞳が揺れ、しかしその奥には決意が灯っていた。
「……アレン。逃げ場はもうないわ。私たちは“象徴”になってしまった」
「俺が……王だと?」
「いいえ。“最強夫婦”よ。あなた一人ではない、私も共にいる」
クラリスの声は揺るがず、力強かった。
仲間たちの進言
ギルバートが豪快に笑った。
「へっ、王だろうがなんだろうが構わねぇ。俺は相変わらず剣を鍛ぐだけだ。だが、お前さんが王になれば、その剣はもっと遠くまで届く」
ミーナは両手を胸に当て、真剣な眼差しで言った。
「民を導くには、薬も癒しも必要です。……あなたたちなら、きっと誰も見捨てない」
聖女エリナが祈りを捧げるように頭を垂れる。
「神もきっと望んでいます。追放された者が、新たな光となることを」
仲間たちの言葉に、アレンの胸は熱くなる。
王の影
アレンは剣を掲げ、広場に響く声で言った。
「聞け! 俺は王になりたいわけじゃない! だが――誰かが導かねば、この国は滅びる。
もし俺たちに力があるというなら、それを示そう。剣で! 魔導で! そして――夫婦の絆で!」
クラリスが続けた。
「そう、私たちは“悪役”でも“無能”でもない。追放者の誇りを集め、新しい国を築く!
従う者は共に歩みなさい。恐れる者は去っていい。……でも、私たちはもう止まらない!」
その宣言に、群衆は大歓声を上げた。
「アレン! クラリス! 新王に!」
王都の空はまだ煙に覆われていた。
だが、その中心で二人の影は――確かに“新王”の姿を宿し始めていた。