第18話 禁呪の王太子
王都の空が裂けた。
砕け散った“黒き宝珠”から溢れ出した瘴気が渦を巻き、玉座の継承者ユリウスの身体を飲み込んでいく。
「グォォォォォ――!」
絶叫と共に、王太子の姿は人の形を失った。
膨張した肉体は黒い鱗に覆われ、翼のような影が背から伸びる。
かつて王国の未来を担うと讃えられた青年は、今や“魔王”と呼ぶべき怪物に変貌していた。
「馬鹿な……殿下が……!」
広間に残っていた貴族たちが悲鳴を上げ、兵士たちでさえ後ずさる。
だがアレンは一歩も退かなかった。
剣を構え、怪物となったユリウスを真っ直ぐに見据える。
「……お前は王太子じゃない。ただの暴走した怪物だ」
闇の咆哮
ユリウスの咆哮が王都を揺るがす。
闇の奔流が広間を襲い、石柱が砕け、民衆の悲鳴が響く。
「《聖障壁》!」
聖女エリナが光の壁を展開し、黒い炎を防ぐ。
だが衝撃は強烈で、光の盾がひび割れた。
「もたない……!」
エリナが膝をつきかけた瞬間、クラリスが杖を振り抜いた。
「《封鎖の檻》!」
闇の鎖が怪物の翼を縛り、動きを鈍らせる。
「今よ、アレン!」
アレンは全身の力を込めて飛び出した。
剣が光を帯び、怪物の肩を斬り裂く。
黒い血が飛び散り、地を焦がす。
仲間たちの連携
ギルバートが大槌を振り上げ、叫ぶ。
「へっ、王太子だろうが何だろうが、ぶっ叩くだけだ!」
豪腕の一撃が怪物の脚を揺るがし、わずかにバランスを崩す。
その隙にミーナが薬瓶を投げつけた。
「爆裂薬よ!」
瓶が砕け、閃光と爆音が怪物の目を焼く。
怪物が呻き声を上げた瞬間、アレンとクラリスの視線が交わった。
互いの合図だけで、次の動きを理解する。
共鳴する力
クラリスが詠唱を始める。
「闇よ、我が血を媒介に、力を示せ――!」
杖から放たれた魔力がアレンの剣へと流れ込み、紅の輝きと白銀の光が重なった。
アレンの剣は、まるで炎と雷を宿したかのように輝く。
「これが……俺たちの力だ!」
怪物が巨腕を振り下ろす。
アレンはその一撃を正面から受け止め、火花が散る。
石畳が砕け、広間全体が震えた。
押し潰されそうな重圧。
だがクラリスの声が背を押した。
「アレン、あなたならできる! あなたは私の――最強の騎士よ!」
その言葉に応じるように、アレンの剣が一層輝きを増した。
「クラリス……! 俺はお前と共に、必ず勝つ!」
決着
剣と魔導が一体となった一撃が放たれる。
光が怪物の胸を貫き、轟音が王都全体を揺るがした。
「グォォォォォ――!」
断末魔の叫びを上げ、ユリウスの巨体が崩れ落ちる。
瘴気が晴れ、闇が散っていった。
静寂。
人々は信じられぬ光景を見つめていた。
――追放された下級騎士と断罪された令嬢が、禁呪に飲まれた王太子を討ち倒した。
炎上する王都の中で
燃える城壁を背に、アレンは剣を収め、クラリスと向かい合った。
彼女は杖を握りしめながら微笑む。
「ねえ、見た? あの人たちの顔。私たちを恐れていたのに、今は……」
広場に残った民衆の目には、恐怖ではなく希望が宿っていた。
アレンは頷き、力強く言った。
「これで終わりじゃない。だが――俺たちはもう誰にも屈しない。ここから始まるんだ。追放者の国が」
クラリスは紅の瞳を輝かせ、彼の手を握った。
「ええ。最強の夫婦として、ね」
王都の炎の中で、二人は誓いを新たにした。